219話 話が通じない人いっぱい
「――で?」
「えっ?」
なにが言いたいのかよくわからなくてわたしがそう返すと、ノエルさんは面食らったような顔をされました。ブリアックの彼女さんはオリヴィエ様の元カノさんと。うーん、ブリアック最低。とちょっと思っちゃったけど、亡くなった方をわるく言っちゃいけないな。うん。とりあえず「お話、それだけですか?」とお尋ねしたら「……なんかこう、思わないの?」と言われました。
「なにをです? ……ブリアックさんが亡くなられて、彼女さんにはお気の毒なことでした」
「そういう、なんか、もっとこう、さあ」
「ぅわう!」
「――うわあ!」
アシモフたんがやってきてノエルさんの背後に飛びかかりました。すばらしくぐっじょぶアシモフたん! 手を放してもらえました。よかった。そしてそのままアシモフたんが顔をべろんべろんし始め、ノエルさんは軽く悲鳴をあげてから「勘弁! なめられるんなら女の子で!」と逃げて行かれました。アシモフたんが追っかけて行きました。そうね、アシモフたん男の子だからね。残念だったね。
「……おまえ本当にろくでもない男ひっかけるの上手いなあ」
「……見てたんなら助けろよ」
「アシモフ行かせただろ」
「そりゃどうも」
アベルです。女性の警備さんといっしょにわたしたちと来ていたからね。どこかに逗留しているとは思っていました。今はグラス侯爵家の警備さんの、アイボリーに金糸の縫い取りがある上着を羽織って紺色の哀悼腕章をしています。本当に何着ても似合うな。イケメンは得だね。
で、そんなアベルがめずらしくなにか言いかけて、やめました。なんだよ。とりあえず「なんだよ」と言っておきました。
「――……あー。さっきの。あの男が、言ってたことだけど」
「なに? あの女性がオリヴィエ様の元カノだってこと?」
「……気になんねえのか」
「え? あんたもあの人も、いったいどんな反応をわたしに求めてるの?」
「いや、意外っつーか」
アベルは首痛めポーズでそう言いました。なにがどう意外なんでしょうか。そもそも、オリヴィエ様ほどすてきな方が元カノのひとりやふたりやさんにん、いない方がおかしいのではないでしょうか。そしてその内のひとりが、ブリアックの彼女になってしまったと。悲劇。でもそれはもう過去のことで、どうこう言うべきでもないし、わたしが関与すべきところでもない。そう思ったので、端的にわたしは「過去は、過去でしょ」と言いました。アベルは「おまえときどき思い切りいいよなー」と感心したような声をあげました。
アシモフたんが帰って来ました。戦利品としてわたしへ左足の靴をくれましたが、とってもいらないので「返してきなさい」ともう一度くわえさせました。持っていきました。本当におりこうになりました、アシモフたん。はい。
「――でさー。個人的に聞きたいこと。ふたつあるんだけど」
「ほう。なにかね、言ってみたまえ」
お庭を見て回ろうとてくてくしたら、ゆっくりと着いてきながらアベルが言いました。わたしに並んで、回り込みしゃがんで、わたしを見上げます。なにいったい。
「……結婚すんの。宰相殿と」
わたしもしゃがみました。なんかちょうど生け垣と生け垣の間で、かくれんぼしているみたいになりました。はい。
「……たぶん?」
「なんで未確定?」
「わたしがまだ、結婚ってどういうものか、理解できていないから」
アベルはじーっとわたしの顔を見ました。なんだと言うのか。靴を返して来たアシモフたんが、わたしの背後からわふっと頭の上に顔を乗せてきました。なんだねそのマウント感。アベルがひとこと「わかった」と言って立ち上がったので、わたしもアシモフたんよりまだちょっと大きいことを誇示するために立ち上がりました。
「それひとつめ?」
「そ」
「ふたつめは?」
「うーん。聞きたいような聞きたくないような」
「なにそれ気になる、なになに」
歩きながら尋ねると、アベルはくしゃっと表情を歪めてわたしを見ました。
「……あれさー。いったいなんなん? 俺と宰相殿がちゅーしてる本」
「ぎゃああああああああああああああああああああああ」
頭を抱えてもう一度しゃがみ込みました。またアシモフたんがマウントしてきました。ピエロさあああああああああん、なんで見られてるんだよおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
