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214話 最高の気分です

「――で、いつまで仮病してるつもりなわけ?」

「いつまでだといいと思います?」

「いや否定しろよ」


 次いで美ショタ様がお見舞いに来てくださいました。わたしたちの会話にマチルドさんが吹き出しました。すぐになにもなかったように控えていらっしゃいました。さすがプロ。さすプロ。

 美ショタ様は椅子に座って「で、さ」とおっしゃいました。


「ちょっと聞いておきたいんだけど」

「はいなんでしょう」

「オリヴィエ兄さんと、結婚する気あんの?」


 直球ー! 速い! 速かった! 168キロです! ミタ選手棒立ちです! いやあ、すごいですね今のは。どうでしたかミタ解説員! ちょっとこれは反応できませんねー。ごまかしも効きません。効きませんか。はい。普通に返すしかないでしょう。普通に。はい。いつも通りということですね。はい。ここは当たって砕けろと。それ以外に手玉があるとでも? ないですねはいそうですねすみません。


「……正直なことを言っていいですか」

「どうぞ」

「……オリヴィエ様のことは――好きです。でも、びびってます」

「なにをさ?」

「……結婚って、わたしの価値観の中に生じたことがない観念で。事象としては理解できます。……でも、実感と……自信がないです」

「なるほど?」


 美ショタ様が腕と脚を組まれました。そういう仕草がお兄ちゃんにそっくりです。無意識に真似してるんですかね。ちょっと考えるような間があってから、美ショタ様は「――どうしてそれ、ここへ来る前に兄さんへ言わなかったの?」とごもっとも過ぎることをおっしゃいました。


「あの……言う隙がなかったというか……わたしもわたしの中で言語化できていなかったというか……すみません」

「――だそうだけど、兄さん」


 えっ、と思った直後に、静かにドアが開きました。……えーっと。マチルドさんが立っていたので、ちょっと開いていたらしいことに気づきませんでした。はい。静かな表情のオリヴィエ様が入っていらして、「ふたりとも、席を外してくれるか」とおっしゃいました。マチルドさんはおじぎをして出ていかれました。


「――急ぎすぎてる兄さんも悪いよ」

「わかっている」


 ひとことそう言って、美ショタ様も外へ。わたしも外へ。は行けませんね。はい。オリヴィエ様が美ショタ様の代わりに椅子へ座られました。……わたしは、その顔を見られませんでした。


「――ソノコ。こっちを見て」


 手を取って言われました。うつむいた顔を少しだけ上げます。オリヴィエ様はわたしの手をぎゅっとして、それからおっしゃいました。


「……私のことを好いてはくれているんだね。ソノコ」

「……はい」

「それと、結婚は結びつかない?」


 わたしは黙考しました。どう伝えればいいのかわからなくて。結婚。結婚ってなんだろう。だれかを選んで、いつかじーちゃんばーちゃんみたいになること。それがどうしても、自分にも生じるっていうことが信じられない。家族の形はわかった。なんとなく。でもそれは孫としての立場だったり、妹だったりした。自分が主体となってその形を作ることが、よくわからない。

 たとえば、よしこちゃん。

 たとえば、彩花ちゃん。

 ふたりは、それぞれ違う形の家族を作っていた。自分主体で。自分で選んで。それってすごいことだ。あらためて思う。わたし、それできるんだろうか。やるんだろうか。自分主体で、作れるんだろうか、『家族』を。

 ここに来てまでまだそんなこと考えるとか、わたしもなかなか頭が固いな、とちょっと笑えました。

 不誠実な言葉は返したくなくて。でも、どう説明したらいいのかわからなくて、わたしは成形していない言葉で、オリヴィエ様に自分の考えを伝えました。隠すことなんてなにもないから。


「あの――わたし、十四くらいのときから、自分の人生は二十七歳くらいで終わるって思っていたんです」


 オリヴィエ様が少しだけわたしの手を引き寄せました。そして慎重な声で「……どうして?」とおっしゃいます。心配させちゃった。笑いながら首を振って「今は、そんなこと考えていないです」と伝えます。


「――でも、わたしの考え方の型や、築いてきた価値観はどうしてもそちらにあって。わたしにとって、結婚っていう選択肢は自分に生じ得ないものでした」


 オリヴィエ様は辛抱強くわたしの言葉を待ってくれました。わたしはなにをどう言えばわたしの気持ちが伝わるのかを考えながら、伝えそびれることのないように言いました。


「――だから、どうしたらいいのかわかりません。これから先のことって、わたしには予期していなかったことなんです」


 オリヴィエ様の年を越えることはないだろうと思っていた。だって、こんなにすてきなオリヴィエ様にも、未来が設定されていなかったんだもの。わたしは「あの、わたし。この前二十八になったんです」と言いました。


