208話 やっぱだめかあ……
「すっごくおっきくなったねえええええええ!」
親戚のおばちゃんムーブ全開で言ってしまいました。だってたぶん、美ショタ様くらいになってる。すごい、わたしよりちょっと大きかったくらいなのに。成長期さすが。
トビくんはちょっとてれた感じで笑って、「ソノコが買ってくれた服、ちょうどよくなった」と言いました。なんてかわいい。いくらでも買ってあげよう、近う寄れ。
オレリーちゃんにも会いたいんだよね、とわたしが言ったので、お昼ごはんを食べにみんなで行くことになりました。なんかアベルとトビくん、初対面ではないらしくて、トビくんが帽子を取ってぺこっとするとアベルはひとこと「おう」と言いました。まあ接点はあったしね。
ピエロさんから名刺を渡されました。そして「お願いだから、一度取材をさせてほしい」と懇願されました。丁重にお断りしました。家の所在地を聞かれたので「来週から留守にするのでいません」と言いました。どこか尋ねられたので「グラス侯爵領です」とだけ伝えました。はい。
移動するのに循環の蒸気バスを使いました。わたしは、なんかうれしくて。アウスリゼに、はじめに来たときみたいで。
ああ、いいねこの、ちょっと不自由な感じ! うきうきしてるのがバレて、アベルに笑われました。
「――ソノコーーーーー!!!!!」
お店に着いたときの、オレリーちゃんの絶叫がまた。やっぱりちょっとおっきくなっていて、でもちょこまかと動き回る様子はまるで変わっていなくて、にこにこしてしまった。
奥の丸テーブルに通されました。わたしとトビくんは日替わりランチを頼んで。アベルは単品でコーヒーを頼んだんですが、日替わりランチとコーヒーがそれぞれみっつきました。いいんじゃないでしょうか。オレリーちゃんは席に運んで来るたびにわたしへ、にっと笑って前歯を見せてくれました。上の歯が生え変わりで穴あきなの。かわいいったら。そして無言でじーっとアベルを見て去って行きます。もう、なんかなにもかもアウスリゼだしルミエラって感じ!
「ソノコ、刺されたって。だいじょうぶなの? もう平気?」
ごはんをつつきながら近況報告会。ちょっと声をひそめながら、心配そうにトビくんは尋ねてくれました。わたしは「うん、おかげさまで問題ないよ!」と言って、「トビくんたちは、どうしていたの?」と尋ね返しました。トビくんはちょっと頬を赤らめて言いました。
「うん、うん……あのね。おれたち、本当にソノコに感謝しているんだ。ずっとお礼が言いたかった、ありがとう」
「……どういたしまして?」
「うん、ソノコは知らないかもしんないけど。でも、おれたちはソノコが言ってくれたからだって知ってるんだ。あのさ、春先に、おれたち公営住宅に移れて」
「えー⁉ よかったね、よかったねえ!」
わたしが手放しでよろこぶと、トビくんは「ソノコのおかげなんだ」ともう一度言いました。わたしなんかしちゃいましたか? 話を聞いてみると、わりとなつかしい話が出てきました。
「ソノコが、ボーヴォワール宰相に陳情してくれたって聞いた。おれたちみたいな、学校行けていない子どもの家を助けろって」
「……ちょっとまって? え? ――あー」
あれです、経団連フォーラムです。お昼ごはんをシリル・フォールさんと食べていたときに、そんな話をしました。わたしみたいな外国人の就労も大切だけど、それより自国民先にどうにかした方がよくない? みたいな。オリヴィエ様は隣の席でその内容もしっかり聞いていらっしゃって。たぶんなにかしら動いてくださった、ということなんですかね?
「――それでさ、冬のうちに、調査員みたいな人が来て。おれたちの家が、国の支援必要な家だって認定もらって。……すぐにではないけど。おれも、オレリーも、仕事辞めることになると思う」
「え⁉ それって!」
「……うん。学校、行かせてもらえる」
「やったーーーーー!!!!!」
涙が出そう。すごくうれしい。
トビくんは、いつかお役人になってお母さんを助けてあげたいって言ってた。オレリーちゃんは、たくさん服を作る人になりたいって言ってた。よかった、よかった!
