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247話 はじめまして、ソノコ・ボーヴォワールです。

「最高ね」


 一希兄さんのワンピースをステキなドレスに変身させてくれたコラリーさんが、着付けを手伝ってくれました。ワンピースは、スカート前身ごろの中央を縦シャーリングにして持ち上げ、裾に向かって白から緑になっていくグラデーションのシフォン生地をアンダースカートにした仕立てです。とても、キレイで。まるで、兄さんたちが……送ってくれるみたいで。

 特別な飾りも、ベールもありません。すっきりとしたそのシルエットで十分と、わたしもコラリーさんも思いました。オリヴィエ様もそれに賛同してくださいました。

 アクセサリーは、一希兄さんが買ってくれた緑のガーネット三点セット。ネックレスと、苦手なイヤリングもがんばる。バングルは、ヘアアレンジのときにコームみたいな感じで用いました。それに、勇二兄さんがくれた、『家族』のタグペンダントもいっしょに。

 わたしは、日本からグラス侯爵領へ……アウスリゼへ、嫁ぐのだ、と。それを、その装いの自分を見たときに、実感しました。


「――コラリーさん。本当に、ありがとう」

「どういたしまして! 人生の最後に、大仕事ができて大満足よ!」

「なんですか、最後って! これからもたくさん、いろんな人をお世話してください!」


 わたしがそう言うと、シックでタイトなゴスロリに身を包んだコラリーさんは艶やかに笑いました。ちょうかっこいい。そして「そうね。世話焼きおばあちゃん、たのしかったわ」とおっしゃいました。

 自分で言うのもなんですけど、鏡の中のわたしはこれまでの中で一番キレイだと思います。緑のアイシャドウとか、自分で使ったら殴られ顔ができるだけなんですけれど。花嫁介添人をしてくれているレアさんも、にこにこしながら「キレイよお、ソノコ」と何度も言ってくださいました。


「じゃあ、わたしは先に会場へ行っているわ」

「送って行くわね」

「無理するんじゃないわよ、レア」

「あらあ、動いてる方が楽なのよ。ちょっと歩かせて」


 レアさんは、わたしがあげた白いワイドパンツに白いシフォンのリボンタイシャツ、クリーム色の長めのジレを合わせて。それに、濃いグレーに緑のピンストライプの腰を絞ったジャケット。花婿側の介添人さんの服を女性仕立てにした感じです。本当は花嫁介添人ってドレスを着るらしいんですけれどね。昨今のワイドパンツの流行り方を考えたら、アリ寄りのアリっていうことで。

 オリヴィエ様は、わたしのドレスの裾部分……濃緑にグレーを重ねたような色の、シックな花婿の礼服です。それに濃いグレーのジレに、白いクラヴァット。衣装合わせのときに拝見したけれど、最高にかっこよかった……。結婚式当日は、新郎新婦は式まで会っちゃいけないというしきたりみたいのがあって、今日はまだお会いしていません。

 レアさんたちと入れ替わりで、レテソルのマディア公爵邸でお世話になったレヴィ先生が「どうもー! 佳き日に与ります!」と入って来られました。そして。


「――フォーコネ先生!」

「あらあ、覚えてくれていた!」


 立ち上がって迎えました。わたしが、ルミエラでいろいろあって、不安定になって。一番気持ちがたいへんだったときに、支えになってくださった女医さん。互いに手を取り合いました。いろいろな記憶が走馬灯のように湧き上がって来て、ちょっと泣きそうになったら「待って、お化粧が崩れるわよ!」と言われて飲み込みました。


「……来てくださって、ありがとうございます。うれしいです」

「そりゃあ、心配だった患者さんの佳き日ですもの。与らせてちょうだい」

「本当に、お世話になって……」

「だーかーら、泣いちゃダメよ!」


 レヴィ先生は、わたしたちのそのやり取りを笑ってご覧になっています。お二人が大学で先輩後輩だったんだ、というのは以前聞きました。なので、いっしょに来られたんですね、きっと。いちおうお二人にはわたし側のゲストとして招待状は送ったけれど、来てもらえて本当にうれしい。そして、これまで考えたことがなかったけれど。こんな日だからか、レヴィ先生がはめている、左手人差し指の既婚を示すリングについて気になってしまいました。

 アウスリゼでは、左手の薬指ではなく人差し指なんです。心に影響を与える指と言われているそうで、大事な場所に相手を置くという意味なんだとか。また、相手から受け取ったリングを、自分ではめます。それは、その結婚が自分の意志でなされると示すため。

