8話 そう何度も驚きはしません
善は急げということで、反省している感を出すためにも先に警察署へ行ってごめんなさいしてきました。反省文が十六枚という大作なことに受け取った男性警官さんはちょっと苦笑いしていました。
基本的にエメリーヌさんは外勤というか、警らのお仕事が多いらしくていらっしゃいませんでした。お礼のスコーンも預けていきます。
そして、百貨店に循環バスで来ました。それぞれの地区を一巡してくれるのでわかりやすくて楽です。一度ぐるっと乗ってみたいのですが、今日は用事を済ませなければ。
それでですね、聞いてください‼ あのですね、百貨店にエレベーターがあったんですよ‼ びゅーんて最上階行くやつ‼ ダイ大に出てたやつ‼ なんか足元のガコっていうの踏むやつ‼ めっちゃ怖かったです。もう乗りたくありません。
最上階はお食事処かと思いきや違いました。でも会員制のカフェみたいのはあるようで、いわゆるサービスカウンターみたいのもその隣にありました。あとは紳士服とかのフロアですね。
物珍しくていろいろ見て回ったら、店員さんに張りつかれたので階段を降ります。次は四階。こちらも男性物ばっかりだったので撤退。
三階は女性物でしたので、大手を振って見て回ります。下着、下着がほしい。今まだ半乾きです。マネキンにシュミーズが着せられていました。こういうのも必要なんでしょうね、きっと。
ショーツのコーナーで値段を見て、思わず「高っ」と言いました。雑貨屋さんで売っていた素朴な下着の三倍くらいです。ちなみに数字は普通に群馬でも使える算用数字です。そしてさすが百貨店、お品物がお値段に比例して素朴じゃありません。レースひらひらしています。こんなんがしがし洗えないやろ。わたしは穿きつぶせるデイリーユーズなのが欲しいんじゃ。他を見ても同じようなものばかりですし、しかたがないのでとりあえず六枚手に取りました。
あと、ブラってアウスリゼでは必要なさそう? それっぽいものがないですね。最高。園子さんノーブラでこちらに来ましたが、それで良かったみたいです。
シュミーズと厚手のストッキングもどきもそれぞれ六着。異世界モノにありがちなコルセットを覚悟してはいたのですけども、それもなさそうです。フリーダム‼
会計を済ませたら、なんだか格調高いショッパーバッグに入れてもらえました。そしてさすが百貨店、店員さんがわたしをじろじろ見たりしません。教育行き届いてる!
月の物の用品はどこにあるか聞いてみました。二階の子供服とかの隣に衛生用品があるとのことで、そちらにも寄って買い物しました。外国から来たので勝手わからず……と、恥は掻き捨て精神で使い方も教わりました。布ナプキンみたいなものの上に、丸めた脱脂綿をいくつか乗せて使うんだそうです。すごく親身にいろいろ教えてくださって、専用の石鹸とか溶液とか、いろいろ予定外のものも買ってしまいました。この商売上手め! それと、シャンプーに当たるハーブ入りの石鹸もあったのですが、たぶん公衆浴場で買ったものとそれほど違いはないのに五倍くらいのお値段だったのでやめました。雑貨屋さんで買えそうな気もしますし。
で、一階がお食事処だったみたいです。水道事情とかでですかね。ショッパー持ったまま良さげなお店に入りました。
食べてみたかったオヴァルのムニエルがありました。淡白なのにもちっとした感じの白身魚で、塩が利いていておいしかったです。白米が恋しいですけど、フォカッチャみたいなパンを食べました。こっちももちもちで、お腹いっぱいです。フォカッチャは持ち帰り分もお願いしました。
食後にコーヒーをごちそうになっていると、お店の入り口付近がざわざわしました。なんでしょう。
初日に英国テーマパーク(?)でお世話になった衛兵さんと同じ制服を着た衛兵さん……ということは衛兵さん。が数人、わたしの顔を見ると真っ直ぐに足音を立ててやってきました。とりあえずわたしはコーヒーを飲み干しました。
「ソノコ・ミタだな」
「はい三田園子です」
返事をしました。
ら、とっ捕まりました。
なんで????
わたしここに来てから捕まってばっかりなんですけど? まだ四日しか経ってないのに三回目ですけど? いったいわたしがなにをした。きっといろいろやらかしてるんですね、はいすみません。
両脇抱えられて馬車に乗せられそうになったんですけど、「ちょっと待ってください‼」と声を上げました。
「お手洗い行きたいです‼」
行かせてくれました。
なぜかショッパーを両方取られました。ポシェットも。どこに連れて行かれるんでしょう。結局デパ地下へ行けなかったので、お隣さんへのご挨拶品買えなかったんですが。もう四日も経っているのにご挨拶できていない……! ごめんなさいまだ見ぬお隣の若夫婦!
鉄格子が窓にはめられている護送車っぽい馬車に乗せられて連れて行かれたのは英国テーマパーク(?)でした。わたしが放り出された出入り口とは違うところ、正面門から入ります。
――ので、わかってしまいました。王宮じゃあああああああああん。
めっちゃ見覚えのあるグラフィックです。いえ実写なんですけど。じゃああれか、あれですね。わたしが最初にいたところは王宮内のどこかで、まじでわたし不法侵入者扱いだったんですね。ごめんなさい。
この前の窓のない小部屋にまた行くのでしょうか。ちょっと泣きそう。馬車から降ろされ引っ立てられ、両脇から抱えられてグレイ扱いです。わー、自分で歩かなくても進んでるー。わーい。
そんな状況でも悲しきかなグレⅡ限界オタ、目の前に広がる聖地の光景に大興奮です。あああああっ、もっ、もしかしなくても今進んでいるこの廊下はリシャールとクロヴィスが相対してキュピーンてなった場所⁉ ありがとうございますありがとうございますありがとうございます、二次妄想捗ります。すみません拝みたいので腕放してくれませんかね。
そして連れて行かれたのは窓のある大部屋でした。楕円形の卓があって、たくさんの人が着けるように椅子がぎっしり入っています。フィジカルディスタンスとかパーソナルスペースとか無視です。そしてここにも見覚えがあって、腕を放されたときにわたしはその場で五体投地しました。
中央会議室……! おお、我が心のエルドラド……!
「なにをしている⁉」
すみません衛兵さん、もうちょっとだけ味わわせてくださいこの幸福を。そんな気持ちは汲まれることなく抱き起こされました。衛兵さんたちが取り扱いに困る珍獣を見るような目でわたしを見ています。奇遇ですね、わたしも自分に困っています。
いやでももうしかたがないでしょう、わたしの推しが一番活躍したイベントの場所ですよ、五体投地で足りますか、足りませんね、どうしたらいいですか。祭壇です、祭壇築きましょう、そしてそこにラム肉を捧げましょう、それでいきましょう。
「ははは、想像以上に面白いな」
何度聴いたかわからない声の、けれど初めて耳にするセリフが響きました。衛兵さんが敬礼体勢を取ります。わたしも今度は間違えません。部屋の奥へ向けて見様見真似の淑女の礼をとり、頭を下げました。