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191話 なつかしすぎて、ちょっと泣きそう

 小田急ロマンスカーに乗って、新宿から小田原へ。なんと、当日なのに前展望席取れたんです。奇跡すぎる。やった。最初で最後ですね。でも、モーニングを食べようと思っていた改札内のロマンスカーカフェが閉店していました。あんずソーダフロート飲みたかったのに。悲しい。

 発車三十分前までの予約で、車内販売の商品がいただけるとのことで、あわてて予約しました。とりあえずオレンジジュースと、カツサンド。あとロマンスカークッキー。お上りさんみたいですね。でももう、乗ることもないから。列車の容れ物の名物お弁当は、三日前までの予約なんですって。残念。


『――ご案内いたします。十時ちょうど発、スーパーはこね三号、箱根湯本行きです。乗車には乗車券の他、指定の特急券が必要となります。まもなく発車いたします。閉まるドアにご注意ください』


 車掌さんのアナウンスから数分後、独特の補助警報音が鳴って静かにロマンスカーが発進しました。うわあ、すごい。なんかすごい。電車でゴーみたい。ちょっと怖い。景色が迫ってくる感じ。


『到着時刻のご案内です。次の小田原に、十一時五分、終点の箱根湯本に十一時二十一分到着の予定です』


 オレンジジュースとかが届きました。やった。さっそく前を見ながらもぐもぐしていると、隣の席の男性が「あのー……」と申し訳なさそうに声をかけてこられました。


「はい、なんでしょう?」

「あの、すみません。実は、その席相方が乗る予定だったんですけど、乗れなくなってキャンセルしたんです。で、あのー、弁当のキャンセル忘れてまして。よかったら食べてくれませんかね?」

「えっ、まじですか」


 やったー! 今乗っている、赤いロマンスカーのお弁当をいただきました! ごちそうさまです! お支払いしようとしたら辞退されました。なのでお礼に車内自販機でお茶とコーヒーを買ってきてお渡ししました。クッキーも。はい。お弁当おいしい。もぐもぐ。おなかいっぱいになるな、さすがに。

 相模川の上を通過するあたりで車掌さんがいらっしゃいました。お疲れ様です。一切眠くなることなく、いくつもの駅を通過し、一時間後に小田原へ。途中で何度も鳴らされるパァーンという警笛がかわいかった。


『――まもなく、小田原に到着いたします。小田原の次は、終点、箱根湯本です。新幹線、東海道線、大雄山線はお乗り換えです。お出口は、右側です。また、重ねてのご利用をお待ちいたしております。特急ロマンスカー、スーパーはこね三号をご利用くださいまして、ありがとうございました』


 駅構内へ乗り入れて行くと、撮り鉄さんがフラッシュで迎えてくれました。え、いいなそれ一枚ちょうだい。お隣りの男性は箱根湯本まで行かれるそうです。相方さんが来られなくなったって、温泉旅行でしょうか。お気の毒に。ごあいさつして下車しました。

 高崎駅へ着いたときみたいに、「アイル・ビー・バック!」という気持ちは湧きませんでした。はい。なにせ、十六年ぶりですので。それでも、以前見たことのある景色とはちょっとだけ違う、と、記憶との差分でなつかしく感じました。

 小田原に着いたことをグルチャへ知らせます。『おつかれさま』スタンプが飛び交って、一希兄さんから『母には、園子が向かったこと伝えたから』とのことでした。在宅で間違いないってことですね。承知しました。でも時間の約束はしていないから、寄り道しちゃおう。そうしよう。とりあえず駅直結のショッピングモールに入って意味もなく最上階のスカイガーデンへ行ってみました。めっちゃ緑々しかったです。はい。

 そして、それから。まっすぐ実家へは向かわず回り道をして、小田原城の敷地を突っ切って天守閣の前を横切り、わたしが通っていた小学校へ向かいました。あじさいすんごくきれいだった! 天気は晴れ上がって気温も高く、絶好の景観でした。こういうのをたのしむ余裕があるとか、わたし図太いな、と我ながら思います。はい。

 母校ではちょうど防災訓練の日だったみたいで、整列した児童たちが校舎へ戻っていくところでした。通っていたころはとくに感じなかったんですけど、今考えると瓦屋根の小学校ってなかなかなくて、かっこいいですよね。ながめていたら、先生から「父兄の方ですか?」と声をかけられて、「あっ、いえ。卒業生です!」と答えました。


