21話 まだ見ぬ友よ、ありがとう
ライブ当日です‼ すみませんライブじゃなくて経団連フォーラムです知ってます‼ 実は今日のために、つけペンじゃなくて内部にインクが貯められる、いわゆる万年筆も買いました‼ 高かったです。
専用ノートも作ってお勉強です。昨日のうちに、ラ・リバティ社の新聞の経済欄とか見返して予習もしました。せっかくオリヴィエ様のお話を伺うのに、なにも理解できないとか悲しいので。
やっぱり市民層では昨今の情勢を受けて微妙に買い控えとか反対に消耗品の買い込み備蓄とかにつながっているそうで。たぶんそういった目線での話はされないと思いますけども、わたしが置かれている状況の把握もできて良かったです。経済新聞でも取ろうかと思いました。
わたしの席は『K-3』です。ケーじゃなくてカーと読むそうです。かーさん。トゥーサン・セールさんからもらったかーさんと書き込まれた入場証がポシェットに入っていることを何度も確認しました。それにノートと万年筆。懐紙っぽいティッシュをハンカチに包んで。その他にもうひとつハンカチ。お財布。雑貨屋さんで買った、ユーグさんが似合うって言ってくれた口紅。そしてモアイこけし。家に置いといたら帰ったとき位置が変わってそうというか。いろいろな事由により。はい。
アベルは昨日の夕方に拗ねて帰ってから会っていません。放っておきます。開場の一時間前にホールへ着いてしまいました。ということはプログラムの一時間半も前です。なんて気が早いのわたし。今日は風が強いです。アレルギー出そうです。ほこりっぽくならないように入り口の柱の陰に隠れました。早く来すぎて朝ごはん食べてないのですが、どこかに開いているカフェないですかね。住んでいる区じゃないのでよくわからないんですよね。
十分くらい入り口で立っていたら、見かねたのか警備員さんが玄関ホールに入れてくれました。中はまだ入れないけど。風をしのげるだけで上々です。
開場のじゃまにならないように玄関のすみっこに立っていたのですが、外からばたんばたん、と音がしました。馬車のドア閉めるみたいな。はめ殺しの採光窓があったのでそこから外を見ると、蒸気自動車が何台か停まって人が何人か降りて来たところでした。――そしてわたしは即座に先ほどのすみっこに舞い戻り、壁と一心同体になりました。
――オリヴィエ様、ご来場っっっ!!!!
警備員さんが扉を開くと長いおみ足がすっと見えました。あっという間に通り過ぎて行かれましたがオリヴィエ様でした。動いています。歩いています。歩行速度が早すぎてすぐに背中が見えなくなりました。解釈全会一致。ああああああああああ。あああああああああああ。ああああああああああああ。
図らずも入り待ちしてしまったようです。どうしよう、事務所に見つかったら出禁にされてしまう。違うんです、そんなつもりじゃなかったんです、不幸な事故ですがわたしは幸せです。どうしよう反省文で許してもらえるでしょうか。オリヴィエ様の所属事務所ってどこ。王宮? 王宮なの? マネージャー誰? リシャール? 許して?
出禁の恐怖に打ち震えて小さくなっていたらそのうち一般来場の方たちがみえて、入場手続きが始まりました。こっそりわたしもその列に並びます。他の人より小さいので一瞬見過ごされましたし二回くらい入場証とわたしの間を係員さんの視線が行き来しましたが、怪しい者ではございません。決して。
まずお手洗いに駆け込みました。さすがオリヴィエ様が講演をされるだけのホールです、めっちゃきれい。用をたして洗面台の鏡に向かいます。鼻油と額のてかりが気になったのでティッシュでオフしました。そして口紅を塗り直して。
おしろいは前に百貨店で試し塗りしたんですが、肌に合わなくて断念しました。すっぴんでオリヴィエ様のライブとかなかなか度胸がありますよね。髪はじゃまにならないように低い位置でポニーテールにして、前髪は昨日、眉のあたりで切りそろえました。
「よしっ」
気合いを入れて、いざ、出陣‼
さすがにまだほとんど席は埋まっていません。開場したばっかりですしね。ステージに向かって右端のブロックの最前列真ん中なので、すぐにみつけられました。
いただいたプログラムで全体を把握します。
総合司会はシリル・フォールさん。この方、新聞にも写真つきで出ていました。まだ三十六歳なのに、アウスリゼで一番おっきい総合商社『リュクレース』を経営されているということで。すごいですね。二十八歳でアウスリゼの宰相をされているオリヴィエ様の方がすごいけど。
まず、開会に先立って経団連の会長のあいさつ。
そして来賓あいさつ。こちらは隣のサンカイム公国の在アウスリゼ大使がするようです。
フォーラム全体のテーマは『新事業・新産業の創出と産業集積に見られる現状課題』だそうです。むじゅかちいね‼
そしてすぐ基調講演なんです‼ 最高です‼ このスケジュール組んだ人神だろ‼ もしくは同志だろ‼ ありがとう友よ‼
そもそもですよ、考えてもみてください。アウスリゼの宰相は、オリヴィエ様を含めて三人いるんです。
それなのに‼ 最年少の‼ しかも在職年数三年の‼ オリヴィエ様が基調講演に抜擢される‼ これ、同志の関与あるでしょう。いや、オリヴィエ様の実力ですけどね‼
そして十五分休憩をはさんでパネルディスカッションです。この采配もすばらしいぞ友よ。魂の再召喚のために十五分はちょっと厳しいが、がんばるぞ友よ。あなたもがんばれ友よ。同担歓迎だぞ友よ。
パネリストはもちろんオリヴィエ・ボーヴォワール様を筆頭に、通信技術に関する国有会社の社長さん、そして経団連の中にある新産業を担当している部署の一番えらい人。で、モデレーターはシリル・フォールさん。
そして、フォーラム実行委員長の閉会のあいさつで終了‼
お昼を挟んで午後からはネットワークの時間みたいですね。わたしは関係ないので午前で昇天して帰ります。
会場がざわざわしてきました。
ノートを取り出して、万年筆の試し書きをします。よし、だいじょうぶ。ひとことも聞き漏らさずにメモしなければ。たぶんここまで真剣にノートを取るのは生まれて初めてです。付け焼き刃の予習で太刀打ちできるか不安ですが、がんばります。
「なんでそんなにうきうきしてるわけ」
「うきゃあ⁉」
顔の真横にアベルの顔がぬっと出てきました。まじでびびった。頭突きしてやろうとしたら避けられました。わたしの後ろの席に座っています。ちゃんと正規の手続きしたんですかね。
「そりゃあ、オリヴィエ様の講演会ですから」
「なに、ソノコは宰相殿が好きなの?」
「好き? っていうか、崇拝?」
「なんだよそれ」
ふてくされた表情のまま、アベルがふいっとそっぽを向きました。
「その口紅、似合わない」
「えーっ、ひどい‼」
ユーグさんお墨付きでかわいいって言ってもらえたのに! わたしも気に入ってたのに。
ちょっと落ち込んだら、アベルが早口で「嘘。似合ってる」と言いました。
「他の男の見立てなのが、気に食わないだけ」
そうこうしていたら、会場の後ろの方の照明が落とされて行きました。フォーラムが、開会します‼