 レヴィ先生の奥様は、どうされたのかな。亡くなられたのかな。聞けないけれど。

 二人はひとしきりキレイだって褒めてくれました。そしてあらためて「おめでとう」と言ってくれます。


「あの、毎回の診察で号泣していた、あなたが夢みたいね」

「今考えると……あの一件も、わたしの成長のために必要だったんだろうなって」


 なにもかもが懐かしいです。レアさんと暮らすことになったのだって、いろいろな事件が重なってだった。レアさんが戻って来られて、フォーコネ先生とはじめましてのあいさつをされました。


「さて……ソノコ。閣下が会場へ向かったわ」

「……わかった」

「急に緊張するじゃない!」

「だって、そりゃあ……」

「お手洗いは?」

「……行きたい気がしてきた」

「えー⁉」


 わたわたとお手洗いへ行って、ドレスの裾を直して。そして、レアさんの先導で、会場へ。

 式場としてお借りしたのは、国立ルミエラ植物園です。日本から戻って来てすぐのときに、オリヴィエ様へプロポーズの返事をした場所。野外園遊会で用いられることもこれまであったみたいで、規模の大きい結婚式にはうってつけなんです。晴れてよかった。

 花垣の路を通って。ざわざわとした空気感が近づいて来て。

 目を上げて、アーチをくぐりました。ほほ笑んだオリヴィエ様が手を差し伸べてくれました。ちょうかっこいい。自分の手をそこへ重ねます。そしてともに演壇の上へ。『立会人』と呼ばれる、参加者たちが笑顔でこちらを見ています。

 日本で考えるような結婚式とはちょっと違います。一般的な結婚式は、だれでも参加可能なんだそうです。新しい夫婦が誕生した瞬間は、だれにお祝いされたっていいだろう、という考え方があるみたいで。だから、クロヴィスとメラニーの結婚式が一般の方を招いてスタジアムでなされたわけです。さすがにわたしたちの式は、警備上の問題もあるので不特定多数の方は入場できないようになっていますけれど。

 お披露目会のときにいらした楽団のみなさんが、音楽を奏でてくれています。わたしの熱烈な要望により、最近流行りの交響曲は演目から外されました。はい。


 これから、お披露目会ならぬ『宣誓式』が行われます。リシャールが演壇中央に現れ、すっと右手を上げました。それによって音楽が静かに止みます。


 アウスリゼでの……というか、このレギ大陸における結婚のだいたいの流れは……まず、地域の戸籍課へ向かうところに始まります。そこにいらっしゃる身分登録官へ婚姻の宣誓をし、間違いなく夫婦となったことを二通の書面とし、登録するんです。一通は戸籍記録として地域で保管され、もう一通は自分たちの控えに。法律上での手続きはそれのみです。

 そして、伝統的に書類の控えを友人たちに見せて報告します。それが結婚式です。

 婚姻証書と立会人の前で再度婚姻の宣誓をするのが『宣誓式』。そして、それを指揮するのが『宣誓官』で――リシャールが、やってくれます。見守る人たち……『立会人』から、その宣誓への祝福を受けることによって真の夫婦になったと公にみなされるんだそうです。

 即位式がまだとはいえ、王権を持った人間が宣誓官に。アウスリゼで考えうる、最高の結婚式です。ずっとあんまり好きじゃないとか思っていてごめんリシャール。ちょっと好きになったよ。ちょっと。


 リシャールが少し笑って、立会人たちを見回しました。そして「今日の佳き日に与れる、私たちは幸運な者たちです。みなさん、そう思われませんか?」と言いました。会場中から拍手が沸き上がりました。


「では、私の友人たち――オリヴィエ・ボーヴォワール君と、ソノコ・ミタ嬢の結婚式をこれから執り行います」


 リシャールが左手をあげました。オリヴィエ様がその元へ向かいます。次は右手が。わたしも、その元へ行きました。リシャールを真ん中に、互いに向き合います。


「――では、これより宣誓を行います。オリヴィエ・ボーヴォワール君」

「はい」

「あなたはソノコ・ミタ嬢を妻として慈しむことを、立会人の前で誓いますか」

「全霊をもって誓います」


 拍手が。ぴーっと指笛が遠くの方で聞こえました。あ、こんな感じなのね。ちょっとだけ緊張がほぐれました。


「ソノコ・ミタ嬢」

「……はい」

「あなたは、オリヴィエ・ボーヴォワールを夫として敬慕することを、立会人の前で誓いますか」

「……心より。誓います」


 一呼吸の間があって。そして、拍手と歓声。

 リシャールが懐から折りたたまれた婚姻証書を取り出しました。開いて、それを聴衆へ向けて掲げます。


「――両者の誓いの言葉は、公文書として登録された正式なものです。立会人は各々、この両者を祝福し、また良い導き手でありますように。そして今日という佳き日が記憶され、この二人が、健やかなる平和の内に幸福でありますように!」


