203話 拝啓 田中よしこ殿
こんにちは、園子です。
達者だろうか、田中殿? 先日はお世話になり感謝したてまつる!
突然の手紙で、きっとおどろいたよね。よしこちゃんへ書いたことがある手紙は、授業中に回した折り紙ルーズリーフだけで、こんな風にあらたまって書くことに、ちょっと緊張しています。
急だし、一方的なお知らせになってしまって申し訳ないんだけれど、わたし、遠い国へ移住することになりました。もう帰って来ないと思う。なので、これが最後の連絡です。
先日よしこちゃんと会って話せたときには、まだぐらぐらしていた気持ちがやっと固まって、こうして言葉として書けるようになりました。それは、よしこちゃんに会えたからでもあり、その後にあったいろんなことのお陰でもあります。ありがとう。よしこちゃんに会えて、本当によかった。それは先日の件だけじゃなくて、わたしが鞍手町へ行った、中一のときのことから。
そのことをたくさん考えたら、つたなくてもいいから、ちゃんと自分の気持ちの言葉を書こうと思いました。
あらためて考えると、本当に多くのことをよしこちゃんから学び、たくさんのものをもらいました。その感謝をどう伝えたらいいのかわからない。ありがとう。その一言です。
たぶん、よしこちゃん自身はわすれているようなことでも、わたしの中でとても大切な思い出になっているものがいっぱいあります。あのね、色違いでランチョンマットを買ったことがあったでしょう? 中二のとき。手織りインド綿のやつ。友だちとおそろいのものを買うのとか初めてで、すごくうれしかったんだ。ありがとう。あのね、そんな小さくて大きい思い出がたくさんある。たくさん、たくさんある。
ぜんぶにありがとうって言いたい。伝えないで後悔したくなかった。
よしこちゃんにお願いがあります。これだけは、どうかわたしの願いを聞いてほしい。
先日会えたとき、お腹の赤ちゃんの動画を見せてくれたよね。すごいなあって思った。すごいことだなあって思った。よしこちゃんは、お母さんになったんだね。すごいことだよ。
あのね、わたし、わたしの両親に会ったの。最初からなにも期待をしていなかったから、とくになにも感じなかった。社会的立場がどんなものなのかはわからないけれど、わたしにはちょっと、尊敬できない人たちだった。どうしてあんな風になってしまったのか、わたしにはわからない。
よしこちゃんは、お母さんになった実感について言っていたけれど、あの人たちにはそんな気持ちはなかったのかな。わからない。でも、わたしとあの人たちは、血縁であるというだけのつながりしかなかった。そして、それでいいとわたしも思ってしまったんだ。
よしこちゃんは、きっとあんな風にはならない。確信している。だからね、お願いなんだけど。娘ちゃんに『園子』って名前をつけるって言ってくれたじゃない? あれ、考え直してくれないかな。
あのね、わたしの祖父母が田中だったこと、覚えてる? わたし、ずっと田中になりたかったんだ。だからよしこちゃんが田中になるって聞いて、すごくうれしかった。そして、娘ちゃんに園子ってつけるって言ってくれて、『田中園子』の可能性を見せてくれて、うれしかった。本当にうれしかった。わたし自身が、よしこちゃんに名付けてもらえたって思えるくらい。
だから、『園子』はわたしに持って行かせてほしい。わたしの名前として、覚えていてほしい。
娘ちゃんには、旦那さんとよしこちゃんで考えた、オンリーワンなすてきな名前をつけてあげて。きっとその方が、娘ちゃんにとってもいいと思う。どんな名前になるかな。それを聞けないのが、それだけが心残り。
これから、わたしもいつか、違う名字になるのかもしれない。だから、この名前だけは、ずっと持っていようと思う。
じつは、移住する先の方から、将来についての大切なお話をいただいています。その言葉を真剣に自分事として考えようって思えたのは、やっぱり、よしこちゃんにあのとき会えたことが大きいと思う。ありがとう。
と、書いて思い出した。加西くんのこと。
二人でお話しして、お断りしました。わたしは、彼と同じ方向を見られないと思ったから。きっと加西くんは、すてきな女性と出会って、すてきな結婚をすると思う。あらためて考えるとイケメンだね、加西くん。幸せになってほしいな。
ちょっと字が大きすぎたね。便箋七枚になってしまった。ぐちゃぐちゃな文章になってるよね、ごめんね。でも、書いたまま、出さない手紙にはしたくないんだ。このまま出しちゃいます。
伝えたいときに、伝えたい言葉を言えることが、どれだけありがたいことなのか、かみしめています。
よしこちゃんへ。ありがとう。ずっと元気でいてね。そしてよかったら、園子っていうへんなヤツがいたこと、ときどき思い出してくれたらうれしい。そして、わたしの故郷によしこちゃんっていう友だちがいることを、これからもわたしの心の中に置かせてください。
旦那さんと、おじさんとおばさん、それに、娘ちゃんによろしく! 本当にありがとう。
心からの感謝をこめて
三田園子