「――わたしにとっては、最終回どころか延長戦まで完投したと思ったらぜんぶチャラになって、一回表のコールがされたような気持ちで。じゃあそれまでの試合がぜんぶムダだったかというとそうじゃなくて。……あの、伝わるかわからないんですけど」

「うん、うん、わかるよ」

「それで、あの。……結婚て、わたしにとって消える魔球なんだと思うんです」

「消える魔球とは」

「――これまで、打ったことも打とうと思ったこともなくて、初めて出会うすごい変化球」


 オリヴィエ様が「なるほど?」とおっしゃいました。あんまりわかっていなさそうでした。

 

「……今わたしがこうしてあるのは、ただ惰性で生き延びて消化試合しているんじゃなくて、わたしが選択したものだということも、理解しています。でも、だからって、すぐにそちらに気持ちを合わせて行けるほど器用じゃなくて。――もたついています。ごめんなさい」

 

 わたしは頭を下げました。ちょっとしてから、オリヴィエ様が「――顔を上げて。謝らないで」とおっしゃいました。


「――あなたの言葉で、伝えてくれてありがとう。聞けてうれしい」


 わたしが顔をあげると、オリヴィエ様はとてもやさしくほほえんでいらっしゃいました。


「よく、わかったよ。私と結婚することが嫌なのではなくて、結婚そのものが、ソノコにとっては新しい考え方なんだね?」

「あっ、はい、それ! それです! すごい、オリヴィエ様言語化の天才!」

「あっはっは、それはどうも」


 ――大きい口を開けて笑うオリヴィエ様というSSSレア!!!!! やだなんかやんちゃかわいい、だれか、だれか写真撮って、はやく!!!!!


「――あのね、ソノコ。私もあなたに伝えなければならないことがある」


 穏やかな表情ながら、どこかさみしそうな瞳で、オリヴィエ様がおっしゃいました。わたしはその顔へ向き直りました。


「――私の兄、ブリアックのこと」


 思わずごくりとつばを飲み込みました。……アウスリゼに帰って来てから、わたしはその件をだれにも尋ねることができなかった。……怖くて。暴動の主犯格であるブリアックが、どんな扱いになっているのかを知ることが。……それに、わたしが首を突っ込んでいいことでもなかった。

 オリヴィエ様の瞳は澄んでいてまっすぐで、これから語られることはとても大切なことなんだとわかりました。わたしは居住まいを正して「はい」と応えました。


「……対外的には、病死、ということになった」


 ひゅっと、喉が鳴りました。――過去形。わたしはそれ以上、オリヴィエ様に言わせてはならない。そう思って「承知しました」とひとこと言いました。そして、オリヴィエ様が握ってくれていた手を、わたしも握り返しました。


「……いろいろ。片付けることが多くてね。グラス家の跡目をどうするかも考えなければならない。慶事も今はふさわしくない。――だから本当は、こんなに急ぐことはなかったんだ。私たちのことを」


 お互いにぎゅっと握った手を、オリヴィエ様はご覧になりました。そして「ただ――確証がほしかった。あなたが私の元に、留まってくれると」とおっしゃいました。


「……焦ってしまった。もう、失いたくない。そんな気持ちで。申し訳なかった、ソノコ」

「いえ、あの! 平気ですので! あの、だいじょうぶです、はい!」

「そう? ……よかった」


 ほほえんだオリヴィエ様はきれいでした。でも、それが少し、わたしは悲しかった。

 話題を変えるように明るい声で、オリヴィエ様は「そういえば、私も先月二十九になったよ」とおっしゃいました。びっくりしてわたしは「え⁉」とここ最近で一番大きい声を出してしまいました。


「――二十九歳に、なられたんですか⁉」

「……うん。ちょうどあなたが、こちらにいなかった時期だけれども」

「やったーーーー!!!!」


 わたしはオリヴィエ様の手を握ったまま、両手を上げました。涙が出ました。――オリヴィエ様が。ずっと、二十八歳のままだった、オリヴィエ様が。

 オリヴィエ様は目をまんまるにして驚いています。二十九歳のオリヴィエ様が、驚いています‼

 ――時が、動いている。シナリオなんかじゃない、ゲームなんかじゃない、オリヴィエ様の人生が‼

 響いたわたしの声に、ためらいがちなノックとともに「いかがなさいましたか」というマチルドさんの控えめな問い合わせが聞こえました。ごめんなさい。

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感想おきば



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― 新着の感想 ―
[良い点] 美ショタ様が素晴らしい活躍をなさっています。 焦るオリヴィエ様に二の足踏んでしまっている園子ちゃん。ここですれ違いは辛いよ?大丈夫?と思っていたら美ショタ様が綺麗に取り成して下さって。 良…
[一言]  「214話 最高の気分です」を読みました。  「結婚て、わたしにとって消える魔球だと思うんです」はなかなかの迷言ですな。結婚を申し込んだ相手からこんなセリフを聞くのはどんな気持ちがするもの…
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