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245話 なにそれかっこいい

 レアさんが、家を出ることになりました。そもそも、このルミエラのおうちはレアさんが用意したもので、レアさんのおうちなのに。

 たしかに、オリヴィエ様とは結婚後にどうするかという話はしていました。レアさんともちゃんと話し合って、今後のことを決めようとしていた矢先でした。

 オリヴィエ様は、国政の進退についても考えなければならない。本当はそうしたことが落ち着いてからの結婚がいいのではないかと思ったんですけれど、その意見は却下されました。

 カミーユさんがオリヴィエ様からの返信を携えて戻って来られました。わたしがガチ泣きでレアさんにまとわりついているのを見て、目をまん丸にしていました。

 レアさんが、あのキレイな笑顔で状況を説明して。カミーユさんの目が、もっと大きくなって。

 カミーユさんへお願いして、オリヴィエ様へもう一度連絡をしてもらいました。伝言がなされたんでしょう。ちょっとの時間の後に美ショタ様が来られて。制服のままだったので、もしかしたら学校から直接来られたのかもしれない。アシモフたんをスルーしてキッチンにいたわたしたちのところへ来ました。


「あらあ、テオくん。ちょうどいいわあ。晩ごはん食べて行くわよね?」

「なんで隠してたんだよ」


 レアさんは穏やかにほほ笑んでいて、美ショタ様は真剣な表情でその姿をじっと見ていました。降参したように手を挙げて、レアさんは「そうねえ」とおっしゃいました。


「あたしも、ちょっと実感がなかったのよ。だから、言いそびれちゃったわ」


 ふわっと、どこか夢を見ているような様子で。わたしは、やっと止まった涙がぶり返して。その言葉は本当だと思う。告げられたわたしも、これまでのレアさんを見ていて、そんなことは考えたこともなかった。

 美ショタ様はぜったいにごまかしを許さない、といった強い視線のまま、レアさんへ「どこか痛むの」と尋ねました。レアさんは「少しだけ、しびれがあるの」とおっしゃって。


「どこに」

「両手足よ。たぶん、末端に影響が出ているんだと思う」

「――座っていて。僕がやる」


 わたしと、レアさんと、美ショタ様と、カミーユさん。いつもより人数は多いのに静かな夕食の後には、オリヴィエ様が訪ねて来てくださいました。オリヴィエ様は、言葉なくリビングのソファに座りました。けれど、その表情は冷静で、レアさんのことはご存じだったのかもしれないと思いました。

 だから、急いでいたのかな。わたしたちの結婚式。

 それも、理由のひとつに思えました。

 オリヴィエ様は簡単に食事を済ませて来られたそうでした。でも、レアさんが作ったポトフみたいなスープをお出ししました。なにもおっしゃらずに召し上がられました。おかわりもされました。

 悲しくて。アシモフたんだけが元気でした。今日ほど、アニマルセラピーの効果を実感したことはないかもしれない。レアさんは美ショタ様から絶対安静みたいな扱いを受けて、「食器くらい洗えるわよお」とつぶやきながらお茶を飲んでいました。わたしは美ショタ様が洗った食器の、独特な重ね方を崩さないように一枚ずつ取り上げて、布巾で拭きました。カミーユさんはちょっと行き場なさげにわたしから受け取った食器を片付けます。

 この場で一番怒っていたのは、美ショタ様でした。わたしは、そのまっすぐさがうらやましかった。いろいろ考えてしまって。わたしがレアさんの立場だったらとか。でも、そうじゃないんです。美ショタ様は、ちゃんと自分の立場から、レアさんのことを考え、怒っている。

 わたし、怒れなくて。

 怒れなくて。

 悲しくて。


 リビングに、みんなで集まって。遠慮したカミーユさんも無理やり座らせて。アシモフたんが、お友だちのコンバたんをくわえて持って来て、いっしょの輪に加わりました。――コンバたんは、初めてレアさんといっしょにファピー観戦をしたときに買った、マスコットキャラの人形。せっかく限定ユニフォームを着ているのに、何回も洗われて今はちょっとよれっとしているの。

 レアさんは、このマスコットキャラがいる土地へ向かいます。いってらっしゃいとか、お土産よろしくとか、そういう言葉は考えられないし口にもできない。それはそうだよね。頭の中に、ひどく動揺したわたしと、冷静なわたしがいる。

 話し始めたのはだれだったか、わからない。とつとつと、みんななにかを述べて。レアさんが、今後どうするかについて。


「ラキルソンセンのアウスリゼ大使館にね、外務書記として派遣される予定」


 リシャールが状況を把握していないわけがないので。きっと、レアさんのことを考えてそう手配してくれたんでしょう。ただ療養に行かせるわけじゃないあたりがっぽいけど。オリヴィエ様は、知っていたっぽい。そうだよね。レアさんはオリヴィエ様にとっても部下みたいなものだった。美ショタ様がふっと顔を上げて、レアさんの顔を見ておっしゃいました。


「国外に派遣されて駐在する大使館職員は、結婚してなきゃだめだろ」


 えっ、そうなんですか。さすがにそこまでは知らない、アウスリゼの法律。レアさんは肩をすくめて「特例? あっちでお見合いさせられるかも」とおどけるようにおっしゃいました。


「えっ、レアさん結婚することになるんですか? 待って、だれと? それどこの馬の骨?」

「なあにい、ウマ・ノ・フォネって」


 ミュラさんは? それ、ミュラさんじゃだめなの? なんで? わたしは立ち上がってちょっとうろうろしました。アシモフたんが首を上げて「なにしてんだおまえ」って表情で見てきました。