これまで飲んだ、どのコーヒーよりも美味しく感じました。本当にうれしい。
わたしからは、いろいろあって婚約したっていうことを小声で伝えました。トビくんはびくっとして「え⁉ その人と⁉」とアベルを向いて言ったので即座に否定しました。はい。アベルは「ひでー」とちょっと傷ついた顔を作りました。
「えっえっ、だれ? おれ知ってる人?」
「……うん。うん。知ってる、かな」
「だれ? ピエロさん? ヤニックさんじゃないよね?」
「ちがうね」
「じゃあだれ?」
すっごく食い下がってきて。白状せざるを得ませんでした。さらにさらに小声で「……ボーヴォワール宰相閣下です」と言うと、トビくんは硬直しました。アベルは「まあそうなるよなー」と日替わりランチをちゃんと平らげた上でコーヒーをすすりました。
「……そっか。それで、おれたちのことも言えたんだ」
「えっとそれは誤解ですっていうかあのころはそうじゃなかったというかあり得ないっていうかそもそもどうしてこうなったっていうかいろいろもろもろ信じられないのはわたしもいっしょでちょっとどころでなく未だにわからないというかなんでこうなったっていうのは説明しづらいことなんだけどどうしてかなって自分でもちょっと言語化しにくいところがあってだからその件はなんともいかんともしがたいなにかがあって」
「うん。……うん。わかった」
トビくんはすー、はーと深呼吸をして、ちょっとお店の外の方を見ながら「……お祝い言うのは、今度でもいい?」と言いました。
「うん。うん、あの。うん」
「じゃあ、おれ仕事戻らなきゃ」
そう言って席を立ったトビくんは、どの記憶にあるトビくんよりも大人びて見えました。
「……まあ、なんつーか。おまえも罪作りだよなー……」
会計を終えた後、トビくんが走ってラ・リバティ社へ向かって行く背を見送りながら、アベルがそんなことを言いました。なんだねそれは、どういう意味だ。
アベルはオリヴィエ様から個人的にわたしの警護みたいのを頼まれたんだそうです。それってきっとオリヴィエ様はこうやって堂々とわたしと行動をともにしろって言ったわけじゃないと思いますけど。
午後からは、なつかしいルミエラの交通局へごあいさつ。お孫さんが六歳のおじさんがいらっしゃって、両手で歓迎してくれました。お孫さんは七歳になったそうです。それにわたし担当だったトゥーサン・セールさんも。他にもたくさんいろんなおじさんが声をかけてくれて、持っていったお菓子よりもたくさんの種類のお菓子をいただきました。はい。
しかもですね、わたしとチームを組んでくれていた、ジャン=マリー・シャリエさんにも偶然会えたんです。カチカチを返却しに来られたところで。もうすっごくうれしい。どれだけお世話になったことか。もらったお菓子を半分お渡ししました。お子さんがよろこぶってよろこんでくれました。
「彼氏くんも元気そうでよかった。仲良くやってるんだねー」
「いえ、こいつは彼氏じゃありません」
「シャリエさん、元彼になっちまいましたよ、俺」
シャリエさんはちょっとわたしたちを見比べて、「なんか……君たち複雑なつきあいだね」とおっしゃいました。そうでしょうか。
さて、家に戻るわけですが。以前と違って隣に住んでいるわけではないアベルはどうするんでしょうか。とりあえず、お願いしたいことがあるので「うち、来る?」と聞いてみました。
「おっ、いいの? 彼氏いない間に他の男連れ込んで?」
「あんた、前にあんだけわたしの部屋に不法侵入しておきながらよくそんなこと言えたね……」
「だってさー、俺、今は元彼だし? ちょっとはわきまえてるし?」
「それはけっこう。わきまえたまま、ちょっと来てよ。見てもらいたいものがあるんだけど」
アシモフたんがアベルの回りを「だれ? だれ? あそぶ? あそぶ?」という感じでぐるぐるしました。アベルがモフったらそれでお友だち判定されたみたいです。顔べろんべろんされていました。はい。
とりあえずわたしの部屋まで来てもらいました。ぬいヴィエ様を見て吹き出したあと、アベルは「……まだ持ってたんだな」と言いました。
「なに? なにを?」
「俺が買ったやつ。――800ラリの」
「ああ!」
ぬいヴィエ様といっしょに飾っている、わんこの小物! カチカチやっていたときに、ランチを食べたお店でアベルが買ってプレゼントしてくれたものです。
「そりゃ持ってるよ。お気に入りだもん。捨てるわけないじゃん」
「そうかよ」
わたしはタンスを開いて、アベルへ言いました。
「あのね。実家から、服持って来たんだけど。……この国的にどうか、見てほしい」
一希兄さんが買ってくれた服です。とりあえず、白のリバーレースの膝丈ワンピは「物が良ければいいってもんじゃない!」と言われ、白のきれいめワイドパンツは「ありえねえ!」とのことでした。はい。
……えー、どうしよう。好きなんだけどなあ。






