77話 あなただよね
レアさんの自動車が帰って来ました。そのころにはリッカー=ポルカ杯参加希望者は三十一名になっていました。ベリテさんがはりきって客室を割り振っていきます。だいたい三人で一部屋。サルちゃんは土建仲間さんといっしょみたいです。奥の方。よし。なるべく近くの部屋がいいかなあ、と思ってベリテさんに「わたしここじゃだめです?」って隣室を指さしてみたんですけど、「あらっ? あらっ? まあまあまあっ」と大いに勘違いされてしまい大いに後悔しました。
「だいじょうぶよっ、言っていいこととわるいことくらいはちゃんとわきまえてるわ! それにしても……そう。そうなのねえ」
「ものすっごく誤解です」
「だいじょうぶよっ! 愛があれば年の差なんて! わたしも主人とは十四歳差だったのよー!」
「ほんとそういうんじゃないので……」
理解していただけませんでした。はい。「でもね! 未婚のお嬢さんになにかあったら困るからねっ、こちらのお部屋にしましょうねっ」と、向かい側の大部屋になりました。はい。同室の方はコラリーさんと、まだコラリーさんのお家に逗留されている黒髪と白髪のマダムたち。赤髪マダムはご主人といっしょのお部屋。ノエミさんは他のお友だちと同じお部屋です。ちなみにレアさんはずっとスイートルームっぽいところをひとりで貸し切っています。女王なので。
修学旅行みたいな空気の中、腕自慢の女性たちはベリテさんのヘルプ要請に腕まくりをして厨房へと吸い込まれていきました。さっき食材を運ぶときも率先してみんな動いてくれたりして、ほんとお祭りみたいです。ちなみに蒸気バスのフロントに掲示した『ハルハル第一回リッカー=ポルカ杯参加者送迎車』という紙ですが、『参加者送迎車』の部分を切り落として会場になるであろう食堂の壁に貼られました。恥ずかしい。なんか自分の字掲げられるの恥ずかしい。
男性たちは名簿とにらめっこしながらトーナメント表を作成しています。あーでもないこーでもない。男女それぞれの大浴場へお湯を張るのに、お掃除しに行く人もいました。けっこうご高齢の方たちが多いんですけど。一致団結。リッカー=ポルカすごい。田舎パワーすごい。
「あー、吹雪いてきたわね。ベリテさーん、アシモフ玄関ホールに入れていいー?」
廊下で響いたレアさんの声に、わたしはすっと現実に引き戻されました。「いいわよお! あの子おりこうだしねえ!」「ありがとう、助かるわあ」「こちらこそよー」そのやり取りが、近いのに違う世界で響いているように聞こえます。窓の外は日がすっかり落ちています。そして、雪、雪、雪。
わたしは食堂の中を見回しました。姿をみつけてほっとすると、すっと首をこちらに向けてサルちゃんがわたしを見ました。窓際係長みたいな。没個性で、みんなに埋もれてしまいそうな空気感のままで。
「で……ソナコぉ? なにかわたしたちに相談したいことがあるんじゃなあいぃ?」
夕食はみんなでわいわいがやがや。みんな体の大きい小学校給食みたいな感じでした。わたしは汁物を配膳するお当番です。はい。サルちゃんには大きめのツミレみたいのを入れました。美味しいもの食べて満腹で眠れ! みんなが食べ終わってお膳が片付けられたあと、トーナメント表が食堂の壁に張り出されました。わたしは第二グループの二戦目。さくっと負けると思います。お風呂に入って歯を磨いて、お部屋に行ったら、にっこにこのコラリーさんとマダムふたりがいらっしゃって、そう言われました。
「ナニモナイデス」
「もうやだあ、てれちゃってえ!」
あのー。ベリテさーん。言っていいこととわるいことわきまえ……そもそも誤解で……脱力してわたしはベッドのひとつに沈みました。
ところで、この部屋にはベッドが四つありました。わたし、コラリーさん、白髪シューちゃんさん、黒髪アネちゃんさん。四つで合ってます。が。なんだかソファにもオフトゥンがあるのはなぜなんだぜ。
「来たわよおおおお! さあお話ししましょおおおおおお!」
