67話 かわいいは正義ったら正義
「あらー、じゃあこっちとか?」
「いいですねええええ!」
二度目のおはようございます。園子です。今バー・ポワソン・ド・テールのママさんのお部屋でファッションショーをしているの。なぜかしら。わからないわ。
ママさんであるコラリーさんは、少女時代からかわいいものが大好きだったんだそうです。でも老け顔。十七歳のときのあだ名は『愛人』だそうで。今はものすごく優しそうなおばあさんって感じですけど、お若いころはきっと色気むんむんだったんでしょう。で、かわいいものや服がまったく似合わなくて。四十代ぐらいまで自分のお顔に合った服ばかりを着ていたそうなんですが、アラフィフのときにいろいろあって吹っ切れたそうです。「好きなことして生きよう」と。
で、いろいろあったことが元で、都会に嫌気が差してリッカー=ポルカへ。いろいろあって仕事をしなくても生活できたので、暇つぶし感覚でお店を持ってみたら大繁盛。今も創業当時からの常連さんが通う憩いの場になったと。
「お仕事中は着ないわよ。でも、自分時間のときはいいじゃない?」
都会まで行って服を買うのはだるいので、雑誌とかを見て型紙起こして、ご自身で作るんだとか。最近は針仕事がつらくて新作ができないので昔作ったものを引っ張り出してきたそうなんですが、着てみて、さすがに八十近くなってから五十のときの服はどうだろう、と思っていらしたみたいで。
「なにをおっしゃいます! 人間生きていたら、今日が一番若い日ですよ、どんどん着ましょう!」
とっても素敵なオフホワイトのふりふりワンピースなんです。ふりふりだけどラインはマーメイドっぽくて。かわいい。こんな服着こなせるおばあちゃん、かっこかわいいじゃないですか。なのでそう言ったら、「あら! あなたいいこと言うじゃない!」となりまして。こんな服もある、あんな服もある、とファッションショーもどきになりました。はい。わたしもふりふり着せられました。はい。かわいい。
で、お昼になりました。「お友だちが来るの。あなたを紹介させてね?」と茶目っ気たっぷりに言われました。お店側じゃない方の正面玄関のチャイムが鳴って、三名の中高年女性たちが。
「あれ、新入りさん?」
「蒸気バスの子じゃないの!」
「あれまあ、お仲間なのね!」
みなさんバスケットと風呂敷包みみたいのをお持ちで。大歓迎してくださいました。ありがとうございます。で、バスケットの中身は持ち寄ったお昼ごはん。おいしそうな匂い。間違いなくおいしい。今日は週に一度のランチ会なんだそうです。いい日に来ましたね、わたし。
で、わたしはコラリーさんに指示されながらテーブルにごはんの用意。いらしたみなさんは、なぜかいそいそと隣の部屋へ向かわれました。
で、戻って来られたら。みなさんふりふりの服にメタモルフォーゼ‼ これはびっくり。
「こんな田舎じゃね。好きな服もこうやって、気のおけない友だちの前でしか着られないのよ」
コラリーさんのその言葉にちょっと悲しげな空気になりましたが、それでもこうやって「好き」を諦めないでいるのってすごいなあって思います。蒸気バスの件でなんとなく想像はつきます。みなさん、自分のお家では、かわいい服を好きって言えないんだ。
「蒸気バスだって、本当は乗ってみたいよ」
一番細身の黒髪女性がおっしゃると、みなさんが深くうなずきました。
「でもね。うちの旦那になんて言われるか。本当に昔の頭の人で。避難だってぜったいしないって」
「うちもだわあ。あんなのに乗ったら中で臓物抜かれるとかわけわかんないこと言ってたわ」
「あっはは、なにそれ。ただ怖いだけならそう言えばいいのにねえ!」
「言えるわけないじゃない。面子だけで生きているようなじいさんよ」
ごはん食べながら話も進みます。おいしい。このグラタンおいしい。旅籠のベリテさんは、ご主人を亡くされているようなので、そういうしがらみもなく蒸気バスに乗れたんでしょう。そして、お手本にもなってくれたわけです。臓物抜かれないっていう。こちらにいらした奥様方はみなさん、コラリーさんのお友だちなだけあってとっても先進的な方たちですから……もう一息な気がします。
「みなさんがバスに乗れない理由は……ご主人の反対があるから、だけですか?」
わたしがお尋ねすると、みなさんは顔を見合わせました。真っ白な髪の毛をきれいに結い上げた女性が、「……それも、あるけども」とおっしゃいました。
「……怖いのよ」
コラリーさんが代弁します。その怖さは、きっとご主人たちが持つものとは違って。
「否定されるのがね。わたしたち、これでもけっこう、この趣味を受け入れてもらおうとは努力はしたのよ? それが、この結果よ。かわいくて、素敵な服は、ここに集まってこっそり着るの」
そうなんだろうなあ、とは思いました。いろいろがんばって、今があるんでしょう。わたしも中学生のときは田舎住まいだったので、ちょっとくらいは想像ができます。血行がよくて爪がピンクに見えただけで、近所のおばあちゃんからマニキュアをしている不良だって叱られました。マニキュアってなにって思いました。ネイルのことでした。してないのに理不尽。
きっと、いろんな嫌な気持ちをして来られたんだろうなあ。だから、蒸気バスに乗って、また同じように非難されるのが嫌なんだ。それはそうですよね。わかります。
おなかいっぱいになりました。なので、ちょっとウォーキングでもしようかと思いつきました!
「コラリーさん! このかわいい服、お借りしてもいいですか?」
「あら、もちろん! 気に入ったなら、あなたのサイズに直してあげるわよ!」
「いえ、今……わたしが、リッカー=ポルカにいる間、お借りしたいです!」
みなさんがきょとんとされました。「お仕事中は制服しか着られませんけど……よそ者のわたしが、このかわいい服を着て町中歩くのは、いいですよね⁉」と言うと、みなさん驚いたような声を上げました。
「なんでまた、そんなこと……」
「見慣れたら、みなさんのご主人もなにも言わなくなるかもしれないじゃないですか! それに……」
「それに?」
「かわいいので‼」
かわいいは正義‼
わたしが宣言すると、コラリーさんが笑い転げます。そしてにやっとちょっと悪いお顔の笑顔でわたしをご覧になりました。
「その通りだわ、言うわね、ソナコ」
「園子です!」
「なんか、吹っ切れた。わたしもそれ、付き合うわ。今日の夜からわたし、お店に、これで出るわね」
「ええー⁉」
「コリちゃん、やめときなよ……」
「なに言われるか」
「老い先短いし、もうなに言われたって平気よ。階段もきつくなってきたから、この家だってそろそろ手放そうかと考えてたところだしね」
みなさんショックをうけたように黙り込みます。そうですよね、みなさんの秘密基地みたいな場所ですもの。
「そもそも……わたし、好きに生きようと思って、リッカー=ポルカに来たんだったわ。いやねえ、年をとるって! そんな大事なことも、忘れちゃうのね」
コラリーさんは、ちょっとさみしそうな表情で微笑んで、どこか遠くをご覧になりました。
――では、善は急げと申しますし。さっそく。
「じゃあわたし、コブクロさんに領境警備隊詰め所へ来いって言われてるので、行ってきますね!」
にっこり笑って、「あらー、わたしもいっしょに行こうかしら!」とコラリーさんがおっしゃいました。






