36話 たのしかったけどつかれましたのよ
「ぎゃあああああああああああああ‼ ゔぃくとーーーーーーーーーーーる‼」
……はい。レアさんがとてもとてもエンジョイしていて良いと思います。
席はベルーナドームでいうところの三塁側内野SSの一番前あたりなんですが、ボックスシートでした。ゲーミングチェアみたいのにちゃんとテーブルがあって、お手洗いもすぐ近くにあります。しかも飲食物の売り子さんが定期的に様子を見に来てくれて、「ぜったいこれ特別メニューだよね????」という感じの冷めていないオードブルを提供してくれただけでなく、キャッシュレスでドリンクまで。パパってだれですか。リシャールですか。
あのですね、野球です。ほぼ野球です。説明されたときはルールの言葉がよくわからなくて理解できませんでしたが、アウトカウントが四つの野球です、はい。そして話を聞いている限りたぶん七回で終了で、延長は十回までですね。完全に理解した。
ボールの投げ方は下手投げが主流みたいです。アウスリゼ代表選手の中でのレアさんの推し選手は背番号5のヴィクトル・ピトル選手です。エースだそうです。なんで三塁側席にしたかというと、ヴィクトル選手が三塁手だからですね。わたしの両目1.3の視力でも「アベルそっくりじゃーん」と思いました、はい。たいへんわかりやすくてかわいいですね、はい。
攻守交代です。「ソノコ。ソノコは相手チームの投手、好きになると思う」とレアさんが秘密を分け合うように耳打ちしてきました。ごめんなさいわたしは中村奨吾選手推しなので。申し訳ない。
おいおまえ、そこはライオンズじゃないのかよと思ったでしょう。すまんな、心はマリスタに置いてきた。でも行ったことないんだマリスタ。いつか行きたいよマリスタ。パ・リーグ最高だよね? ね。
相手チームはラキルソンセン国代表です。隣の隣の隣の国だそうです。近いのか遠いのかイマイチわかりませんね。
ところでこちらの野球であるところのファピー(かわいい)ですが、投手はマウンドに上がったら肩慣らしで投げてはいけないみたいです。上がったらもう試合は始まっている感じ。なので先発投手はブルペンがベンチみたいな状況らしいんですが、こちら三塁側のベンチはラキルソンセン代表でした。スパァーン! とめちゃくちゃ近くからいい音がしました。ブルペン近っ。そちらを見ると。
「……まじかよ」
思わず声に出ましたね、ええ。
黒髪短髪なんですが。メガネもないし。
でも、この位置からでもわかる紫瞳。きりっとした眉に意志の強そうな口元。
――オリヴィエ様そっくりいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!
「ぎゃああああああああああああああ‼」
これはもう、これはもう、これはもう‼
推すしかないじゃないですかーーーーーーーー!!!!
どんどん四振取っていきます。さすがオリヴィエ様に似ている人!!!! かっこよすぎてめまいが。よもやこの世にこんなステキ人物がふたりも。
はい、ラキルソンセン代表が攻めに入ったら売店走って選手名鑑買ってこようと思っていました。が、察したレアさんが手をひとつ叩いたらすっと男性の係員さんが来て、その方へ「こちらにラキルソンセン代表の選手情報を」と告げました。五分と経たずにわたしの手元へ今季の詳細情報ムックに加え『ラキルソンセン国ファピーチーム徹底解析!』みたいな昨年度まで約三年分の情報が掲載された親指の長さくらいの厚さの雑誌が届いたわけですよ。ついでにアウスリゼのそれに類するものも。なにこれ。パパってだれ。
わかりました。オリヴィエ様そっくり選手はティモテ・ロージェル(25)さん。182センチ、85キロ。愛称ティミー、ティム坊。
ラキルコンバタンという名前のチームで背番号14番、ラキルソンセン代表としての背番号は8番で今季はプロ二年目。その前は社会人野球にいらしたようです。
もちろんドラフト1位指名だと思います。なにせオリヴィエ様にそっくりですから。リシャールもオリヴィエ様1位指名しましたから。二年目で国代表とかすごくない? オリヴィエ様もリシャールと会ってから二年で宰相になってますから。国代表ですから。そっくりですね。背番号の数字になにか国ごとの意味とかあるんでしょうか。これは今後の研究材料とします。
とりあえず! 今は! 試合楽しむしか! ない! たのしむさ!
レアさんといっしょに、でもかわりばんこにぎゃーぎゃー言い合いました。ボックスシートで本当に良かったです。延長にはならず、夕方には試合終了。
八対五。アウスリゼ代表の勝ちです。悔しいいいいいいいい……ティミーを勝投手にしたかったあああああああああああああ……。
ヒーローインタビューはレアさんの推しで最後に決定打を出したヴィクトル・ピトル選手と、ホームランボールに相当するものを根性で取りに行った中堅手の方でした。ヴィクトルさんは声までちょっとアベルに似てました。骨格が似てるからなんでしょうか。でも喋り方がアベルとは違います。そりゃそうか。
さて、満喫しましたね! 帰るころにはなぜかわたしは限定品ラキルソンセン代表チームの背番号8のユニフォームを制服の上に着ていました。黒の野球帽もかぶってリストバンドもして小脇にはラキルコンバタンのマスコット『コンバたん』(黄色のリスっぽいクマ?)が8番ユニフォームを着ているぬいぐるみを抱えています。なぜでしょう。なぜでしょうね。よくわかりません。ラキルコンバタンの背番号14ユニフォームはサインが入った白黒の生写真といっしょにトートバッグへ入っています。抜かりはありません。
「ソノコ、こっちきて」
売店の外で待機していたレアさんが、さっき立っていたところよりも遠くからわたしに声をかけました。帰宅する人々の波に逆らいそこまで行ってみると、そこにあった暗幕入り口の向こうへ消えました。え。どうしろと。とりあえずおそるおそる中を覗いてみると、手をつかまれて中に引き込まれます。そのままずんずん進むので、ついていきました。ここ、もしかしなくてもスタッフオンリーな空間じゃないですかね……。
開けた場所に出てみると、もわっとした空気が襲いかかってきました。もわっと。具体的に言うとくちゃい。メンズくちゃい。窓開けて換気したい。と思ったら、ロッカーと背もたれのないベンチがたくさんある空間で、さっきまで見ていて今まさにわたしが着ているユニフォームとおそろいコーデのメンズがたくさんいるところでした。……え?
「こちらソノコ。あなたのファンなの」
レアさんがわたしの手を引いて前に立たせます。わたしの前にはいいガタイの、そんでオリヴィエ様にそっくりなメンズが立っていました。
ぎゃああああああああああああああ‼
もしかしなくてもぎゃああああああああああああああ‼
ラキルソンセン代表選手控室に連れてこられてしまいました。
わたしはそこでティモテ・ロージェル選手と握手し、チェキを撮り、ユニフォームにサインもらって、なんならハグまでされてへろへろになって帰りました。もういろいろなものを吸い取られ、帰宅時の記憶がありません。
オリヴィエ様激似顔面、ちょう危険!!!! 人類のために隔離保管してください!!!!






