196話 ちょっとお話がありまして
きょうも少ないごめんよべいべー
近所にある二十四時間営業のスーパーへ行きました。小さいお店かと思ったけどけっこうしっかりとした品揃えでした。出汁とミリンと砂糖としょうゆが混ざった調味料はないかなーと思って売場でぐぐったんですけど、そんなハイパーな調味料は北海道限定販売でした。なのでめんつゆで代用。お酒はまあ、なくてもいいよね。わたしたち飲めないし。とりあえず、お米二キロと、必要な食材を買って帰ります。勇二兄さんが来るまでまだまだ時間はあるけど。
ぐぐったレシピにあった通り、フライパンにサバを敷き詰めて熱湯をかけました。霜降りっていう作業らしいです。はい。どのくらいの時間やればいいんでしょうか。まあ適当で。アウスリゼでの調理補助経験が生かされて、しょうがの千切りがいまだかつてないレベルで千切りでした。これどれくらい入れればいいんだろう。まあいいや、ぜんぶ入れちゃおう。調味料はぜんぶ大さじ三。じゃなかったしょうゆだけ大さじ一。えっ、どうしよう。めんつゆにしちゃったから、さじ加減変えられない。まあいいや。そして味噌。火にかけてぐつぐつ。焦げないようにときどき見て。
よし、できた。さばの味噌煮。あとは直前にお味噌汁作って、ごはん炊いて。それまでの間、またオリヴィエ様の夢とか見られないかな、と思ってごろごろしたんですけど、なんか眠れませんでした。
一希兄さんからのメールを見返します。わたしからの手紙は、この短くも濃い約一週間へのお礼と、元気で過ごしてほしいっていうこと。それに、心配しないでほしいっていうこと。その内容へ触れつつ、最後にちょっと泣けるメッセージ。
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私も手紙を書けばよかったと今後悔している。もらった言葉、ずっと大事にするよ。そして私からも心からの言葉を届けたい。
まず最初に、新しい生活へのステップを踏む園子へ、祝福を。遠く離れた場所で新しい生活をする勇気や心の強さには、本当に感動しています。君なら、必ず美しい未来を築いていけると確信している。
君と共有できた時間や思い出は、私が思っていたよりもずっと少なかったと実感した一週間だった。お互い知らないことばかりだったね。君に近づいて、君から拒まれても知ろうとしなかった、これまでの自分を呪いたい。だからこそ、この一週間が私にとっての宝物になった。心から感謝している。
遠く離れてしまうのはさみしい。本当にさみしい。でも遠くにいるからこそ、私たちの関係はより大切なものになりえると信じている。どんなに遠くにいても、いつでも君のことを想っている。考えている。私の心は常に君といっしょにいることを覚えておいて。
これから毎日、たくさんの愛情と幸福が君を包み込みますように。君の言葉が私の心をなだめてくれたように、私の言葉も君にとってそうでありたい。信じてもらえないかもしれないけれど、愛しています。これまでもそうだったけれど、これからもずっと。そして、いつまでも私の妹であり、友でいてほしい。その事実が私を慰めて、強くしてくれるから。
伝えたいことが書けているか、どうにも不安だ。でもあまり書くと、後悔みたいな言葉が出てしまいそうなんだ。だからこれでやめておく。
新しい生活が、君にとってたのしくて、素敵なものであることを願い、祈っています。どうか、元気で。なにもかも、ありがとう。君に会えて私は幸せだった。私の妹として、生まれて来てくれてありがとう。
心からの愛を込めて 君の兄、一希
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ちょっとだけ泣きました。ちょっとだけ。近づかなかったのはわたしもいっしょ。そんな気持ちには一切ならなかったから、しかたがないのだけれど。
アウスリゼへ行くことがなかったら、こんな風に互いに気持ちを伝え合うこともなかったんだな、と思いました。怪我の功名。雨降って地固まる。なんかそんな感じ。わたしたちの距離感は、そんなものだったんだと思う。トラブルがなければ、近づくことができなかった。
勇二兄さんのことを考えました。一希兄さんとは、こうして感謝を送りあえたけれど。真くんさんがおっしゃったように、わたしはとても無責任だと思う。勇二兄さんからメッセージが届きました。
『体空いた 今から向かってだいじょうぶ?』
『はい、だいじょうぶです』
『なにか必要なものは?』
『だいたい買ってきたのでだいじょうぶでーす』
顔を洗って、気合い入れました。ちょうどごはんが炊きあがったくらいのときに勇二兄さんが到着しました。
「――材料、なに使った?」
群馬から持ってきた小さいテーブルにごはんとお味噌汁、さばの味噌煮を乗せて。お互い食べて。無言になりました。
「さばと、めんつゆと、しょうが……」
「……塩さば使わなかった?」
「しおさばってさばとどう違うんですか」
具体的に言うと。えぐい。えぐいくらいに塩辛い。そこにしょうがの風味。水飲みたい。勇二兄さんはお味噌汁を飲んで、「美味いよ、こっち」とおっしゃいました。とても正直な方だなーと思います。はい。
「冷蔵庫見ていい?」
「はい、どぞ」
「……あー……なるほど」
ほぼ空の中身を見て納得されました。はい。ちなみにフライパンにはまださばの味噌煮が二個あります。はい。勇二兄さんが「ちょっとアレンジするもの買ってくるから、園子、さばの身をほぐしておいてくれないかな」とおっしゃいました。はい。承知しました。スーツの上着は着ないでぱっと買い物へ向かわれて、十分くらいで戻って来られました。買ってこられたのは、ピーマンとなす。さくっと切ってぱぱっと炒めて。
えっ、すごい。まろやかになった。ごはんが進む系。
「勇二兄さんすごい」
「園子、さばの味噌煮初めて作ったの?」
「えーっと、さばの水煮缶使って作ってました、これまでは」
「なるほど」
深く深くうなずいて、納得されます。なんかこの人仕事できそう。「今日のは見様見真似な感じだったのかな」と聞かれたので、「え、ネットのレシピ見て」と答えました。
「どれ?」
「これです」
スマホを見せたら、目を見開かれました。そしてその強い視線でわたしをご覧になります。
「――園子。このサイトは、料理初心者は決して手を出してはいけない。なぜなら、全国のご家庭で使われているレシピは、そのご家庭向きの味付けにアレンジされているから。スタンダードなものはここにはないと考えていい。基本をおさえるためには、個人ではなく企業が出しているレシピを使わなければ」
「あっはい」
「たとえばここ。そして、最初のうちは調味料を目分量にしてはいけない。必ず文量を守って」
「はい」
「そして、生さばと塩さばは、別物だ。けっして混同してはいけない」
「はい……」
スパルタモードに入りました。そして、しばらく料理の基本を叩き込んでいただくことになりました。はい。
そして、とりあえず。いっしょにお片付けをしながら、お願いしようと思っていたことを聞いてみました。
「あの、勇二兄さん。お願いがあるんですが」
「なに?」
「三田義嗣さん……わたしたちの父親に、会わせてもらえないですかね」