 会場内の人が「そうなりますように!」と一斉唱和しました。

 リシャールが一歩退いて、わたしたちへ場所を譲りました。オリヴィエ様はやさしい瞳でわたしをご覧になって、わたしもオリヴィエ様を見ました。好きだ。あらためて、そう思います。

 すっと、レアさんが身をかがめてわたしの隣りに来ました。リングピローにはまっている、オリヴィエ様の指輪を受け取ります。向き直って。差し出されたオリヴィエ様の手のひらへ指輪を乗せました。ぎゅっと握って。持ち替えてから、ご自身の左の人差し指へ。飾りのないゴールドの指輪です。オリヴィエ様の隣りにも、介添人のウスターシュさんがいらっしゃいました。この方とは先日の顔合わせで初めて会ったのですが、なぜか開口一番「同志よ!」と言われました。はい。指輪を受け取って、わたしの手のひらへ。

 じっと見て。わたしもぎゅっと握りました。そして、左の人差し指へ。

 祝福の拍手が、また沸き上がりました。その音がとてもやさしく聞こえて。ぎゅっと抱きしめられたオリヴィエ様の腕の中で、ちょっとだけ泣きそうになりました。ちょっとだけ。

 わたしにとっては見知らぬ人が多く含まれる、立会人たち。けれど、アウスリゼでは見知らぬ通行人ですら立会いするのが結婚式だって聞いたので。……ここから、始めよう。わたしの、本当の、アウスリゼでの人生。


 リシャールがもう一度あいさつし、わたしたちの肩を叩いて下がりました。再び音楽が演奏されて行きます。少しアップテンポで、明るいやつ。わたしたちは手をつないで一礼し、階段を降りて立会人のみなさんの元へ。そこからは、あいさつ合戦です。オリヴィエ様といっしょにあいさつを受けていたのは始めの数十分だけでした。とにかく……オリヴィエ様のお仕事関連の方が多くて。次々にいろいろな方に紹介され、部署と階級と役職とお名前と……まあムリですね。オリヴィエ様も途中で「休んで来るといい」と言ってくださって、レアさんを呼んでくださいました。それで、なんとか抜け出せた感じです。それでも、女性のみなさんは初対面の方でもわたしへあいさつに来られるんですけれど。

 お昼過ぎに始めた結婚式ですが、柱時計の針は午後三時を回っていました。オリヴィエ様のところにはまだ、長蛇の列。リシャールはのらりくらりとした笑顔で去って行きました。食堂にてビュッフェ形式で食事の用意があることは、何度かアナウンスされています。あいさつが終わった方からそちらへ向かわれて、たのしまれたら自然解散、みたいな感じ。音楽隊の方たちも、さすがにずっと演奏はしんどいので。先ほど最後の曲を演奏されて、大きな拍手を受けて退場されました。ちゃんとごはん食べて行ってほしい。ちなみに、ビュッフェのメニューは、勇二兄さんが持たせてくれたレシピから、いくつも提供しています。

 わたしは会場内をさっと見回してから、端にあるベンチへ座りました。一希兄さんが買ってくれたオープントゥパンプスだから、脚が疲れるということはないんですけれど。

 オリヴィエ様のご両親、とくにドナシアンお父様は、全力ご機嫌でみなさんとあいさつしています。そしてオリヴィエ様の去就の話題になると、待ってましたとばかりに「いやあ、ウチには他にも息子がおりましてな。家督については安泰ですよ。はっはっは」とやっています。美ショタ様がひとしきり付き合った後に遠い目をしてビュッフェ会場へ向かったのを目撃しました。はい。