「あー、そうですか。中入られます?」

「いえいえ、外観見られただけで満足です。ありがとうございます!」


 お堀通りをゆっくりと歩きました。やっぱりなにもかも見え方が違って、でも小田原城とお堀はそのままでした。あー、めがね橋なつかしい……。そのままお堀端商店街へ。以前から拓けたところだったけれど、全体的に近代的な雰囲気になったかな。大人になったからそう思うのかもしれないけれど。すてきなカフェとかできてる。

 ちーちゃんと彩花ちゃんが、そこらへんから飛び出してくるんじゃないかと思いました。今日はなにして遊ぼうか、って三人で話すの。走り回って、知らないおばさんに叱られて。それでもおいかけっこしながら帰宅した。一番足が速いのは彩花ちゃんで、わたしは「そのこちゃん、つかまえたー!」ってそっこーつかまってた。


「つかまえたー‼」

 

 捕まりました。はい。ちびっこに。はい。


「……えーと? どこの子かな……? ママは?」

「さわじりゆいかです! 4さいです! ママは、ママです!」

「――園子ちゃん!」


 呼ばれて、そちらを向きました。ぜーぜーと肩で息をしている、茶髪をポンパにした女性。……えー⁉


「彩花ちゃん⁉」

「そう‼ 金子彩花ー‼」

「ぎゃーーー‼ なつかしーーー‼」


 お互い両手をがっちり取り合いました。びびる、なにこれびびる。ちなみにちびっこ唯花ちゃんは、彩花ちゃんの娘さんとのことです。はい。


「きのうさー! ひさっしぶりにちーちゃんから連絡あってさー! 園子ちゃんに会ったってきいてー!」

「会った会ったー!」

「『なんか、園子ちゃんに会う気がしてたんだ。きっと彩花ちゃんも会うよ』とか言われてさー!」

「なにそれエモーい!」


 めっちゃ商店街のど真ん中でキャッキャしてしまいました。すみません。

 福岡行ったあとも、二人とは文通みたいなことをしていたんです。年に二回くらいだけど。でも、荷物を処分された関係で二人の住所もわからなくなっちゃって。わたしから不義理をする形で、その関係も切れてしまって。彩花ちゃんも「手紙送っても戻って来ちゃって、心配してた」と言ってくれました。ありがとう。

 で、商店街を反れたところにある、彩花ちゃんのご実家へ。あの、ジャンボご家族が住んでいたところです。

 以前は借家の記憶だったんですが、結局買い上げて、補修とかしながら住んでいるそうです。ちなみに彩花ちゃんは二度目の離婚で出戻り生活とのこと。はい。

 背中の曲がったおばあちゃんが、記憶よりさらに小さくなっていらっしゃいました。去年百寿だったそうです。玄関先の椅子に座ってひなたぼっこされていたので、ごあいさつをしたら、にこにこと「きれいになったねえ」と言われてびっくり。えー! 覚えていてくださったんだ! 感動!


「なにも変わらずにきったない家でくつろげないだろうけど! とりあえずお茶くらいは出せるから!」

「ありがとう、おかまいなく!」

「かあちゃーん! 園子ちゃん来たよー!」


 壁紙とか家具は変わっていましたけど。なつかしい彩花ちゃんのお家でした。テレビの位置が窓側から廊下側になってる。唯花ちゃんはわたしの隣に座って、いっしょうけんめい以前飼っていたかえるの話をしてくれました。逃げちゃったって。かわいい。また飼いたいんですって。でも名前を『やきにく』にするのはどうだろうと思うよ。キッチンから「コーヒーでいいー? 暑いからアイスでー!」と聞こえたので「うん、ありがとうー!」と答えました。


「いやあー! ちょっと園子ちゃん! 園子ちゃんなのお! まあー! きれいになってー!」

「かあちゃん声でかいわ!」

「あんたの親だからね! ねえちょっとー、ウチにね、園子ちゃんとちょうどいい年ごろの男がいるんだけどね」

「やめろ! あんなの押し付けんな!」


 変わんないなあ! 金子家! うれしくなってしまう。子どもの数が少なくなっただけ。二階からドスンドスンと階段を降りてくる音がしました。


「あっ、ちょっと光也、あいさつしなさい!」

「やだよ……」

「問答無用!」


 お姉ちゃん強い。おでかけしようとしていた弟の光也くんをリビングに引っ張って来ました。わたしを見て光也くんがぎょっとした顔をしました。


「うわあ、なつかしい! おひさしぶりです、光也くん。小さいころよくおじゃましていた、園子です」

「えっ⁉ あっえっ⁉」

「おっきくなったねえ!」


 親戚のおばちゃんムーブで言ってしまいました。だって本当におっきくなってたんだもん。たぶんリビングの入り口ドアより大きい。それになんか、アメカジファッションって感じで。古着屋さんとかの店員さんっぽい。三個下だったはずだから、今年二十五歳かな。今でもチョコレートケーキ好きなのかな。りっぱになって……。


