189話 あっ、はい
『キュン死中』
真くんさんが撮ってくださった写真の中から微奇跡の一枚を選んでグループチャットに共有したら、即一希兄さんからそんなスタンプが届きました。そうですか。勇二兄さんからは『よく撮れてるね! 共有ありがとう!』という返信がありました。はい。
あの後ですね。勇二兄さんがつぶれました。はい。飲んでたコーラのお酒、度数高いやつだったらしいです。はい。わたしもですね、ぐったりしました。おいしかったから二本も飲んじゃって。ふにゃふにゃなのでみんなで雑魚寝しました。はい。
で、朝起きて。勇二兄さんがちょっと青い顔しながら朝ごはん作ってくれて、わたしは三人のチャットグループ作って。入りたがった真くんさんへ空気読めって勇二兄さんが言って。一希兄さんが社則を持ち出して、こじつけでわたしとの個人連絡先の交換を阻止してくれました。はい。みごとに「いーよいーよ、僕だけ仲間はずれなんでしょ!」とすねていましたが、そりゃ家族チャットのグループになんであなたが入るんですか、という。あとなんか理解不能なスタンプ送って来そう。
「わかったよ。じゃあしかたないから、Bluetoothで受け取ってよ、園子ちゃん」
「え? なにをです?」
ペアリングとかすんごいひさしぶりにした。まだ生きてたんだこの機能。写真が届きました。二枚。……ふぎゃあああああああああ!!!
「なに撮ってんですかあああああ!」
「いやあーなんかかわいかったからぁー」
めっちゃ寝顔でした。二枚目は兄さんたちと川の字のやつ。「寝相そっくりな瞬間撮れてウケたよォ」とのこと。わたしの顔加工してから二人に送って怒られてもらおう。そうしよう。
チャットグループ作った理由は。なんか、この、アラサーとアラフォーの兄妹がいまさら「ご趣味は……」とかやるのわりとホラーだなって思ったんですよ。でもその段階からいろいろわからないんですよ。困ったね。なので、心理的な障壁とかも低そうなチャットにしました。ずっと顔合わせていられるわけでも、いたいわけでもないですし。はい。
そして、兄たちはビジネス用のSNSにプロフィールを載せているのでそれ参照してくれ、みたいな感じだったんですけど。いちおうわたしも見るためにアカウント取得しましたが、どこぞのCEOとかエバンジェリストとか逃げちゃダメそうな肩書きの人ばっかりいる中、華麗なる一般人のわたしが自分の経歴やらなんやら書き込めるわけがないですね。そうですね。はい。
そしたら勇二さんが「以前デザイナーの面接をしたときに、ポートフォリオについていたプロフィールがわかりやすかった。テンプレートあるはずだから調べてあとで送る」と言ってくれました。ありがとうございます。ポートフォリオってなんですか。
とりあえず朝食後に解散して、メンズ三人は出勤して行きました。なぜか知らないですけど勇二兄さんの部屋なのに一希兄さんの着替えも真くんさんの着替えもあるんだそうです。ふしぎだね。わたしはまっすぐ八丁堀のマンションへ戻ります。ちょうど着いたあたりで、勇二兄さんからテンプレートが来ました。が。ちょうビジネス。自己PRとかなに書けと。ちょっと悩んでから、『似たようなテンプレ探して、そっちに書いてもいいです?』とメッセしました。すぐに『もちろん!』と返信がありました。
……なんだか、いろんなことがいっぺんにあった気がします。とりあえず、わたし、わたしがわかりました。わたし、行く気なんだね。アウスリゼに。はい。ということで、今日は、お片付けしよう。これまでとは、違う。
その前にプロフィール書いて送ってしまおうと思って、PCでそれっぽいのを探しました。なんか軽めのやつあった。小学校卒業のときにみんなで回して書いたプロフィール帳みたいなやつ。まあこれで十分だね。グリーンのにしよ。書いて、さくっと画像をグループチャットに送りました。数分後に一希兄さんから返信がありました。
『かわいすぎて涙出た』
『なにこれ、なにこれ』
『私も書く』
二十分後くらいに一希兄さんからも同じのが返って来ました。はい。40さいって書いてありました。はい。さらに三十分後くらいに勇二兄さんからも。32さいって書いてありました。はい。なにやってんだわたしたち。思い出して、三人川の字の写真をわたしの顔部分を隠して上げたら、即リアクションがありました。
『GJ滝沢』
『ときどき使えるよね彼』
『元データもらいました 送ります』
『ありがとうー、待受にしようかな』
いや怒ってもらおうとしたのだが⁉ 計算外でわたしはとりあえずくまさんの『ちょ、待てよ』を送っておきました。はい。……もういいや。
