54話 あらためて、決意表明
で、さすがにすぐマディア領北東部事変の現場下見とかはむりなので。街が違いますし。ごくごく自然にレアさんへ「わたし、マディア公爵邸見たいなあ~」と言ってみました。「いいねいいねえ、行こう行こう!」と、次の日に自動車でぶーん。ちょう自然に観光ぶーん。アシモフたんもいっしょです。
ジゼルの丘というところに来ました。その昔ジゼルという女性が、意に染まぬ結婚を強いられそうになって身を投げた崖がある場所だそうです。戯曲とかになったそうです。よくわかりませんが自殺名所じゃなくて観光名所になってよかったですね。いちおう崖へは近づけないように柵がありました。ここから公爵邸が眺められるっていうすんぽーです。中とかは当然見えませんけどね。
城壁とてっぺんの塔みたいのが見えます。めっちゃ高いですね、塔。いちおう、アウスリゼで一番高い建物って観光ガイドに書いてありました。日本一高い県庁舎の群馬県庁くらいあるんじゃないでしょうか。だとしたら三十三階はあるってことですよ。誰が登るんでしょうか。あのぐいーんと頂上まで行くエレベーターがあるんでしょうか。降りるのたいへんですね。あとお掃除の方も。がんばってほしい。
わたしたちみたいなお上りさんがけっこういました。二階建ての細長いおみやげ屋さんみたいのもあって、名物として揚げいもというものを売っていました。丸まんまのじゃがいもふたつを皮をむいて太い串に挿し、アメリカンドッグみたいに揚げたものです。おいしかったです。レアさんとはんぶんこしましたけど、わりとおなかいっぱい。あと、マディア公邸の塔をキャラクター化したマディア父さんなる存在を発見しました。なんで日本語のダジャレなんでしょうか。謎。キーホルダーを買いました。アシモフたんにはちっちゃいぬいぐるみを。くわえて振り回していました。
ぼけーっとマディア公爵邸やら、周囲の山やらを眺めながら、まだアベルが隣に引っ越してきたばかりのときのことを思い出しました。あのとき、新聞の求人欄を見ながら、自分のことやこのグレⅡ世界のこと、シナリオのことを考えていました。
あの日あのとき思ったことは、今も変わらず胸にあります。
みんなで。みんなが、幸せになればいいなあって。どこの陣営とか、どこの出身とか、どんな考えだとか、関係なく。
わたし、この世界が好きで。群馬のことは絶えず頭の中にありますけど、それでも、今生活しているこの、グレⅡ世界が好きで。それは、たくさんゲームをしていた経験、たくさん二次創作をした経験、そして、ここで実際に生活しての経験。すべてが重なって、むしろ重なったからこそ、すごくわたしにとってかけがえのないもので。
あのね。なんて言ったら伝わるでしょうか。わたし、だれにも死んでほしくないんですよ。それに、だれにも辛くなってほしくない。
それはね、みんな必死なの知っているから。みんなこの世界で、必死に生きていること、自分の手札でどれだけ上手く立ち回れるか、どれだけ幸せになれるか、あがいているの知っているから。
リシャールは、小さいころから神童として敬われかしずかれ、いずれ王杯に選ばれる者として宿命づけられたゆえに抱えた孤独から、幸せなんて言葉の意味もわからなくて。
クロヴィスは、アウスリゼ王国成立の立役者である英雄ドナシアン・ジャルベールの末裔として王家に服することを叩き込まれて育ち、それなのに聖別された上に恋人が今際の際にあり、なにが幸せなのかもわからなくなり。
NPCであるオリヴィエ様だってそうです。オリヴィエ様は、最強と呼ばれる軍事国家の軍部に名を轟かせる軍門の侯爵家に生まれた、疎まれながらも冴えわたる智の宰相として、最初から幸せなど思いにも上っていなくて。
ジルは? レアさんは? あの二人にだって感情があって、それまでの人生があって、いろいろ考えて、必死に生きてる。わたしが考えているより、きっと、ずっと。
その他に、ここに来てから、わたしが出会った人はどれだけいるだろう。たくさん! みんなみんな生きている。ゲーム内に名前が記されなかっただけで、みんな生きている。
みんな、被害者だ。あらためてわたしはそう思いました。『聖杯』が示した、わたしにとっては『気まぐれ』と思えることに振り回されている被害者。だってそうでしょう? グレⅡ、どっちの陣営のシナリオが勝っても、ハピエンとして描かれるんですよ? どちらでもいいなら、どちらでもいいじゃないですか。この対立関係、意味ないじゃないですか。ただ、悲しい人がどこかに生まれるだけじゃないですか。
わたし、ハピエンがいいです。それを目指すと、今あらためて自分に確認しました。王杯なんてどうでもええ。むしろ、わたしにとっては王杯がラスボスです。ふざけんなコップ風情が。うちにきたら三日間漂白してやる。
よし。あらためて決意表明します。
わたし、幸せシナリオに改変します! みんな、みんなで幸せになるシナリオ。どっちの陣営とか関係なく! それ、目指します!
景気づけに揚げいもをもうひとつ買って来ました。ここに来ることも、たぶんもうないでしょうし。うめぇ。アシモフたんがじーっと見つめてきたので、ころもを外したおいものところちょっとをあげました。あちって顔してました。
クロヴィスの婚約者、メラニーの今の病状はどうなんでしょうか。すごく心配。クロヴィスとは十歳違いの花も恥じらう十六歳。いかにも深窓のお嬢様、という感じの、めちゃくちゃかわいい女の子です。クロヴィスは目に入れても痛くない可愛がりようで、その溺愛は周囲にもよく知られていました。
本当なら二人は今年結婚していたはずなんです。が、クロヴィスのお父さんが死んじゃって、メラニーの病気が発覚して、クロヴィスが聖別されちゃって。あまりにも目まぐるしく物事が動いて、それどころじゃなかったんです。本人が倒れてしまったら、結婚どころじゃないですけど。
アシモフたんがおいもを食べ終わって、「投げてー、遊んでー!」ていう感じでマディア父さんを持ってすり寄ってきました。さすがにここでは大ひんしゅくなので、「お家に帰ってからね」と言い聞かせました。んん~、と不満の声を上げていました。かわいい。
今このときも、きっと苦しい思いをしているメラニーも含めて全員、助ける方法はないだろうか。もう一度塔を見て、そんなことを思い巡らせていました。
お家に帰ってから、ご希望通りお庭でアシモフたんとマディア父さんで遊びます。お隣のポールくんが覗いていて、いっしょに遊びたそうにしていたので、お家の方にお声がけして連れてきていただきました。かわいい。無邪気わんこたちかわいい。
夕飯できたよーというレアさんの声に、解散。またねー、ポールくん。
今日の夕飯はシリルさんからいただいたお肉の角煮! テールスープ! そして白米! 圧力鍋ないのにこの短時間でどうやったのレアさん! めっちゃおいしかったです!
明日は、ファピー冬季リーグオープン戦のカチカチです。ひさしぶりに早起きー。






