209話 なにがいいのかわかんないんだもん……
文字数少ないよソーリー!
アベルは「後が怖いんで」って言って、すぐにいなくなりました。アシモフたんが「さっきのひとは⁉ あそぶ? あそぶの?」ってしてきたので、わたしが遊びました。疲れた……。そのままお散歩して、帰って来て、わたしとアシモフたんのごはんを作って。
静かでした。ルミエラのお家に、レアさんだけがいない。
アシモフたんは、わたしのさみしい気持ちをわかってくれているみたいです。アウスリゼに戻ってきてからというもの、夜はわたしの部屋で寝てくれます。もしかしたらこの広い家で、アシモフたん自身もさみしく感じているのかもしれません。そうだなあ、どんな感じだろう。鞍手町ですべてを失ったときとは違う、満たされながらもなにか不安な。どう表現したらいいのかわからない。
ごはんを食べて、お風呂に入って。いっつもは嫌がるのに、アシモフたんもいっしょに。きれいにしてたらとんでもない美犬なので、毎日でもいっしょに入りたいんですけど。早めに部屋へこもって、一度読んだ勇二兄さんからの手紙を開きました。なんとなく。
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園子へ
手紙をありがとう。読んだ。嬉しかった。今後何度も読み直すと思う。俺も何か書きたいのだが、書き慣れていないから、なんて書いたらいいのかわからない。でも、先日園子が言った『出さない手紙』にはしたくないと思っている。
伝えたい事は沢山あるんだが、上手く文章にできない。単純な言葉で申し訳ないが、思った事をちゃんと書くから、他に人が居ない所で読んでくれ。文章がおかしかったり字が変でも見逃してくれ。こんな改まって誰かに手紙を書くなんて初めてなんだ。
日本にいる最後の時間を俺にくれてありがとう。俺には必要な時間だった。園子のことを沢山知ることができたし、園子にも俺のことを知って貰えたと思う。こんな年になってまで、お互い兄とも妹とも言えないような関係だったことを激しく後悔している。
高一の時家で一人になって、無性に寂しかったことを今思い出している。あの時は、なにもかも俺の手から無くなってしまったように感じていた。でも今は、あの寂しさとは違う感じなんだ。それを何と表現すればいいのかわからない。ただ、ああ園子が居ないな、と思う。
多分これからも、ふとそう感じるんだろうなと思う。ずっとお互い離れて暮らしていたんだから居ないのは当然だった筈なのに、きっとまた思う。園子が居ないって。
前と違うのは、俺は園子の兄で、園子は俺の妹だって胸を張って言えることだと思う。DNA鑑定、あれは良かった。しなくても妹だけど。でも誰の目から見ても俺たちは兄で妹だって証明してもらえて嬉しかった。園子がこんな兄嫌だって言ったとしても俺は兄だから。血の繋がった園子の兄だから。何が書きたいのか分からなくなってきた。
まず健康に気をつけて欲しいということ。風土が違えばきっと体調にも影響があるだろう。生水にも気をつけて。治安はどうなのだろうか。相手の男性は社会的な地位がある人だという事だから、苦労をするのではないかと心配だ。それに園子は可愛いから、結婚しても変な男が寄って来るかもしれない。護身術を習うのも一つの手段だと思う。それを忘れていた。料理じゃなくてそちらを教えてやればよかった。料理も大事だけど。
多分これからずっと今園子はどうしているのかなと考えると思う。できれば笑っていて欲しい。笑っている園子は可愛い。でも可愛いと変な男が寄って来るから程々に。何が書きたいんだろう俺は。
八丁堀のマンションはずっとあのままにしておくから。時々俺が行って園子の事を思い出す場所にする。園子も隅田川の花火を見たかったと思う。だからいつ帰って来てもいい。
元気で。俺も兄貴も元気でいると思う。家族になった日は爺さんになってもずっと毎年祝う。園子はきっと可愛い婆ちゃんになるんだろうな。俺は偏屈ジジイにならないように気をつける。年を取っても、ずっと俺たちは兄妹だから。まとまりのない文章でごめん。元気でな。
勇二
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最初読んだときは泣きました。ちょっとだけ。今読み返すと、勇二兄さんの気持ちがわかるような、そんな気がしてちょっとだけ笑いました。うん。わたしも、今そんな感じ。兄さんがわたしの不在を感じるように、わたしも兄さんや、レアさんの不在を強く感じる。
次の日には美ショタ様から連絡がありました。試験は終わったけど、出発は週明けすぐでいいかって。いいですよ、とお返事しました。……心の準備はなにもできていませんがね!
なんにせよ、先にレアさんのところへ行ってお見舞いをします。それからグラス侯爵領です。とにかく、レアさんの無事な姿を見たい。じつは美ショタ様、わたしが帰って来る前にお見舞いへ行ったんですって。でも、そのときはまだ面会謝絶だったって。
今は面会申請をすればだいじょうぶとのこと。すでにわたしの方で病院側へ伺う旨を申し入れしてあります。
蒸気機関車のルミエラの駅へ行き、美ショタ様と相談して決めた時刻の切符を買いました。アシモフたんもいっしょなので、以前マディア公爵領へ移動したときの反省を生かして一両借り上げ。警護要員も何人か。きっとそこにアベルがもぐり込むと思います。はい。
週末にはミュラさんとイネスちゃんと会いました。公園で。アシモフたんのテンション最高潮。前もちょっとだけお会いしたんですけど、帰ってきてからしっかりお話しするのは初めて。
「変わりはありませんか」
「おかげさまでー。ミュラさんは?」
「おかげさまで。大量の仕事に迎えられて、帰ってきたことを若干後悔しております」
「なんと……」
レテソルの公使館では、ミュラさんは昼も夜もずっと働いていて、ごはんも立食スタイルだったんですが。それすらもまだぬるいというのか。どんだけこきつかってるんだよリシャール。そのうち逃げられるぞ。
「……レアさんに、会いに行かれるんですね」
ミュラさんがぽつりと言いました。わたしはうなずいて「はい」と言いました。
たぶん、ミュラさんも着いて来たいだろうな。そう思ったので「いっしょに行きませんか?」とわたしは言いました。
「……職務がありますので。わたしからの、あいさつを伝えてください。とても心配している、と」
こんなときぐらいやめればいいのにね、優等生。なんとなくなんですけど、わたしはグーでミュラさんの肩を押しました。なんとなく。
そして、週明け。
「……やけにこざっぱりした持ち物だね」
わたしの旅装を見て、美ショタ様がおっしゃいました。
「えーと……。どんな服がいいのかわからなくて……」
レアさんがいる街で、見立ててもらうことになりました。はい。






