57話 逃げも隠れもできませんでした
昨日の試合は結局どちらも譲らずに三対三で終わったようですねー、とレアさんにお伝えしました。はい。わたしはなにも見なかった。新聞をそっとたたんでリビングの古い新聞をまとめた場所に差し込みました。はい。
朝食はチーズ入りのスクランブルエッグとベーコンをはさんだマフィンでした! それに野菜スープ。おいしかった! このスクランブルエッグは真っ黒い殻の卵で作ったやつです。ゆで卵にしたらちゃんと中身は白いんですけど。黄身が濃厚。バレアヴェック・ボクードー? とかいう特殊な鶏が産むらしいです。たしか。レアさんが言ってました。
朝食は作らなかった方がお片付け、と決めてあるので、食べ終わってからわたしが洗い物をします。「あら? ソノコ、今朝の新聞どこにやったのお?」と言われたので、「あれーそこらへんにないですー?」とすっとぼけました。ほどなく見つけられてしまいましたが。
「あらあ、やっぱり昨日のうわさの誘拐未遂、おおごとになってるわねー!」
わたしはなにも聞かなかった。洗い物に徹します。はい。
「『誘拐未遂の被害者は、始球式に望んだカヤ・ディアモンちゃん(10)。かの有名なディアモン財閥の副総帥であるジョシュア・ディアモン氏のひとり娘だ』」
あ、あの女の子なんだ。そういえばピンクの服着てたかも。ちょうお嬢様な感じですね。ははは。
「『カヤちゃんと目撃した会場係員の証言によると、悪漢を撃退した黒髪の女性は、まるで翼で舞うかのように階上へと消えたという』」
いえ、ふしぎヒール履いていたからなんか跳躍力すごかったとかそんな感じだとおもいます。はい。あー、皿洗いたのしーなー。
「……『ジョシュア氏はマディア地域全体へ告知を出し、かの黒髪女性を捜すと宣言。謝礼の用意があるという』『女性につながる有力情報を提供した人にも謝礼金を』」
あー、お水きもちいいなあああああああ‼ 「ねー、ソノコー。あたしも仕事しようかなあ」と、ゆったりとした口調でレアさんが言います。なんでしょうか。
「『黒髪女性うちにいまーす!』、って言ってくるだけの仕事。あたしでもできそうじゃない?」
はい、バレてました。
ということで、自首することになりました。なんか話がおおげさになってしまったので、レアさんのスカーフを借りて変装っぽく頭に巻きました。ばあちゃんが真知子巻きって言ってたやつです。はい。そしてでっかいサングラスも借りました。なんか白黒フランス映画とかに出てきそうです。女優気取っていきましょう。アシモフたんもついていく! とかなりの自己主張をしてきたのでいっしょに。わたしの姿にいっしゅん威嚇しかけましたけど、いっしょに。どこに出頭すべきかは新聞に載ってました。が「たぶん、正面からここに行ったら、新聞記者やらなんやらに取り囲まれるわよお? きっとレテソル中の黒髪女性もやって来ているでしょうし」とレアさんがおっしゃって、ディアモン財閥系列の宝飾店にお買い物みたいな感じで行ってそこで告白にしない? ということになりました。お買い物したいだけな気がします。はい。
「いらっしゃいませ」
初めて来たお店なのに最初から奥の部屋に通されました。たぶんレアさんの自動車がすごいやつなんだとおもいます。アシモフたんは申し訳ないけど車の中でお留守番。もちろん窓は少しずつ開けておきました。で、レアさんが自動車の鍵を案内してくれた人に渡して、「自動車に犬を乗せているの。アシモフよ。話が長くなって退屈するだろうから、散歩でもさせていて」とおっしゃいました。女王すごい。さすがすぎる。
とってもすてきな応接間に通されて、とってもすてきなカップでお茶が提供されました。おいしかったです。わたしはまだ真知子巻きサングラスなので不審者です。レアさんもサングラスのままです。よくあるんでしょうかこういう訪問。特に警戒した様子もなく、この店舗の管理者さんとおっしゃる女性がいらっしゃいました。ロングスカートの黒スーツに、巻き上げた栗色の髪が決まっています。お名刺をくださいました。マキ・マレさん。覚えやすいですね。
「今日はね、この子のことで来店したの。おおごとにしたくないから秘密裡に話を進めてちょうだい。おたくの副総裁のお嬢さん、助けたのはこちらのソノコ・ミタよ」
おっとー、直球だー! 148キロの速さにマレさんが受け止めきれていない! 気を取り直してわたしをご覧になったので、レアさんにうながされてわたしはスカーフを取りました。
「――左様でございますか。では、すぐに連絡を取りますので、お時間をいただけますでしょうか」
「かまわないわ。その間、こちらの商品を見せていただこうかしら。あたしたちの肌の色に合うものがほしいの」
女王さすが。いえわたしはいりませんが。宝石とか持ったことないしおっかないですが。「ソノコ、あなたかわいいんだから、少しは飾った方がいいわ」と、普段から飾らない超絶美人が言います。レアさんは素で美しいのでね、しかたないね。
ずらっといろいろなキラキラぴかぴかが並べられていきます。おっかな。このネックレスはカチカチに換算するとどのくらいでしょうか。一年? 二年分? 「着けてみましょう」と言われましたけど、「いえっ、よくわからないのでレアさんお先にどうぞっ」と言って難を逃れました。
慣れた様子でレアさんは係員さんが渡してくれる指輪とかをはめていました。色をしっかり見るためにサングラスをはずされたんですけど、息を呑んでいましたね係員さん。でしょう、美人でしょう。ふふん。
わたしはそわそわサングラスのままです。たぶん外したらまぶしくて目が、目がああああってなります。そのうちレアさんが「これと、それをいただくわ。それと、これの石違いのものはない? 見せてちょうだい」とおっしゃいました。かっこいい……。
いただいたお茶が交換されて、出されたさっくさくのアーモンドチュイールクッキーを食べ終わったころに、マキ・マレさんが人を伴って戻って来られました。なんかいかにもお仕事できそうな執事さんって感じの若い男性です。「ルークとお呼びください」とのことでした。この方には片眼鏡とかかけさせた方がいいとおもいます。
「主人がミタ様とお会いしたいとのことです。また、そちらでカヤお嬢様とも面会していただきたく」
「まあそれが順当ね。自動車と犬を預けてあるの。お任せできる?」
「承知いたしました」
話がさくっとまとまったようです。レアさんとルークさんで。わたしのこととは思えない。裏口から出てなんだか犯罪の予感とかする窓が黒い蒸気自動車にレアさんと乗り込みました。ルークさんは助手席です。さっきの商品はお家に届けてもらうようです。キャッシュレスお買い物すげえ。
で、連れてこられたのは白くてでっかいお城みたいなお屋敷でした。






