19話 いい人生だった
「ソノコ、年下が好きなわけ? だから俺眼中にないの? 大人の魅力あふれすぎてる俺じゃだめ?」
「大人の魅力っていうか自意識があふれすぎてませんかその発言。そもそもあの子十二歳で、わたし二十七歳ですよ。犯罪じゃないですか。自分の子どもみたいな子をそんな目で見るわけがないでしょう」
「ソノコがそんな目で見てなくてもさー、あのガキはソノコのことそんな目で見てたじゃんー」
「えうそなにそれかわいいまじっすかちょうかわいい」
「なんだよ、アリなのかよ!」
いや、ないんですけどー。ないんですけどー。かわいいショタが慕ってくれているのは純粋にうれしいっていうかー。かわいいじゃないですかー。母性本能的ななにかでー。右カチカチッ。やだにやけちゃーう。かわいーっ。
「なんだよムカつくなー! 俺と話しててもあんな楽しそうなことないじゃん」
ヤンキー座りのままぶつくさ言うので見た目まるっきりヤンキーです。左カチ、右カチッ。茶髪だし。
「わたしたちの間で楽しい話題ある方がおかしいでしょうが、わたしとなんの関わりもないお隣さん!」
「なにそれふつーに傷つくんだけど。ソノコにとって俺ってそこまで軽い存在なわけ?」
上手いなこいつ‼ さすがやな‼ なにその上目遣い。たった二週間ちょいのお隣り付き合いでそのセリフ使うとかすげーな。自信ありすぎるのか遊びまくってるのか。両方だな。両方だわ。
「軽いに決まってるでしょうが」
「ふーん。まあいいよ。じきにわかるから、俺が重い男だって」
「あっ、そのセリフがすでに重い。ご遠慮申し上げますさようなら」
いつも通り夕方に仕事を終えました。今日は午後からずっとアベルがふてくされてヤンキーしていたのでご近所さんの差し入れはなかったです。そういえば一昨日いただいたモアイこけしは、出勤用トートバッグに入ったまま。なんとなく。出しそびれたというか忘れていたというか。家に置いといたら帰ったとき位置が変わってそうというか。いろいろな事由がございます。はい。
これでここの現場は終わりです。椅子はいつものお宅に預けておいたら、あとで交通局の方が馬車で回収しに来てくれるそうです。
座布団は私物なので外して預けて、「お世話になりましたー!」と中に声をかけたら、「おつかれさまー、がんばってねー!」と奥から声が返ってきました。夕飯の支度どきですからね。お忙しいのです。
交通局にカチカチと数値記録票を届けます。ひとつの現場が終わるごとに一度返却するのです。わたしが使っていたのは7番でした。ありがとうカチカチ7。達者でなカチカチ7。もしまたわたしのところにおまえが来たら、べつになにもないけど、とりあえずがんばろうな。
めずらしくアベルが交通局まで着いて来ます。なんか以前から嫌がって近寄ってなかったのに。でもなんとなく距離おいてますね。わたし担当のひょろっとしたおじさん(トゥーサン・セールさん。見た目お父さんな感じなのでたいへん覚えやすい)に声をかけます。
「おおー、初現場おつかれさま! がんばったなあ!」
途中で来なくなる若者が多いと聞いていますのでね。おおげさでもなんでもなく本当に褒めてくださっているのだと思います。ありがとうございます。
あめちゃんくれました。知っている人になったのでなにも言われないと思います。事務机に着いて、現場終了報告書の書き方を教わります。携わったのはわたしとジャン=マリー・シャリエさん。二人の名前を最後に記入して、監督のサインをもらったら終わり。任務完了、やったー‼
次の割り当ての話も出ました。とりあえず今週はこれだけで、来週から違うところに派遣されます。次は二十四号地区のコブタ通り。かわいい。一応わたしは若い女性ということで、危なくなさそうな地域を選んでくれました。あと通いやすいところ。ありがたいです、ありがとうございます。次もシャリエさんとのチームになりそうです。
挨拶をして帰るとき、事務所入口に貼ってあるポスターが目に入りました。衝撃を受け、早足で近づきます。そしてある一点を凝視しました。
オリヴィエ様……‼ 我が最愛オリヴィエ様のモノクロバストアップ写真……‼
「あー、ソノコちゃん、そういうの興味あるかい? 明後日だけど、行くなら交通局員席空いてるか見てみるかい?」
「はいぜひお願いしますなんでもしますから」
「おお、すごい、勉強熱心だねえ!」
俺たちは査定に響くからなー、ぜったい出席するけどなーと笑いながらお父さんおじさんのトゥーサン・セールさんは言いました。わたしはむしろ全財産没収されてもいいので出席させていただきたいです。経団連フォーラムだそうです。基調講演がオリヴィエ様だそうです。しぬ。考えただけでしぬ。動いていらっしゃるオリヴィエ様。お話されているオリヴィエ様。しぬ。調べてもらっている間も穴が空くほどポスターを見ています。実写オリヴィエ様、実写オリヴィエ様のご尊顔……! しぬ。我が生涯に一片の悔いなし。今ここでころしてここに埋めて。いやだめまだしねない。参加してからじゃないとしねない‼
「空いてる空いてる。まああのホール広いしな。どこの席がいい、ソノコちゃん」
「目が悪いので! 目が悪いので! わたし目が悪いので‼ なるべく講演者がよく見える場所で‼」
オリヴィエ様のお姿を拝見するのに両目1.3は悪すぎる。
「すごいなあ、眠ってるのバレないようにみんな後ろ行きたがるのに。じゃあ一番前にしちゃう?」
「アリーナAブロック……だと……?」
「んー、なんだいそれ?」
ホールなのでアリーナではないようです。それにしても最前列はステージから二十歩くらいしか離れていないらしいです。しぬ。それ真横に居るのと同じこと。しぬ。交通局の割り当て席が右端で、ちょっとステージからは死角になりそうなのはなんたる僥倖でしょうか。途中でしんでもオリヴィエ様を煩わせることなく済みそうです。ああ良かった。いい人生だった。
あさって……午前中からオリヴィエ様のライブ、行ってきます‼
そしてわたしはトゥーサン・セールさんに土下座する勢いでお願いしました。
「このポスター、イベント終わったら捨てちゃいます? ……後日いただけたりしません?」
掲示期間過ぎたらいいよー、取りにおいでーとのことでした。
わたしの墓に入れてもらおうと思います。






