225話 くやしいけどそんな姿もかっこいい
しんっと静まり返りました。ジゼルさんはお顔が真っ青です。わたしもちょっと固まりましたが、それはブランディーヌお母様がかっこよかったからです。はい。すてきすぎる。サインください。
「……ブランディーヌ奥様。でも、あたしはいずれ、オリヴィエの妻になる女です」
静まり返った中、絞り出すような声でジゼルさんがおっしゃいました。おお、いちおう奥様って言い換えた。そうですよね、これ以上嫌われたくないでしょうしね。
それに対してブランディーヌお母様は、ジャッと音を立て扇子を片手開きで口元を隠し「――どこまでもお顔の塗りが厚い方ね」と痛烈なひとこと! すごい、真夏の氷点下ふたたび! オリヴィエ様そっくり! ジゼルさん、凍てつく波動により顔面強化魔法無効化! 目を完全に見開いていらっしゃいます!
「オリヴィエにはこちらのかわいい方がいらっしゃるのよ。これは主人も承知している婚約です」
わたしの肩に手をかけてブランディーヌお母様はおっしゃいます。――かわいい。かわいい。いい言葉だ。ワンモアプリーズ。それに対してジゼルさんは臆することなく、でも多少ふるえた声で「でも、オリヴィエはあたしを選びます」とおっしゃいました。
「まあ、お話にならないわ」
首を振りながらブランディーヌお母様はおっしゃいました。わたしはジゼルさんの蒼白な顔から目を逸らせなかった。彼女が本気で、そう言っているのがわかったから。……昨晩のこと、知っているから。
ブランディーヌお母様が、パチンと扇子を閉じてその先をジゼルさんへと向けました。壁際に控えていらした数人の執事さんたちが、すっと進み出てジゼルさんを取り囲みます。
「な、なによ……」
うろたえるジゼルさんへ、執事さんのひとりが「どうぞ、こちらへ」と戸口を手のひらで指し示しました。ジゼルさんはその手をにらんで「出てけって言うの⁉」とおっしゃいます。そして。
「――オリヴィエは、どこ」
低い、とても低い声でそうつぶやきました。わたしは息を詰めてジゼルさんの蒼白な顔を見ます。その瞳は自信と確信に満ちていて、それはわたしにはないもので、とてもきれいだと思いました。
「……彼を、連れて来て。彼はあたしのことを愛しているもの。ぜったいにあたしを選ぶから。そんなみっともない女じゃなくて」
「連れていきなさい」
ブランディーヌお母様の言葉が終わる前に、執事さんたちはジゼルさんを取り押さえ、軽々と運びます。ジゼルさんはとっさに抵抗できなくて、動揺した表情で「えっ」とつぶやいた次の瞬間には戸口の外にいらっしゃいました。
「――あなたにはブリアックが不義理をしていたことは知っていてよ。せめて悲しむ素振りでも見せてくれたなら、わたくしからかける言葉もありましたのに」
ブランディーヌお母様は静かな声でそうおっしゃいました。そして、扇子を少し開いてパチンと鳴らします。ジゼルさんが警備さんたちに捕まえられて玄関へと連れて行かれるのが見えました。
「放して! 痛いわよ! オリヴィエ! オリヴィエ、どこにいるの⁉ 助けてちょうだい、愛しているわ!」
吹き抜けの入り口ホール内にジゼルさんの声が反響して、開かれたままの戸口を通してわたしの耳へと突き刺さります。
「――愛しているわ、オリヴィエ!」
悲鳴のような声でした。聞きたくないけれどしっかりと記憶に刻み込まれたその言葉は、わたしの気持ちを重くする。
哀悼食卓には静寂が戻りました。何拍かのちにノエルさんが「与りました」とつぶやき、他の男性二人もそれにならいました。
わたしも、この席の主として「謹んで」と頭を下げました。自分の声が空々しくて、少し泣きそうな気分になりました。
だれともなく席を立ち、先ほどジゼルさんが運ばれて行った後を追うように玄関へと向かいます。ゆっくりとしたその歩みに添ってわたしも見送りに立ち、「あの、みなさん。騒がしい席にしてしまってごめんなさい」と謝りました。
「いやあ、お嬢さん。あなたにあのジゼルとやり合えるだけの図太さがあってよかったよ」
「違いない。普通の御令嬢だったら泣いて退場しただろうよ」
アナトルさんとブリュノさんが、わたしを励ますようにそう言ってくださいました。わたしはちょっとだけ笑って「それって褒めてます?」と返します。ブリュノさんが「もちろん!」と即答してくださいました。
「なんか俺たちも、ジゼルに負けないくらい失礼だったと思うけど、まあどうか勘弁」
「わたしの方こそ、あんな言い方をしてしまってすみませんでした。――みなさんとお会いできてよかった」