「あのさあ、あたしが家戻ってきて狭くなったから、この前いろいろ掃除してたのね。そしたら昔ビデオカメラ撮った動画、たくさん出てきてさー!」

「そうなのよー、なつかしかったわねー!」


 結局光也くんも座らされて、アイスコーヒーをすすっていました。はい。どのタイミングで聞こう、チョコレートケーキはまだ好きか。おばさんが「光也、園子ちゃんの動画まとめてたでしょ、あれどこやったの」とおっしゃって、光也くんがおもいっきりむせました。


「……ちがっ、ジャンル別に分けてただけで」

「はいはい、どこやったのさ。もってきなさいよ」


 光也くん、声も低くなってました。ちょうかわいいボーイソプラノだったのに。ちょっとなにか言いかけて、もう一度立ち上がって二階へと行って戻って来ました。やっぱ大きい。同じ人物とは思えない。

 ノートPCごと持ってきてくださって。HDMIケーブルでつないで、テレビで見せてくれます。なつかしいー! うわあー、みんな小さい、わたしも小さい!

 みんなで笑いながら見ていたら、ちょうどいい場面が出たので、「光也くん、今もチョコケーキ好きなの?」と聞いてみました。「……好きっす」と返ってきました。なんかうれしかった。なんとなく。


「この次! 次だよ!」


 彩花ちゃんが言うと、唯花ちゃんがすっと立ち上がりました。どうしたの。テレビの画面の中にはわたしが緊張した顔で立っています。……あ、これ。


『――青い月夜の浜辺には』

「あーおいぃーつきーよのぉーはーまべーにはー」


 画面の中のわたしに合わせて、唯花ちゃんが歌い始めました。ちょっと歌詞間違っているところがある。かわいい。「唯花さあ、この園子ちゃん見てから、ずっと真似して歌うのよー。親バカだけどさー、けっこうイケてると思うんだよねー」と彩花ちゃん。


「すごいよ! ぜんぜん音外してない!」

「でっしょおおおおお!」


 この動画。場所は、さっき見てきたわたしたちの母校の教室です。二年生の三学期。とある放課後。オルガンで、担任の濱坂先生が伴奏してくれて、それを彩花ちゃんのお母さんが撮ってくれた。


「……あたしは、ダメだったけどさ。もしかしたら、唯花は行けんじゃね、って」


 ちょっともじもじしながら、彩花ちゃんが言いました。わたしはなんかすごく、すごくうれしくなって「うん、うん、いける。ぜったいいける。唯花ちゃんなら、ぜったい団員になれるよ!」と声を強くして言いました。

 わたしと彩花ちゃん、児童合唱団員目指してたんです。なれなかったけれど。これは、課題曲のひとつで。彩花ちゃんはオーディションに落ちて。わたしはオーディションを受けさせてもらえなくて。

 彩花ちゃんママが、この動画を撮ってくれたのは、わたしの両親を説得するためでした。

 なつかしくて。本当になつかしくて。「ぎぃーんのぉーつばぁーさーのー」という唯花ちゃんの声を呼び水に、わたしと彩花ちゃんも最後の部分、「はーまちーどーりー」といっしょにハモりました。


『浜千鳥』(1920年)

作詞:鹿島 鳴秋、作曲:弘田 龍太郎


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感想おきば



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― 新着の感想 ―
[気になる点] ロマンスカーで出会った、相方が急遽キャンセルの男性、一希兄さんの部下では? [一言] 偶然(ホントに?)とはいえ、懐かしい友との再会。うれしいですよね。 でもこれ、お別れの挨拶回りな…
[良い点] やっぱり園子ちゃん周りには恵まれてる。良い子に育ったのはそのおかげですかね。 それと、光也くんの初恋盗んでませんか?
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