 レアさんの結婚話から、オリヴィエ様とわたしの結婚の話になります。日付も確定しました。本来ならオリヴィエ様の実家であるグラス侯爵領でやるべきなんでしょうが、ルミエラでやります。オリヴィエ様は、まだアウスリゼの宰相なので。……まだ。


「閣下は、どうなさるのお? ソノコといっしょに、グラス領へ引っ込むのかしら?」


 レアさんが核心をついてきました。オリヴィエ様は組み合わせた指先を見つめながら「いずれ、そういうことになる」とつぶやきました。

 その言葉が、せつなくて。

 もちろん、領治だってすばらしいことです。グラス侯爵領はそれでなくても広いし、飛び地もあるし。きっとこれまでの宰相としてのスキルを遺憾なく発揮できる。

 でも、そうじゃないんですよ。そうじゃないんです。

 わたしは、この件についてなにも触れてきませんでした。なにか言える立場じゃないと思うから。悲しいですよ。悔しいですよ。ずっとアウスリゼという国に、全力で仕えてきたオリヴィエ様が好きだった。そうじゃなくなったからって、オリヴィエ様でなくなるわけではないし、もちろんずっと好きです。

 わたしが、悲しいなんて言ってはいけない。だって……どうしようもないことだから。そんなことを言ったら、オリヴィエ様の気持ちを、ただいたずらにかき乱すだけだから。

 アシモフたんが、なにかを感じたのかオリヴィエ様のところへ行きました。オリヴィエ様はほほ笑んでもふもふしました。


「で――兄さん自身は、本当はどうしたいのさ」


 腕を組んだ美ショタ様が言いました。なんてこと聞くのこの美ショタは。オリヴィエ様は「どう、とは?」と尋ねます。それはそう。口にしたところでどうにかなるわけではないこと。ブリアックは、もういない。


「兄さんは、国に献身したんだと思っていたけれど」

「無論だ。そう生きてきた」

「辞める気なんだ?」


 静まり返りました。レアさんが「しまった」て感じの表情をしました。カミーユさんは空気になろうと努めています。わたしがおろおろしている間に、オリヴィエ様は「当然だろう」とおっしゃいました。


「私は、私の責務を果たすよ」

「兄さんが国政にかけていた気持ちって、つまりはその程度ってことなんだろ」

「テオくん、それは言い過ぎよ」


 さすがにレアさんが、かぶせるようにたしなめました。美ショタ様はちょっと首を傾げてから「んー。でも、そうとしか思えないかな、僕は」とおっしゃいました。

 オリヴィエ様は「もっとかまえ!」とするアシモフたんをなだめてから、すっと表情を変えて、美ショタ様へ向き直ります。


「そう思わせてしまったのだとしたら、不徳の致すところだ。精一杯努めてきたつもりであるし、献身の誓いを違えたこともない」

「でも、違えようとしてるんじゃん」

「テオ、おまえにそう言われることが、私にとって全く辛くないことだと思えるのか?」

「じゃあ、なんで足掻かないのさ」


 美ショタ様が、はっきりとした口調でおっしゃいました。オリヴィエ様と二人、ガン見し合って。緊迫した空気に、女性陣は息を詰めました。


「――私は、私ひとりの身ではない。それはわかるだろう」

「聞き分けがいいんだね。中間子の性? ほんとにそれ、兄さんの気持ちなわけ?」


 どうして美ショタ様が、ここまで攻撃的な発言をされるのか、わからないです。でも、ただ煽るために言っているのではないことが、伝わって来ました。すごく真剣に、そして本気でぶつかっている。それがわかった。

 だからでしょうか、オリヴィエ様もすごく冷静でした。いくらかの時間沈黙されたのは、美ショタ様の考えについて思い巡らせていたのでしょうか。そして「私には、おまえの発言の意図がわからないよ」とおっしゃいました。


「もし、なにごともなくて……ブリアック兄さんが生きていたら。兄さんは、どうしたの」

「どうもこうも、これまで通り、国政に携わるだろう」

「ブリアック兄さんが『おまえが家督継げよ』って言い出したら?」

「説得しただろうな。長子は……継嗣は彼だった」

「それ、だれが決めたの?」


 だれも彼も。ブリアックが長子ですし。美ショタ様は戸惑うオリヴィエ様とわたしたちへ、言いました。


「僕が、継ぐから。グラスの家督は。それでいいじゃないか。長子も末子も関係ない。兄さんは、自分が選んだ道を行くといい。どうして、その可能性すら考えられないの。周り見えてなさすぎでしょ」


すみません、本日更新予定だった『あなたにこの子はわたしません!』は、こちらの更新を優先した結果、更新できませんでした

喪女ミタ完結後に週イチ更新へ切り替える予定ですので、どうぞご寛恕ください


そして、『12話 そろそろ穏やかな日常がほしいです』へ、次の加筆を行いました


『王に代わって云々、というのは、あれですね。グレⅡの設定でありました。『王杯』が次代を選定した時点で、現在の王様は次代が即位するまでの象徴的な存在として扱われるんです。実権がなくなるってことですね。選ばれた時点で、その人が王様なんです。だからといって席を譲ればそれでいいってわけにもいかないじゃないですか。正式な即位式がなされるまで、旧王様が仕事をします。でも大きい政策とかを動かしたりはできない感じ。』


書いていたと思っていましたが、さっぱりでした

いまさらすみません


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感想おきば



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― 新着の感想 ―
[良い点] どクール。 超クール。 美ショタ様はいぱークール。 もしかしてこのお話で一番冷静なのでは。 王杯、もしかしてまだそこに居るんじゃなかろうね? 美ショタ様んなかに居るんじゃなかろうね? 美…
[良い点] おおおおお! 美ショタ様ぁあああああ! なんとご立派に! ( ノД`) レアさんとミュラさんの今後が気になり過ぎて、ハラハラしてます
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