「やあ、ソノコ。佳き日に与ります!」

「あっ、こんにちは!」


 わたしが気を抜いていつものブサイク顔になったところをつけ狙ったかのようなタイミングで声がかかりました。総合商社リュクレースのオーナー、シリル・フォールさんです。人の好い笑顔。ムーミンっぽい容姿。思えばこの方とは、アウスリゼに来た最初期から、なにかしらずっと縁があります。


「いやあ、君にはずっとびっくりさせられ通しだよ、ソノコ!」

「そうでしょう。がんばりましたから」

「まさか、オリヴィエを射止めた上に、国政に残すとはね!」

「国政を選ばれたのはオリヴィエ様自身ですよー」


 わたしは、聞いてみようという気持ちになりました。ベンチに座ったまま、シリルさんを見上げます。


「アウスリゼを、離れるんですか」

「おや、オリヴィエから聞いたかい?」

「次の標的は、どこなんです?」


 がやがやと、先ほどよりは静かになった人々のさざめきが聞こえます。シリルさんは「おや、なんのことだろう」とおっしゃいました。わたしは「レアさんを怪我させるなんて、ひどいです」とその目を真っ直ぐに見て言いました。


「レアのことは、お見舞い申し上げるよ。不幸な事故だったってね」

「使われていた毒、致死性のもので、一般には手に入らないものなんだそうです」

「そうなんだね。どうしてそれを僕に?」

「オリヴィエ様が別の道を通ってルミエラへ戻るよう提案したのは、わたしです」


 シリルさんは少しの間考え込むように沈黙して「うーん、ソノコ。君の言わんとしていることがわからないよ」とおっしゃいました。


「わたし、最初から、シリルさんが成そうとしていたことを、ひっくり返すために生活していたんです」

「その言葉をその通りに解釈すると、ソノコ。君は、ずっと僕が嫌いだったんだね」


 両手の手のひらを見せて、シリルさんは笑って言いました。


「奇遇だね。僕もだよ」


 すっと背を向けて。ビュッフェ会場ではない方向へ、去って行かれました。もう会うことはないかもしれません。わたしが、穏やかな生活を続ける限り。

 ため息をつきました。ちょっとだけ緊張した。オリヴィエ様の方を向くと、あちらもわたしをご覧になったところでした。あいさつの列も少なくなって来たようなので、わたしは立ち上がってそちらに向かいます。これから、ちょっとしたイベントがあるんです。

 結婚式って、出会いの場としての機能もあるらしくて。新郎新婦の前でお見合いというか、公での顔合わせ、みたいなのをするらしいんです。そうすると、幸せな夫婦になれるっていう風潮があるみたいで。

 姿を消していたリシャールがふっと現れてわたしの隣りを歩いていました。そして「あらためて、おめでとう。佳き日に与るよ」と言ってくれました。わたしは心底「ありがとうございます」と言いました。


「僕は、君にお礼を言おうと思うんだ」


 オリヴィエ様が最後の一組とのあいさつをされています。ちらっとこちらをご覧になりました。わたしは横に立っているリシャールの顔を見上げました。憎たらしいくらい整ったお顔です。


「なんでしょう。なんかしましたっけ、わたし」

「そうだな。いろいろ。主には、オリヴィエを幸せにしてくれたことかな」

「いえ、わたしの方が幸せなので」

「なんでそこ対抗するの」


 リシャールはちょっとなにかを思い出すような表情で「『王杯』がね。僕の至らなさ、未熟さ。それに、自覚すらしていなかった嫌な面をね、チクチクと言ってくれてさ」と言いました。


「ところで、君の目には『王杯』はどんな姿に見えていたの」

「びしょ……えーと、オリヴィエ様の弟の、テオフィルくんです」

「そうか」


 リシャールはふっとほほ笑んで、わたしを見ました。そして「僕には、オリヴィエだったよ」と言いました。


「――君がいなかったら、きっと僕はオリヴィエを不幸にしていた。ありがとう。それが言いたかった」


 言葉の意味を問う前に、リシャールがすっと手を挙げました。オリヴィエ様がこっちに来られます。そして、違う方向からミュラさんが。

 役者がそろいました。わたしは、まだお会いしたことのない、もうひとりの方――ミュラさんのお見合いの相手はどなたかとキョロキョロして――「ちょっとお、ソノコ。落ち着きなさいよお」