心底そう思います。ブリアックのことを、悲しんでくれる人がいる。そのことを知れた。本当によかった。
「来てくださって、ありがとうございました。……ブリアックさんのこと、いっしょに思えてよかった」
わたしがそう言うと、ちょっとしんみりとした空気になりました。普通に生きていたら、この三人とは知り合うこともこうして言葉を交わすこともなかっただろうな、と思います。今後、もしかしたら会うことはもうないかもしれない。なので、しっかりとお見送りしようと思いました。
「おお、オリヴィエ。見送りあんがと」
アナトルさんがそうおっしゃったので「えっ」と声を上げてわたしは振り向きました。オリヴィエ様が長いおみ足でわたしの元へと歩いて来られます。いっしゅんなにも考えられなくなって、次の瞬間はすごく焦って……わたしは、逃げました。
「ソノコ⁉」
オリヴィエ様の驚いた声と、ノエルさんの爆笑が聞こえました。とにかく逃げなきゃ、隠れなきゃ、という一心で広い庭をぬって走ります。
混乱していて。愛しているって。ジゼルさんの言葉と、昨日の夜と。確信に満ちた瞳と、そこに至るまでの時間の重みと。
少し息があがりました。どこか隠れられる場所はないかなと思いながら立ち止まったら「捕まえた」と背後からオリヴィエ様に捕獲されました。はい。
「ぎゃあああああああああああああああああああ‼」
「なぜ、私から逃げるの。ソノコ」
追いかけてくるからです! と言いたかったですが言葉が出てきませんでした「ソノコ」と非難するような声でもう一度呼ばれ、「はいっ‼」と思わずわたしは返事をします。
「――理由を聞かせてほしい。どうして今日は、私の姿を見たら逃げるの?」
「えええええええとあの、言語化しにくい、なんとも言えない、やんごとなき事由が」
「うん、それを教えて?」
座らされて、すんごい詰められました。はぐらかせてくれませんでした。つらい。「……まさか、ジゼルのこと?」と尋ねられて、重ねるように「まさかとは思うけれど。信じたの? 彼女の言葉を」と言われました。
わたしは、それになにも言えなくて。オリヴィエ様は首を振って「ソノコ。惑わされないでほしい。あの女性が述べたことは、すべて狂言だ」とおっしゃいます。
「でも! ジゼルさんは、たぶんGとかで! わたし、70のBで!」
わたしは思わずそう口走りました。口が。口が勝手にそう言ったんです。わたしのせいじゃありません。オリヴィエ様は真顔で「――ナナジュー・ノ・ビーとは」とおっしゃいました。
「それに、腰回りも貧弱で!」
「健康的だと思うが」
「ちびで、平たい顔族だし!」
「あなたの種族はそういう自嘲的呼称なの?」
「わたし、ジゼルさんみたいに、美人じゃないし!」
言いたいことは、胸につかえていることはそんなことじゃないんです。昨日の。昨日の夜のこと。思わず泣いてしまったら、オリヴィエ様はぎゅっと頭を抱きしめてくれました。でも。
「――オリヴィエ様の隣には、ぜったいジゼルさんの方が……」
それ以上、言葉にできませんでした。言ったら決定的になってしまう気がして。
わたしは、いらないって、なってしまう気がして。
オリヴィエ様は、ひょいとわたしを持ち上げて膝の上に乗せられました。そしてすごくやさしい声で「私もあなたが好きだよ、ソノコ」と言ってくださいます。
その言葉を信じたくて。……でも疑ってしまって。
「……ソノコ? どうして? あなたをそんなに悲しませている原因はなに? 私のなにがいけなかった?」
すごく、すごく戸惑った声でオリヴィエ様はおっしゃいました。わたしは、ちょっとだけ……いえ、じつを言うとかなり、その言葉にムカッとしてしまいました。最低って。
オリヴィエ様にムカつくとか、初めて過ぎて、自分が変になったことを自覚しました。ありえない。オリヴィエ様の言葉にムカつくとか!
でも、その勢いで言ってしまいました。抱きしめられていた腕を振りほどいて、立ち上がって。
「……だって、オリヴィエ様。ジゼルさんとちゅーしてたじゃないですか! 昨日の夜!」
オリヴィエ様が目を見開いて硬直しました。
昨日『また』新連載をはじめました
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こちら、聖女です「彼氏作らないの?」と聞かれるのが嫌なので、ゴーレム彼氏を造りました〜どろどろ溺愛で幸せです!王子の復縁話はいりません〜
こちらも喪女ミタの更新には影響しませんのでご安心をー!!!






