66話 園子は言ったかもしんない
「どちくしょおおおおおおおおおおお‼」
こんばんは。園子です。今コブクロさんが同僚さん巻き込んで酔って管巻いているリッカー=ポルカで唯一開いているバーの窓の外にいるの。ちょっと肌寒い。
あのね、あのですね。責任を感じないわけではないんですよ。むしろガンガン責任感じているんでこんなところにいるんですよ。まさか。よもやよもや。ふられ……いえ、みなまで言いません。
他にお客さんは地元のおじいちゃん。ママさんもおばあちゃん。他にもおじさんが一人来たんですけど、ちょっと居てコブクロさんの肩をぽんぽんと叩いてから帰ってしまいました。コブクロさんは寮で飲んで騒ぐとみんなに話が広がるから、こっちに来たみたいです。人生の先輩たちはなにかを思い出すかのような微笑で生暖かくコブクロさんを見守っています。同僚さんはカウンターに突っ伏しているコブクロさんの背中をひたすらさすってなだめていました。
「マック・ノ・ジェーケー……詐欺師じゃねえか……」
つぶやいているつもりなんでしょうが、酔って声がでかくなっていて外からでも聞こえます。はい。換気口から。そのセリフは三回目です。なだめる同僚さんの声は聞こえないのですが、たぶん雰囲気的に「しかたがないさ」的ななにかをおっしゃっていると思います。はい。それにしても、そこで「ソノコ・ミタ……詐欺師じゃねえか……」とならなくてマック・ノ・ジェーケー氏が槍玉に挙げられるとは思いませんでした。助かった。ありがとうマックのJK。
そろそろ交通局に帰ろうと思ったときに、裏口の扉がガッと開きました。びびって「んひゃあ!」という声が出ました。
「――蒸気バスのお嬢ちゃんじゃないの。お入んなさい」
引きずり込まれました。そしてなぜかコブクロさんの隣に。
――こんなに気まずい酒の席があるでしょうか。いや、ない。おじいちゃん、おじいちゃんが座ってるボックス席に行かせて。お願い。
「――ソナコ・ミタ‼」
「園子です!」
「飲め‼」
「はいぃぃぃぃ……」
下戸なんです。わたし下戸なんです。なのでいつもならお断りするんです。ママさんに一生懸命まばたきで合図送って、たぶんめっちゃ薄いのを作ってくれました。けど、こちらに来て初めてのお酒です。こっわ。これがなんのお酒なのかもわからない。こっわ。
でもコブクロさんがじっと見てる。ちょう見てる。わたしはおもいきってえいっと口をつけました。くちゃい。アルコールくちゃい……。たぶん二年ぶりくらいのおちゃけ、くちゃい……。
結果。酔いました。過去最高に酔いました。くらんくらんする。首がすわってない。うひゃあー。
「ソナコ・ミタ!」
「園子です!」
とりあえずでかい声は聞こえます。わたしは答えました。「もっと飲め!」と言われて「むりです!」と答えました。「ふざけんな、オレに飲ませたんだから飲め!」「むりです!」「飲めー!」「アルハラですー‼」ママさんからほとんど透明の液体が入ったコップを手渡されました。水かな。水だといいな。水だわきっと。
「ソナコ・ミタ!」
「園子です!」
「マックノジェーケーの言うことは嘘だ、信じるな」
「アッハイ」
「だがな、ソナコ・ミタ。……おまえの故郷の言い伝えは、本物だ。――だいじにしろよ」
「えっ」
わたしの故郷ってどこでしょうか。生まれた県のことでしょうか。それとも中高を過ごした県? 心のホームである群馬のこと? どこ? お酒によるものか質問によるものかわかりませんけどあたまがくらんくらんします。いっしょうけんめい考えて群馬やろなあと思っていたら、コブクロさんが語り始めました。
「――もしあのまま、オレが昇進して、そのときにプロポーズしていたら……もしかしたら、オレは愛のない結婚生活を送っていたかもしれない」
くらんくらんしてて、なに言ってるんだかわかりません。日本語でOK。ママさんが、わたしが持っているお水を取り上げてお水をくれました。なんで。ありがとう。
「――その段階で、失敗したって思ったって、遅いんだよ。なにもかも手遅れだ。オレは、この時期でよかった。……今、告白して、よかった」
よかったって言葉を言ってるのはわかります。なにがよかったんでしょうか。ふられたのがよかったんでしょうか。それ強がりってやつじゃないでしょうか。よくわかりません。ふわふわくらくらします。わかりません。とりあえず「がんばえー!!!」と言いました。なにをがんばるんでしょうか。わかりません。
「――ソナコ・ミタ!」
「あい!」
「おまえのおかげだ、ありがとな‼」
わたしいったいなにしたんでしょうか! わかりません! お水おいしい! ママさんがピッチャーで注ぎ足してくれました。おいしい! 三回くらい継ぎ足してもらったらお手洗い行きたくなりました。「お手洗い!」と宣言したら、コブクロさんの同僚さん? がなんかつきそってドアまで連れてってくれました。個室の中、エメラルドグリーンのタイルできれいでした。
「ねむい!!!」
お手洗いから出て宣言しました。おじいちゃんお客さんが「ここに横になんなさい」とソファをぽんぽんしてました。横になりました。ぐう。
おはようございます‼ 朝です‼ さわやかな朝です‼ すみません、目が覚めたのはバーの中で、わたしは向かい合わせてくっつけたソファに寝かされていました‼
置き手紙がふたつありました。ひとつはママさんから。交通局には連絡してあるからゆっくり寝なさい、起きたらカウンター内のドアから声かけて。そしてコブクロさんの同僚さん? から。ありがとう、連絡取りたいから領境警備隊詰め所に顔出して、いつでもいい。と。二度寝かまそうかと思いましたが、あいにくすっきり目覚めてしまいました。とりあえず記憶にある位置へとソファを戻しました。なんかもうすんません。
時計が店内になくて、時間がわかりません。外の光を見たら、けっこう日が高いような気がしますが、あいにくそれを読み取るだけのインテリジェンスはわたしにはありません。すみません。素直にカウンター内に入ってノックしてドアを開けました。ら、階段があって、二階に続いているみたいでした。行ってみます。
「おはよーございます……」
二階のドアをもう一度ノックして、しばらく応答を待った後に開けてそう言いました。……そしたら予想外。そこは白とピンクのふわっふわの世界。カヤお嬢様のお部屋に匹敵するくらいの乙女チックラビリンスでした。
「あら、おはよう、ソナコ」
ママさんはすっぴんでもママさんでした。が、お召しの服はちょう乙女チック純情ロマンチカでした。かわいい。ちょうかわいい。