「えっ、レアさん⁉」

「なによ。あたしが来ちゃだめなのお?」

「えっ、ウェルカムです、最高です、なにそれハピエン、最高、最高!」

「ソノコ、やっぱ落ち着いてちょうだい」


 これが落ち着いていられようか⁉ えっ、やった、やった!!!! わたしが大興奮していると、ミュラさんは静かな笑顔で「違いますよ。ソノコ」とおっしゃいました。


「――こちら、エルネスト・ミュラ君。一等書記官で、僕の右腕に等しい存在だ」


 リシャールが、だれかへミュラさんを紹介しました。だれ――と思ってそちらを見ると……ぜんぜん知らない、女性。


「こちらは、ラシェル・サニエ嬢。軍務局所属のサニエ分析官の娘さんだ。二人は、もう知己なんだったね?」

「はい。レテソル滞在中に、手紙をいただきました」

「あっ」

 

 声をあげてしまってあわてて口を閉じました。ミュラさんの全権公使っぷりが思いの外かっこよくて、何通か届いていたファンレがあった。あれか。あの手紙の人か。ミュラさんこっそり読んでたよね、知ってる。

 ラシェルさんは、薄い金色のくるくる天然パーマロングヘア。それに、こぼれおちそうに大きな翠の瞳。真っ白な肌だけれど、頬を真っ赤に染めてうつむいていて。控えめに言ってもかわいい。ちょうかわいい。わたしが彼女をガン見している中、リシャールはまったくわたしを意に介さず「こちら、レア・バズレール嬢」とさっさと話を進めました。


「レテソルの公使館では特筆すべき働きをしてくれた優秀な書記官で、僕もとても信頼している。――そしてこちら、トリスタン・エリオ」

「……え?」


 名指された人を見ました。わたしは言葉を失いました。リシャールが「グラス侯爵家の陪臣である、エリオ子爵家にゆかりの者だ。先の大戦での戦没者名簿に名があったが、先日身元が判明してね。記憶を失っていて、ずっと別人として過ごしていたんだ。エリオ子爵家にも確認が取れた」と、よくできたセリフをすらすらと言いました。

 レアさんが、ほほ笑みながらその男性へ手を差し出しました。そして「はじめまして、エリオさん」とおっしゃいました。エリオさんと呼ばれた男性はやはりほほ笑んで「はじめまして。こんな美しいお嬢さんと、知り合えて光栄です」と言いながら、その手を取りました。


 わたし、もう、情緒が決壊したみたいになって。腰が抜けそうになったのを、オリヴィエ様が察して後ろから抱きかかえてくれました。

 ――サルちゃん!


 なんだよこのどっきり! ぜったいモニタリングされてるでしょこれ! 泣きそうになったけれど、たぶんわたしとラシェルさん以外はこの状況を知っていて。それを考えたら腹が立ってきて。でも……うれしくて。

 ラシェルさんは本当にぜんぜんわかってないみたいです。ただひたすら真っ赤になって身を縮めています。かわいい。いいよ、このかわいさに免じて許してやるよ、もう!

 ふっと目を上げると、ミュラさんが、握手をするレアさんと『エリオさん』を見ていました。穏やかで。その表情は、とても穏やかで。

 ラシェルさんも顔を上げました。そしてきょとん、とします。


「おめでとう、レアさん」


 やさしい声でミュラさんがおっしゃいました。ミュラさんへ向き直って、レアさんが「ありがとう。ミュラさんも。おめでとう」とキレイな笑顔で。

 泣きそうになりました。ラシェルさんが二人の顔を見比べていて。涙が引っ込みました。

 お見合いは、それで終わりです。ミュラさんは、両家顔合わせみたいなものの波に、ラシェルさんといっしょに飲み込まれて行きました。

 わたしは『エリオさん』を見て。あちらも、わたしの視線を受けて肩をすくめて。


「……『はじめまして』。『エリオさん』」

「はじめまして。花嫁さん。とってもキレイだよ。僕が嫁にほしかったくらい」

「そういうことお見合い相手の前で言うぅ?」


 レアさんが爆笑してつっこみました。リシャールは、もう役目は済んだとばかりにまた消えました。わたしはいちおう「トリスタンっていう名前の、知人がいました」と言ってみました。『エリオさん』は「よくある名前だからねえ。僕の世代では、とても多かった」とおっしゃいました。

