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22話 え????

「――こうしてアウスリゼを代表する経済界の皆様の前で講演をする機会をいただきましたこと、心から厚く御礼を申し上げます」


 朗々としたバリトンの声が、会場に設置されたいくつもの伝声管を通して響きます。


「私が三年前に宰相職のひとつを拝命してから、世界的な物価高騰傾向による経済のひっ迫、軍部の再編、また昨今の忙しい国内情勢。正に歴史を画する多くの課題に直面してきました。その中で、まだ若輩の身でありながらこの国の根幹において最大級の責任を持つ者として、私なりに最善を尽くす日々でありました」


 知ってます。私なりになんて言葉で過小評価しないで。あなたは身を削ってアウスリゼに仕えて来た。知ってる。


「昔の人は言いました。凪のときに学べること、また嵐のときに学べることがあると。まさしく今は嵐のときにあり、多くを学ばされる日々です。それとともに私は思います。凪のときに為せることがあり、嵐のときにも必ず立たせるべきものがあると」


 そうね、そうです。あなたはそうやって、リシャールの盾となり、鎧となって立たせて来たのですね。知っています。あなたはとても立派でした。知っています。みんな知っています。


 そして、昨今の実際の経済について触れられていきます。聞いたことのない言葉がいくつも出てきましたし、把握しきれないこともありました。オリヴィエ様から視線を外さずに、わたしはそれらを速記して行きました。日本語と、アウスリゼの言葉と、自分でもどちらを書いているのかわからずごちゃごちゃに。


「挑戦をあきらめてしまうことのないようにしましょう。それは敗北です。自分自身への敗北です。自分がどこに向かっているかは、最初は見えないかもしれない。手探りで、闇雲で、それでも前進しないよりずっとマシだ。全部を見る必要などない。目の前の、手の届く範囲だけでもいい。そうやって、自分の歩くべき道を各々で見つける必要があります」


 言葉にされてわかることがあります。あなたも不安だったんですね。自分が、自分の目指す場所が、どこかわからなくて。


「――どんな状況であれ、今皆さんがこうしてここに存在すること。それが奇跡であることを、忘れないでください」


 音なく長い吐息を吐いて、オリヴィエ様は講演を閉じました。


「ご清聴ありがとうございました」


 パラパラとした拍手が、次第に大きくなっていきます。わたしもそれに加わりました。ガチ泣きで加わりました。もう途中から嗚咽をこらえるのに必死でした。エモい。エモすぎる。誰かお願いこの講演の録音ちょうだい言い値で買おう。むり。いろいろむり。感情が決壊してもうなにも言えない。むり。

 礼をして退出されるとき、オリヴィエ様がこちらをご覧になって目が合ったという強めの幻覚を見ました。天へ召されかけました。いやいっそ召してほしかった。この幸せのままで終わらせて。いい人生だった。


 シリル・フォールさんが出てきて、十五分の休憩を告げます。いくつかのランプが再点灯され、会場が一気にがやがやと賑やかになりました。


 体を折ってごふう、と息を吐きます。上から呆れたようなアベルの声が降ってきます。


「いったいなにがそんなに感動したん? なんかの名言の切り貼りだろ」

「わかってねえなあおまえはあああああ!」


 素で反論したら、全力で引いていました。いろいろ言いたいことがありますが鼻をかむのが先です。ティッシュ持ってきてよかった。こんなこともあろうかと。ちーん!


「アベルくん、そこに直りなさい。オリヴィエ様のすばらしさを教えて差し上げよう。あーゆーれでぃ?」

「いやソノコ、顔すごいぞ。とりあえず洗ってこいよ」


 せやな、と思って急いでお手洗いへ行きました。

 友よ、やはり十五分は短かったです。

 

 そして、パネルディスカッションです‼ 講演じゃなくて、オリヴィエ様のいつもの口調が聞ける絶好のチャンスです‼ もうこれが終わったらわたしの人生が強制終了されるのではないか、という懸念を持ちつつ臨みます‼


 こちらから見て最奥、ステージ左側に、モデレーターのシリル・フォールさん。その隣の席にオリヴィエ様が座られました。ちょう見えやすい、やった!

 え、むしろこれ見つめ合う位置では? 見つめ合う位置では? そしてなんだかオリヴィエ様、現在進行形でこちらをご覧になっているのでは? やっぱりトゥーサン・セールさんにいただいたあめちゃん、いけないおクスリだったのでは? わたしきっとトリップしてる。しぬ。このままこの幻想に浸っていたい。そしてしぬ。安らかにしぬ。いい人生だった。


 パネルディスカッションのテーマは『新産業に求められる地方創生とは?』です。どこの国も地方民はたいへん、とかそういう話をマクロな感じで見るんじゃないでしょうか。たぶん。

 フォールさん、さすがお話が上手というか。モデレーターかくあらん、という感じです。それぞれの立場とかやっていることを把握しているだけではここまでスムーズに進行はできないわなー。


「――については、現状を鑑みるに」

「それはやはり大都市産業集積があってのことで――」


 ……むじゅかちいね‼


 とにかくわからない単語を出てきた順にメモしていきます。きっと詳細についてはラ・リバティ社とかが記事にしてくれるさ! それから学んでも遅くはない!

 そしてわたしはオリヴィエ様が発言を終えるたびに真っ直ぐにわたしをご覧になるという夢を見ています。ありえなさすぎて幻だとわかっていると冷静でいられますね。はい。わたしもガン見しているのでやはりこれは見つめ合っているのでは? 幸せへの近道では? あくまで強めの幻覚なので同担の方襲撃とかしないでくださいお願いします。


 ステージ前の討論ブースに座っている代表者たちが、ひとりずつ伝声管の前に出て意見を述べます。それに対してのパネリストたちの応答もおみごとでした。オリヴィエ様しか眼中になかったというのが正直なところですけれど、さすが、アウスリゼ国でしっかりとした地位を築いている人たちだなあ、と。

 言葉にごまかしがないというか、みなさんとても率直で、なんらかの事情で今答えられないことにはそのように述べるし、開示できる情報については惜しみなく分かち合っていて、ああ、すごく、アウスリゼっていいところだなあ、と。


「代表質問者のみなさん、ありがとうございました。良い質疑ができました。ところで、最後に個人的に聞いてみたいのですが」


 フォールさんが笑顔でねぎらい、質疑応答が終了。バトンがモデレーターに戻りました。このあと、閉会あいさつがあって午前の日程は終わりです。


「お嬢さん、その、前に座っていらっしゃる。ずっと熱心に聴いていらしたね。そう、黒髪の。伝声管近くにあるでしょう、渡してくれないかな。彼女に質問してみたいんだ」


 えー、だれだろう、と思って会場内をふと振り返ったら、とんでもない量の視線が返ってきました。


 びっくりして硬直していると、横からにゅっと金属の漏斗みたいなのがついた管が、わたしの顔の前に差し出されました。

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感想おきば



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― 新着の感想 ―
[一言] 愛の告白タイムですね!
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