70話 なんか読まれてますかねー
「みなさんを中に入れるわけには参りません」
領境警備隊基地、正面門前に到着しました! ら、コブクロさんと、今日派出所で始末書の心配をされていた警備隊員さんと、その上司さんとおっしゃる方が門前で待機されていました。その他に門を警備している方が二名。
上司さんがおっしゃった言葉にマダムたちからブーイングならぬ「なんでさ」コール。さすが上司さん、その程度ではうろたえません。
「そもそも、ブグローから申請があったのはひとりだった。そして彼は今回、もともと領境警備隊員が持っている権利のひとつを用いてそのひとりを招待しようとしていたのです。親類やそれに相当する者を、年に一名のみ招けるというものですが」
コブクロさんを見たらちょっとどころじゃなく困った顔をされていました。目があったらなんとなく悟った瞳でちょっと笑ってくれました。きっとコブクロさんも始末書なんでしょう。すみません。
で、めっちゃ全員門前払いで追い返されるムーブだったんですが、そこですっと、いっしょに来ていたお客さんのおじさんが前に出ました。陰薄かったのに突然の存在感。
「あー、ビギャールはいるかい? ラ・サルが顔見に来たって伝えてくれ。それでだいじょうぶなはずだから」
しん、と静まり返りました。社会科見学組は全員「だれ?」という顔。領境警備隊員さんたちは、門衛さんたちも含めてフリーズしおじさんをガン見。いち早く再起動したのは上司さんでした。
「――もしかして……ラ・サル将軍……でいらっしゃいますか?」
「うん。入れてくれるとうれしい」
なんだかよくわかりませんが、おじさんは偉い人みたいです。ひらけごまを唱えてくれました! ありがとうございます!
「ちょっと、サルちゃん。あなた偉い人だったのね!」
門をくぐりながらコラリーさんがおっしゃいました。みんな耳をそばだてます。蒸気バスとレアさんの自動車は、門の内側に停めるようにと指示されて、ノエミさんとレアさんは今移動駐車中。
「んー。なんかねー。除隊したかったんだけど。引き止められて肩書きだけもらった」
「それにしても、将軍とかすごいじゃないの」
「年の功だよ。黙っててももらえるよ」
領境警備隊員さんたちの反応が微妙です。黙っててもらえるもんならあくせく働きませんよね。わかります。はい。
普通のおじさんなんですけど。なんなら群馬にもいそうなんですけど。サルちゃん将軍おじさん、めっちゃ有名人みたいです。伝令が行ったのか、基地の玄関まで移動するだけで両脇に人がずらりと並んで敬礼。「あー、どーもどーも」とまるで日本人みたいに手刀で空を切って歩いて行きます。わたしたちは物珍しさからキョロキョロしつつそれに続きました。
で、サルちゃん将軍おじさん、なんか基地内の見学にも付き合ってくれて。この基地のお偉いさんの顔を見に行かなくていいんでしょうか。マダムたちキャッキャウフフでたのしそう。わたしもいろいろおもしろく眺めさせていただいたんですけど、違うんですよ! わたしは下見に来たんです! マディア北東部事変発生現場の!
といっても、実際に王国軍の下士官二名の遺体が見つかった場所は、川を渡った王国直轄領側ですから行けません。ので、わたしは凶器が見つかった場所、パイサン河の上流の曲がりくねったところを見たいのです。そこだけ少し川幅が狭くなっているのと、段差があって渡りやすくなっているところ。ゲーム上の地図では、マディア北東部領境警備隊基地よりも少しだけ東側でした。たぶん、下士官を殺害した実行犯はそこを行き来したんです。それと同時に、見つけてもらいやすいように、凶器をそこに置いて。
そこをね、特定しとけば。張り込みができますからね!
「――河! 河見たいです! パイサン河!」
あらかた内部の立入禁止区域以外を見終わって、そろそろ帰ろうかムードになってきたときにわたしは声を上げました。現場を見ずに帰れません。そのためにコブクロさんたちに始末書書かせるんですから。
領境警備隊の方たちの空気が冴え渡りました。社会科見学組はみなさんキョトン顔。なんで? って感じ。
「んー、なんでだい?」
サルちゃん将軍おじさんが、窓際係長っぽい空気感でわたしに言いました。わたしは「旅行ガイドに、紅葉めっちゃキレイって書いてあったからです! あと、ギリで鮭の遡上が見られるかも!」と言いました。
「わたし、河はいいわ。寒そうだし。春先の山菜採れるくらいに行きたいわね」
コラリーさんがおっしゃいました。ガーン。他のマダムたちも口々に「あたしもやめとくわー」とおっしゃいます。まじか。マダムスパワーを借りてゴリ押ししようというわたしの完璧な計画が……。
「――あたしはちょっと行ってみたいかなあ。こんな機会でもないと、来ることもないもの。どんなものか、見てみたいわ」
助け舟を出してくれたのは、なんとそれまでずっとだんまりだったレアさんでした。みんな気になっていたけど声をかけられなかった寡黙な美女が発言したとあって、空気が一変します。
「じゃあ、行ってみるか」
サルちゃん将軍おじさんがなんでもないことのようにおっしゃいました。まじか、やった! しかし、ずっとわたしたちに付き合ってくれていましたけどいいんでしょうか。「なんか、お偉い人に会いに行かれないんですか?」と尋ねてみると、「んー。おっさんの顔見るより若い女の子と河見る方がいいかなあ」ととてもとても率直な返答がありました。若い女の子でよかったです。
コラリーさんとノエミさん、そしてマダムたちとおじいちゃんは残るそうです。領境警備隊の他の方たちがすっごい動揺していたのは気づかなかったことにします。行くって言った人が上の人すぎて異を唱えられない感じです。戦争になるかならないかの時期ですからね。それの王国直轄領に接した河を見に行くっていうんですから、落ち着いて見送れる方がおかしいです。でもわたし、民間人ですから。なにも知らない民間人ですからー。
で、裏口から出ました。コブクロさん他二名、レアさんとわたしを囲むように警備にあたってくれました。よかった。コブクロさんにも来てほしかったんだ。
「うわあ、キレイですねえ!」
素で言っちゃいました。紅葉! まじできれい! ちなみに、旅行ガイドに『紅葉キレイ』って書いてあったの本当ですので。一面、まっか! ところどころ黄色! きっれー!
で、河はちょっと歩いたところみたいですね。わたしは意気揚々と歩き出しました。それにサルちゃん将軍おじさんが横並びでついてきてくださいました。他の三人はちょっと後ろでレアさんを守ってるようです。そうでしょうね!
「ソナコちゃんー。なんで河見たいん? 理由他にあるでしょ」
サルちゃん将軍おじさんがちょっと小声でわたしに言いました。園子です!






