215話 なんとか……なった?
ちょっと少ないけど中身は濃いよ!
むごいことに美ショタ様によって仮病が暴露されてしまったので、やっぱり夕飯は「食堂で、みんなといっしょにどうかな……もしよかったら」とオリヴィエ様に言われてしまいました。はいよろこんでー。
「時間も時間だし、もういっしょに行こうか?」
「――ちょー! ちょー、ちょっと待ってください!」
わたしは慌ててベッドから這い出て、いつも通り持ってきている相棒のトートバッグを乗せている部屋の奥にある椅子へ走り寄りました。オリヴィエ様が「どうしたの?」と立ち上がられます。一身上の都合により顔のテカりとかテカりとかテカりとか、あと眉毛の有無とかを確認したいんです!
日本から持ってきたファンデのコンパクトを取り出そうとトートをつかんだところでやってしまいました。つんのめって転びそうになり、とっさにトートから手を離して椅子の背もたれにしがみつきます。
ら、トートが床に落ちて、中身がだばー。――落ち着け、わたし!!!!!
とりあえず真下に落ちたものを拾ってトートの中に入れました。ファンデはくるくる滑って壁際まで行って止まったので、そこまで拾いに行って。――トートの中を確認して、ぎょっとしました。……ない!!!!!
あわてて首を巡らせてきれいに磨かれた床を見ました。――あった! と思ったら、そこへすっと延びた長い指。
「――ぎゃあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
オリヴィエ様は『それ』を手にとって開き、しげしげとご覧に――なったところを取り返しました。
……やっちまったあああああああああああああああああああああああ!!!!! 公式神絵師、オレンジ純先生の薄くて厚い聖典!!!!!!!!
穴があったら入りたいっていう気持ち、ここまで美しく体感したのは人生で初めてです。はい。
「……ソノコ、質問してもいい?」
「いえ、むりです、とてもむりです、ほかを当たってください」
「うん? でもその、ソノコが所持している本への質問なんだけれど」
「いえ気のせいですなにもなかったです幻覚ですすべては夢ですわすれてください」
「たぶん、私の絵姿が描かれていたように思うのだけれど」
「ぎゃあああああああああああああああああああああ」
ナマモノ本! ご本人に! 見せるのは言語道断! これオタクの常識!!!!! だれかに見られたら困るから、ファピーのスクラップブックといっしょに置いとかずに、肌身離さず持ち歩いていたのが仇になったあああああああああああああああああ!!!!!
「……同じページ内に私が何人も描かれていたよね? 素描かな? ソノコが描いたの?」
「まさかまさかまさかまさかまさかまさか」
否定してから「素描です」って答えとけばよかったかも、と思いましたが、「じゃあ見せて」って言われるに決まってますね! むりですね!
「あと、アベルに似た人物も描かれていたように思うのだが」
「だいじょうぶです問題ありません軽いやつです本番ありません安心してくださいオリヴィエ様は左で公式絵師ですが非公式ですので」
「うん? 私のことが描かれた本ということで間違いないんだね?」
――誘導尋問かッ⁉ さすが冴え渡る智の若き宰相……ッ‼
見せてほしいとおっしゃるオリヴィエ様から縦横無尽に逃げ回っていたら、捕まりそうになったところでノックがありました。……ありがとう、同人の神よ……‼
チッと軽い舌打ちでオリヴィエ様が「なんだ」とおっしゃいました。舌打ちオリヴィエ様かっこいい‼ マチルドさんかと思ったら男性の声で、「ご歓談中失礼いたします。不審な男が敷地内で捕縛されまして」とのこと。
「あとで聞こう。この場ではふさわしくないことがわからんか?」
「あの……それが、ミタお嬢様に所縁がある者だと申しておりまして」
「――なんだと」
わたしの肩をつかんでいた手が離れました。よかったグッジョブ不審者! オリヴィエ様がドアを開けると、困惑気味の表情をした警備さんがちらっとわたしをご覧になりました。
ということで、わたしは呼ばれて玄関外のロータリーのところへ。……ぎゅっと聖典を胸に抱いていたらオリヴィエ様が「それ、置いて行ったら?」と笑顔でおっしゃいましたが、決して、けっして! そんなことはしませんとも!!!!! ぜったい確保する気でしょう!!!!!
「――おお、ソノコたん! 僕の女神! 助けに来てくれたんだね!」
「あー……はい。うーんと、なんでこんなところにあなたがいらっしゃるんですかねえ……」
新聞社のラ・リバティにお勤めの、分厚いメガネキャラのピエロ・ラブレさんです。めっちゃ捕縛されていました。そりゃ許可なく領主のおうち敷地に侵入したらそうなるよね。とりあえず「怪しいんですけど怪しい人ではないです」と擁護して、いましめを解いていただきました。
「ソノコたんが、グラス侯爵邸へ向かったって聞いたから、追いかけて来たんだよ!」
「怖。なにそれストーカーじゃん」
「君の伝記を書くと言っただろう、僕の女神! 少しでも書き漏らすことのないように密着取材さ!」
「さ! じゃねえよ」
すっごく迷惑なんですけどどうやったら追い返せますかね。オリヴィエ様も「――この男とはどういう関係なのかな、ソノコ?」とそちらを向けないオーラを出されているし。
どうしようかな、と思ったときに、ふっと自分が大事に胸に抱いているものに目が行きました。――これだ!!!!!
「――ピエロさん」
「なんだい、僕の女神」
「……あなたへ神からの福音を託します。その重責を、あなたは担う気がありますか?」
「なん……だと……?」
ピエロさんはびくっと体を一度揺らしました。そしてわたしの言葉を飲み込んだときに、「――僕にできることなら、なんでもやるよ、ソノコたん」と決然とした瞳でおっしゃいました。
「――では、すぐにルミエラへ戻り、あなたの責務を果たしなさい」
「僕の責務とは――」
「これです」
裏表紙。裏表紙はね、お花の絵だから。さっと裏返した状態でピエロさんへと聖典を手渡しました。そして「いいですか、他のだれにも見せてはいけません!」と小声で言いました。ピエロさんは受け取ってすぐに上着の内側へ。え、もっと大切に扱って。深くうなずきながら「わかりました」とおっしゃいました。
「――では、帰るのです! あなたのあるべき場所へ!」
「――承知しました。僕の女神よ!」
きびすを返してピエロさんは走って行かれました。あっというまでした。記者さんって足が速いものなんでしょうか。警備さんたちもあっけにとられています。――たのみましたよ、わたしの兄弟……!
「――上手いことやったね?」
わたしは背後からぎゅっとオリヴィエ様に抱きしめられました。ぎゃあああああああああああああああああああああ。
夕飯のときもオリヴィエ様の真隣に座らされました。そしてご両親と美ショタ様の前で「あーん」とかやらされました。テーブルマナー見られるよりこっ恥ずかしかったです。






