43話 わんこー
「犬を……飼い始めました」
「なんですって⁉」
次の週末に王宮へ行ったとき、そわそわとミュラさんが待っていて、わたしが席に着くなりそう切り出してきました。まじかー。まじなのかー。煽ったけどまじで飼うとは思わなかったわー。なんかごめんなさーい! そんなことよりも。
「どんなわんちゃんですか⁉」
わたしが食い気味に尋ねると、ミュラさんは「小型犬です。初心者でも飼いやすいと聞いたので」と小声でおっしゃいました。「犬種は?」と重ねて聞くと、「雌のキャセルです」と言われましたが、そういやアウスリゼの犬種名聞いてもわかりませんでした。
「お名前はなにちゃんです?」
「イネスです」
「うっおなんかかっこいい‼」
ミュラさんがつけたそうです。日中は家にいないので、それでも大丈夫そうなおとなしい子を探したんだそうな。愛だねえ、愛! 感動した! ということで、連れてきて見せてってお願いしました。ミュラさんちょっと顔を赤らめて、「来週とかなら、まあ」とごにょごにょ言いました。どうですかこのわたしのキューピッド感。たのしみ過ぎて夜しか眠れない。
次の週末。わたしが王宮へ行く代わりに、ミュラさんがイネスちゃん同伴で家庭訪問してくれることになりました。もうどっきどきです。出歯亀しつつアシモフたんのお友だちもできちゃう一大イベントです。朝からそわっそわしちゃいました。「ソノコったら、本当に犬が好きなのねえ」とレアさんに笑われました。それもそうなんですけど。それもそうなんですけど。
ブザーが鳴って、喜び勇んでお迎えしました。レアさんも少し遅れて玄関に来ます。「いらっしゃいませー!」とドアを開けた先に居たのは……!
ぎゃんかわ。
わんわん物語の子! わんわん物語の女の子の方! を、ふた回りくらい小さくした感じの子! キャバリアかな? たぶん? もうミュラさんとかガン無視でキョトン、とこちらを見ているその子を見つめてしまいました。きゃわわわわわわわ。
「……きゃあああああああああああああ‼」
背後から上がった悲鳴にわたしもミュラさんもびくっとなりました。わたしが振り返るよりも早く、レアさんがイネスちゃんの前にしゃがんでいます。そこで敏腕諜報員の身体能力発揮しなくても。うっとりとした表情で「なんて、なんてかわいい子なの……!」とつぶやいて、レアさんがそっとイネスちゃんの足元に手を差し出します。イネスちゃんはキョトン顔のままでふんふんとその匂いをかぎました。ミュラさんやったね‼ 作戦成功だよ‼ という気持ちで彼を見ると、とてもやさしい瞳でレアさんを見つめているのでした。さて、おじゃま虫は退散しましょうかね。というわけにもいかず、みんなでリビングへ。
アシモフたん、最初は初めて見る他の犬にびっくりしてソファの陰に隠れたりしてたんですけど、最後にはイネスちゃんにお友だちのコンバたんを見せてあげてました。イネスちゃん、めちゃくちゃやさしくて性格いい子です。ミュラさん、いい子つかまえたなあ。よかったねえ。
毎週末のミュラさんの訪問が定常化しました。最初はレアさんにもイネスちゃんにもぎこちなかったミュラさんですけども、回を追うにつれ自然に振る舞えるようにもなっていました。今ではわたしがちょっとお手洗いに立ったりしても、レアさんと談笑していられます。……成長したな、ミュラよ……。
「ありがとうございます」
あるとき、唐突にミュラさんからそう言われました。
「なにがです?」
お尋ねしたら、「なんでもないです」と言われました。なんなんでしょうか。
アシモフたんとイネスちゃんも、会うたびにお庭でいっしょにはしゃいでいます。お互いお友だちができてよかった、よかった。ミュラさんにわんこ勧めたわたし、ぐっじょぶ。
そして一カ月が過ぎ、心持ちが冬へ向けて身構えて来ました。ミュラさんは週末だけではなくて、ときどきイネスちゃんのお散歩がてら夕方などに寄ってくださいます。そんでミュラさんの時間の都合がつけば晩ごはんいっしょに食べたり。アシモフたんがめっちゃよろこぶし。ミュラさんも幸せそうだし。言うことなしですね。
冬季間はカチカチのお仕事もあんまりないそうです。交通局の方からは、準社員になって内勤しないか、なんていう魅力的なお話もいただきました。うれしかった。でもなんとなく。なんとなく、そのお話を受けてしまったら、群馬に帰れなくなってしまうような。そんな気がして、少しお時間いただいて考えて、ごめんなさいしました。本当にごめんなさい。
アウスリゼの王都であるルミエラって雪は多いんでしょうか、少ないんでしょうか。群馬で住むようになってから大分慣れましたけど、それでもあんまり、寒いの得意ではないです。そんなことをレアさんに話したら、「じゃあ冬の間、あったかいところ行こうよ!」と、笑顔で言われました。そんな、ファピー観戦に行くみたいに誘われても。
レアさんてほんと有言実行で、その日の午後には旅行パンフレットをたくさん手にしてにこにこわたしの部屋にやってきました。ベッドの上に広げて両端に座り、あーでもないこーでもない、とふたりで話し合います。
「どこいいー? あたしは海近いとことかおすすめー」
「え、それって海風でかえって寒くないです?」
「あ、そっか! あったかいとこ行くんだった!」
ころころと笑い転げるレアさん。あー美女の笑顔、生き返るわあ……。正直、どこでもいいんですけどね。観光! アウスリゼ観光! 行けるならどこへなりと!
と、思いつつ、心はひとところを差しています。
「ここ、行ってみたいですねえー。柑橘類が名産なんだー」
しれっと言いながらひとつのパンフレットを取り上げました。レアさんは微笑んだままです。お互い狸の化かし合いですね。レアさんは理由も聞かずに、「いいね! どうせなら冬の間、ずっと居着いちゃう?」と提案してきました。
「アパート借りて、ここみたいに! 毎日オレンジ風呂に入るのよ!」
「うっわ、最高!」
トントン拍子に話はまとまりました。物件をこれから探すそうです。アシモフたんも連れて一冬を過ごすので、ちょっと時間をかけていいとこ見つけるわね! と笑顔でレアさんはおっしゃいました。
お願いします、と笑顔で返しながら、わたしはそのパンフレットをめくりました。
――マディア公爵領レテソル。リシャールの政敵、クロヴィス・ジャルベールの本拠地です。
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