……お仕事を終えたベリテさんがみえました。はい。
否定すればするだけみんなの士気が上がることに気づいたので、途中ですべてをあきらめて放棄しました。そのうち夜も更けたので、みんなでおやすみなさい。結論は「サルちゃんは働き者だし社会的地位がしっかりしていて性格もいい。あの年まで独身なのは謎だけど良物件。ソナコのかわいさなら落とせる、がんばれ応援している」ということになりました。はい。ちなみにわたしのことソノコって呼んでいたはずのベリテさんもいつの間にかソナコ呼びになっていました。はい。
わたしがサルちゃんを実行犯だと確信している理由をお話ししましょう。まず、彼はマディア公爵家騎士団の将軍職の人。問題なく領境基地に出入りできるのは先日の社会科見学で確認できました。そして、彼がふらっと外に出て咎める人もいないでしょう。おそらく実行犯だと疑う人も。だって、そんな事件を起こす理由がないから。
そしてマディア北東部事変の凶器は、マディア公爵家に仕える者のみが用いることのできる紋章が入った、片刃の小振りなもの。ナタの大きい版みたいな感じです。シミターとかいうやつかな。領境警備隊員が用いるものではなく、市場にもあまり出回らないものみたいです。グレⅡゲーム内でも扱いませんでしたね。一般人が紋章入りの特殊な剣を入手できるでしょうか。最初は偽装された紋なのではと思っていたのですが、考えてみたらその点はゲーム内で論争にならなかったのですよね。ので、本物だと確認されたのでしょう。そして刻印は柄の部分に入っていましたけど、コブクロさん他、携行されていたものをじろっじろ観察してきましたが、どこにもそれらしいものはありませんでした。ということはですよ。領境警備隊員が自前で特殊な武器を作ったとして、マディアの刻印をできるでしょうか。仕事で使うものですら刻印されていないのに?
なので仮定で申し訳ないのですけども、おそらくマディアに仕える者の紋は限られた人しか入れられない、もしくは使用を制限されているのでは、と考えました。将軍様なら、たぶん自由自在ですよね。きっと。将軍様だもん。
それに、マディア北東部事変は二人の犠牲者が出ています。おそらく奇襲とはいえ、訓練を受けた兵士が抵抗もできずに声もなく惨殺されるなんてことがありえるでしょうか。ましてや、一般の兵士にそんなことができるのか。複数人での犯行なら可能かもしれません。けれど、考えてもみてください。近いんです。現場は、領境基地から歩いてもわたしの足で六百歩弱くらいの場所から河を渡ったところなんです。複数人でそんなイレギュラーな行動をとって、見つからないわけがないじゃないですか。いくら吹雪いていたって。
将軍って、やっぱり強い人がなるんですかね。わかりません。サルちゃん、窓際係長みたいですけど。強いんでしょうか。わかりません。
まとめると、わたしの考えはこうです。
・マディア北東部事変実行犯は、おそらく単独でめっちゃ強い
・マディアの家臣紋を使用できる身分で、領境基地に出入りできる
・犯行を疑われることがない立場で、河や周辺地理も把握している人物
よって、そのわたしの見立てに当てはまるのは……サルちゃん。田舎によそ者が来たらすぐにわかるし目立ちます。それでなくても、ほとんどの人が避難している現状。他に、見当たらない。
わからないことがいくつかあります。そもそもなぜ、事件を起こしたのか。そして、凶器を残した理由も。そうです、動機の部分。わたしはサルちゃんがまるでわからない。
それぞれのベッドから寝息が立っています。わたしはリッカー=ポルカに来た日のように眠れなくて、静かに布団から出ました。カーテンを少しだけめくって外を見ると、激しい雪。
裸足のまま音を立てないように手に靴を持ってドアに近づき、廊下へ出ました。靴を履いて。そして声をかけます。
「どこへ行くんですか。サルちゃん」
明かりが落とされた中でも、振り返った顔が微笑んでいるのがわかりました。