「……なに。あれソノコの妄想?」
「ちがう断じてちがうわたしは雑食とはいえどちらかと言うとHL派でオリヴィエ様に関してはカプなし生存ifが至高だと思っていてあれはあくまでオレンジ純先生が描かれた二次作品であって公式絵師の二次は紙一重で公式じゃないか説もたしかにあるけれどそれについては公式が沈黙していたこととオレンジ純先生が二次作品を出すことを容認していたこともまた事実でだから真相は藪の中と言わざるを得なくてどちらにせよ幸せならOKです精神がファイナルアンサーであることは明らかであるから」
「なんかよくわからんけど否定したいことだけは伝わった」
……よかっ……た? いやべつにオレンジ純先生の創作物を否定する気はまるでないよ? うん? でもそれ伝えたらまたなんか深読みされる? どうすればいい? 御本尊にナマモノ本読まれたって七つの大罪の何番目? 八番目? わたしはやはり打ち首獄門? この場合賽の河原です? すみません出来心だったんです許してください? えっどうしようまじでしねる。これはしねる。どうしたらいいだろうあっそうか思いついた。
「……アベル。さっきみたいにしゃがんで」
「なに」
「いいから」
しゃがんでくれました。わたしは辺りを見回して、よさげなブツを見つけて拾いに行きました。そして背後に回り込み後頭部めがけて両手でそれを振り下ろ――「んなーーーーーーにすんだよ!」かわされた! チッ!
「おとなしくここで倒れてほしい。あわよくば記憶失って」
「ふざけんな、そんな石で殴られたら俺でもヤバいっつーの!」
「完全犯罪にしなければならないんだよ! おとなしくやられてよ!」
「どこらへんが完全だよガバガバだろ!」
その後石を持って追いかけ回しながら冷静に話し合った結果、オリヴィエ様はもちろんのことこの世の生きとし生ける者すべてへの他言無用、ということで合意が得られました。人間はやはり対話が大切ですね。理知ある生き物ですから。アシモフたんがとてもたのしそうでした。はい。
夕飯の時間になりまして。わりといい感じの運動をしたのでおなかぺこぺこです。グラス侯爵家のお庭は広い。実感しました。アシモフたんは御庭番のジョアキムさんへ託し、一度部屋へ戻って身支度をしようと思います。はい。
ら。はい。
「――どこをうろちょろしていたのかしら」
えーと。二階へ続く階段の途中、踊り場のところに、ブリアックの彼女さんの、ジゼルさん……。
「……えーっと、哀悼される方のお部屋は一階なんですけれど」
「知っているわよそんなこと」
レース付きの帽子をかぶっていらっしゃるので、どんな顔をされているのかは伺えませんでした。でもぜったい美人です。もしかしたらレアさん級。そんで、だいなまいつばでー。まさしく不二子ちゃんって感じ。表情はわからないですけれど、じろじろと観察されているのははっきりとわかりました。そしてふっと鼻で笑われました。
「――まるっきり子どもじゃない。趣味が変わったのかしら、オリヴィエは」
子ども扱いされるのはアウスリゼでは定番なのでね。特になにも思いませんでした。一礼して横をすり抜けようとしましたが、じゃまされます。さっきのノエルさんといい、なにがしたいんでしょうか。
「――なにかわたしにご用ですか?」
「あのね、消えてほしいのよ。あなたみたいな発育不全の小人、次期侯爵夫人としてふさわしくないのはわかるでしょう?」
――発育不全て言われたー! そりゃ、不二子ちゃんと比べられたらひとたまりもないです。人種が違います。同じ日本人な気がするけど断じて違うんです。それに次期侯爵夫人としてふさわしくないのは今さらすぎる問題提起ですね。それわたしが一番思ってますから。
なので「あのー、お話しがそれだけなら、失礼しますね? 通してもらえません?」と言ったところ、脈略なく「オリヴィエはあたしが好きなのよ」と言って来られました。
「はあ……以前お付き合いされていたとは伺っております」
「だから、あなたじゃまなの。どっか行ってちょうだいよ」
「そもそも、ブリアックさんとお付き合いされていたんじゃないんですか?」
「死んじゃったじゃない?」
肩をすくめておっしゃいました。なにこの人。ぜんぜん悲しんでない。
すごく、むかっ腹が、立ちました。
「――あのね、あたしはグラス侯爵家の人間になるって決まっているの。手切れ金なら払うわ。出て行って」