そのあとガンガン質問が飛んできました。『趣味の映画鑑賞ってどんなの観るの』とか『好きな食べ物:柑橘類って、すっぱいのもだいじょうぶ?』とか。なんであれだけの情報からそんなに疑問が湧くの、という勢いで一希兄さんから。ときどき合いの手のように勇二兄さんから。二人暇なんでしょうか。なんか疲れるので即レスやめました。はい。
で、片付け、します。未開封だったダンボールのひとつを、開けて中身を確認しました。よし。
買取専門店の位置を確認。渋谷か。タクシーだとどのくらいかなー。とりあえずチャットに『出かけるので返信遅くなります』と打ちました。即座に二人から『いってらっしゃい』『足元に気をつけて』と飛んできました。二人暇なんでしょうか。
……片道三千円越えました。たっか。まあ、ダンボール持って乗り換えとかできないし、しかたがない。
店頭持ち込みで、これまで群馬で買い溜めたお宝……同人誌を売りに来ました。はい。ええ。……あ、ちょっと泣きそう。
あえて。あえて、群馬で梱包したときのままで。なにひとつ手にとって読むことなく。持ってきました。二桁の真ん中くらいの冊数です。六割がグレⅡです。わたしの人生そのものです。あ、むり泣く。涙出る。中学生のときに入手して鞍手町のお家と一緒に処分されてしまった同人誌は数知れず。グレⅡ公式神絵師様のオレンジ純先生が描かれたグレⅡの同人誌も、群馬に移住してから根性で再入手したんです。それも入っています。
……それはある意味公式グッズだから処分しなくていいのでは? そこに描かれたオリヴィエ様はオリヴィエ様なのでは? だって公式絵師さんの同人誌だよ? オリヴィエ様そのものが描かれているよ? それはもうオリヴィエ様自身の紙媒体化と言えるのでは???? ……と重いダンボールを抱えたまま降りたエレベーターの前と店舗入口の間で懊悩していたら、なにかを察したらしいコスプレ店員さんが声をかけてくれました。お客さんから通報されたのかも。あんたバカ? って言われないうちに「買い取りお願いに来ました」と言いました。はい。
「……やっぱこれやめときます」
「わかる」
女性同人誌担当の方が、買取カウンターにて深い深いうなずきで同意してくれました。でしょ。オレンジ純先生よ。まだアナログ時代の。しかもオリヴィエ様。聖典では? バチカンあたりに奉納しなくてはならないのでは? 「ちなみにざっと……このくらいです」と、店員さんは打ち込んだ数字を見せてくれました。値段の問題じゃねえんだよ、と思ったので「値段の問題じゃねえんだよ」と素で返してしまいました。このたびも深く深く「わかる」と言ってもらえました。いい人すぎる。ありがとう……。
結局、その一冊だけは持ち帰って店を出ました。わたしのばか。意気地なし。いいかげん腹をくくれよ。いやしかし聖典ぞ? この世に一万部しか生み出されなかった気高き書物ぞ? わたしはそれを十八のときに一部喪うという、許され得ぬ過ちを犯した。そしてまた、今、手放すというのだろうか! そんなことがあってたまるか!!!!!!!!
はい。とりあえず、この件は保留でお願いいたします。はい。
ビルを出て、スマホを見るとチャット通知が三十八件になっていました。……いやわたし返信遅れるって言ったじゃん。一番最後の一希兄さんからのメッセージは、『あとでちょっと、話せるかな。園子のタイミングでいいよ』とのことでした。承知しました。
東京メトロに乗って八丁堀へ向かいながら、ひとつひとつの質問に答えました。そして新たなる質問が生成されて行きました。勇二兄さんが『逆に、園子は俺たちになにかないの?』と聞いてくれて、パタリとメッセージがやみました。やめて、その期待に満ちた沈黙。とりあえず十分くらいしてから『無人島にひとつだけ持っていくとしたらなんですか』っていう、よく聞くけど回答にちょっと時間がかかるやつを質問しました。一希兄さんから即『園子』と返って来たので、『ご冗談を』スタンプを返しておきました。はい。勇二兄さんは『悩むな サバイバルナイフかな』と真っ当な返信をくれました。それにしてもこの二人暇なんでしょうか。
マンションに着いたところで『帰宅』スタンプを送ったら、それぞれから『おかえり』スタンプが来ました。今日半日で、この兄弟がファンシーなものを愛する傾向があることをなんとなく理解しました。はい。
で、手洗いうがいをしてから、一希兄さんへ電話しました。待ってたみたいで、ワンコールで出てくれました。暇なんでしょうか。ちょっとのためらうような間があってから、一希兄さんは単刀直入に言いました。
『あのね、園子。……小田原の家、行く気あるかい』
調整さんです
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喪女ミタ忘年会・反省会に参加しよっかなーと軽くお考えの方は、よかったらやっといてください