 ――いろんな人にいろんな言いたいことがあります。が、ここはひとつだけ。


「……レアさんのこと、大事にしなきゃ、許しませんから」

「もちろん。宰相くんが君を大事にする以上に、大事にするさ」


 オリヴィエ様がわたしをぎゅっとしました。


 ビュッフェ会場へ、残っていたほとんどの人が流れて行きます。わたしたちはその最後尾あたりをゆっくりと歩きました。ふっと横を向いたときに、こちらを見ている姿を見かけて、わたしはオリヴィエ様へ「先に行っていてください」と声をかけました。オリヴィエ様もその姿を見て、ちょっとだけ黙って、「わかった」とおっしゃいました。


「――佳き日に与ります」

「ありがとう。赤毛メガネも似合うね、アベル」

「さっすがソノコ。俺がどんな姿でも見破っちゃうとか、愛だねー、愛!」


 おどけてから「ドレス、すごく似合ってる。キレイだ」と言ってくれました。うれしくて。アベルから祝福してもらえるの、うれしくて。

 アウスリゼでの、生活の最初期。たくさんの助けになってくれた。そりゃ、リシャール絡みの仕事ではあったかもしれないけれど。考えてみたら、いろんなところで励ましてくれた気がする。なんてお礼を言ったらいいのかわからなくて、いろいろな思考がこんがらがって、わたしは「なんでアベルのお見合い相手はいなかったんだろう」と言いました。アベルは「おまえー、おまえー、まじでー! まじでそういうとこー!」と額に手を当ててうなだれました。


「……俺はね。ずっとひとりでいんの」

「なんで」

「その方が、おまえが泣きそうなとき、笑かしに行けるだろ」

「なんだそれ」


 わたしはすっと手を出しました。アベルはそれを取りました。ぎゅっと握って「ありがとう」と言うと「俺こそ。ありがとう」と返されました。わたし、アベルになんかしただろうか。

 オリヴィエ様がちょっと先で所在なさ気にたたずんでいました。それを見て笑ってしまって。アベルもその姿を見て、わたしに「宰相殿の、どこが好きなん?」と聞いて来ました。


「えー。銀髪。かっこいい。切れ長の紫の瞳。ステキすぎる。メガネ最高に似合う。頭の回転はやくて、紳士。それに、謙虚で。自己過信とかしないし。あと考え事するときに右手の指をとんとんするクセとか。それに、猫舌なところかわいいなとか。本を読むとき、顎を触るのも」

「あー、もういい」


 アベルはうんざりしたような声でいいました。まだまだ言えるのに。オリヴィエ様の元へ向かっている途中で、花垣の下にふと目をやりました。そしたら。


「えっ、モアイこけし!」


 親子三人でした。お父さんは蝶ネクタイ。お母さんと娘さんはスカート。娘さんは頭に大きなリボンも。びっくりして。


「――お祝いに、来てくれたの?」


 わたしが尋ねると、みんなうなずきました。心の底から「ありがとう」と言うと、三人はもう一度うなずいて、ぴょんて。跳ねて。

 花垣の中へ――融けるように消えて行きました。


 泣きそうになって。でも、うれしくて。

 オリヴィエ様が、わたしの元まで来てくれました。わたしはその顔を見上げました。わたしの推し、わたしの、夫。


「どうしたの、ソノコ」

「わたし、オリヴィエ様が好きです」


 告げると、面食らったような顔をされて。そして、最高に、幸せそうな笑顔になりました。


「私もだよ。ソノコ」


 わたしも笑いました。うれしくて。


感無量です

よかったら感想欄でもWeb拍手でもかまわないので「おつかれ!」って言ってってください

どうか、ブクマ外さないでください……

読者さまが去って行かれたのが数字でわかってしんどいので……

ありがとうございました、これにて、完結です!!!


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感想おきば



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― 新着の感想 ―
[良い点] 最初から最後までとにかくおもしろくて読み始めたら止まらなくなり一気読みしました。 素晴らしい作品をありがとうございます! サルちゃんとの会話や園子が日本に戻ってからは、なんだかもうずっと…
[一言] 完結後から読みました。 お疲れ様です!書ききったの偉い! 行動派で結構シビアな感性もってる園子ちゃん好きでした。分かる。オタクはね、推しが近づいてきたら逃げる。思考停止してたのが原因だとし…
[良い点] とても面白かった 軽快で楽しいストーリーから一転して現代の人間ドラマ、そしてハッピーエンド 伏線も丁寧に回収されて読後感もヨシ [気になる点] ざまぁが全然無いから、普通なら物足りない…
2024/06/04 20:15 退会済み
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