184話 だってなんか教えたらイミフスタンプとか来そうなんだもん
「早かったじゃん」
「うん、送ってもらえて」
約束よりも二十分も前なのに、待ち合わせ場所に佇んでいた加西くんは、どこか達観したような表情をしていて。なんか本当に申し訳なく思って「なんか、本当に申し訳なかったです」とわたしは頭を下げました。
「――うん。うん。それはいいんだ。……三田のせいとかじゃないのは、わかってる」
歩いて、目についたカフェへ入りました。朝からコーヒーばかりを飲んでいたので、わたしはオレンジジュースをたのみます。加西くんは、じっとメニュー表を見上げて迷ってから、アイスコーヒー。わたしがジュースを選んだとき、加西くんは少し笑って「っぽいよね」と言いました。
奥のテーブル席に着いて向かい合いました。加西くんは、福岡の岩田屋さんのおもちゃ売り場で再会したときみたいにちょっと疲れた目をしていて、それでもまっすぐにわたしの目を見返しました。そしてためらうような間をおいて「――いきなり、本題で申し訳ないんだけどさ」と口を開きます。
「……俺さ、ガキのころから結婚願望、強かったんだよね」
わたしは無難に「そうなんだ」と返しました。わたしにはその願望が皆無なので、共感できなくて。すみません。
「親が……なんだかんだ言いながら、けっこう仲良くて。俺も大人になったら、いつかこういう家庭を築くんだろうなって、ぼんやり考えてた」
そうだね。なんとなく、中学時代のことを覚えています。学校公開日には、いつもご夫婦でいらしていたイメージ。
加西くんには、たしかふたつ年上のお姉さんがいらして、下校時に四人で並んで歩いていく姿を見たことがありました。わたしにとっておとぎ話みたいなその光景は、すごく『良い』ものだな、と感じた記憶があります。加西くんは「……こんな感じの、家がいいなって、夢見てた」とつぶやきました。
「――三田が転校して来たとき。すげーかわいい子来たなって、沸いた。それに、みんなサボる放課後の水飲み場清掃、よくひとりでやってたじゃん。……あれ見て。あー、こういう子と結婚できたら、幸せだろうなって思ってた」
「……それは、それは。高い見積りありがとうございます」
「ホントだって」
「うん、べつに、疑ってないよ」
ちなみに水飲み場清掃を管理していたのは国語担任の先生でした。因果関係はわかりませんが、わたしは三年間ずっと国語が五でした。はい。
「姉貴も、結婚早くて。姪っ子もう小一だし。俺もそろそろかなって思ってた」
加西くんは、もらったガムシロを指でいじりながら、じっとアイスコーヒーを見つめました。わたしは、なんて返したらいいのかわからなくて、オレンジジュースを飲みました。でも、ちゃんと言わなきゃだめな気がしたから。加西くんへ向き直ります。
「――あのね、加西くん。わたし、加西くんのこと、友だち以上に思えない」
「うん」
「それにね、わたし、加西くんが考えてるような、いいお嫁さんになるような人間じゃないよ」
「そうなんだ」
「そうだよ。わたし――」
なんという言葉がふさわしいのかな。わからなくて。でも手探りで、わたしが感じたことを口にしました。
「――わたし、加西くんと同じ夢、見られないと思う」
幸せになってほしいって言われた。よしこちゃんに。あんたも幸せになっていいって言われた。愛ちゃんに。いっしょに、幸せになりたいって言われた。加西くんに。さっき叔父さんと一希さんには、幸せですって言ったけど。みんなの言う幸せが、わたしはわからない。
ごはん食べて、お風呂入って、寝て、起きて。平穏な生活をして、いつかいなくなる。
みんなと同じことをしているのに、なんでみんな、今のわたしのままでいてはいけなさそうに、わたしのことを急き立てるんだろう。
ちょっとだけ責められているような気がして、泣きそうな気持ちになりました。泣かないけど。加西くんは、「……うん」とひとこと言って。
「――俺、三田の実家のこと知って、正直、びびった。俺とは違う世界の人なんだなって。……俺が、勝手に三田のこと夢見てたんだなって、思う。振り回してごめん」
ちょっと頭を下げて、そう言ってくれました。そして「……外国の彼氏とは、同じ夢、見られそうなの」と尋ねられました。はっとして、わたしは「……わからない」と言いました。
「――でも。……その努力、は。……したい……と思う」
沈黙が落ちました。ざわざわと、ジャズ系のBGMに混ざって周囲の人の声が聞こえます。ちょっとしてから加西くんは、「俺の電番、着拒しといてくんないかな」とつぶやきました。
「え?」
「初恋こじらせた男の女々しさ、なめんなよ」
そう言うと、加西くんはストローを外して直接グラスからアイスコーヒーを一気飲みしました。
飲み終わってグラスを置き「苦い」とつぶやいて。続いて「――俺、アイスコーヒー嫌いなんだよ」と言いました。
「……じゃあ、元気で」
立ち上がって、加西くんは去って行きました。わたしはその背中を見ることができなくて、取り残されたガムシロをじっと見つめました。
……きっと、加西くんはわたしのことを本当に好きでいてくれたんだと思う。
ごめんなさいという気持ちと、その気持ちは失礼だ、という思いがごちゃまぜになって、整理できませんでした。
ちょっとの間、そのままぼーっとして。
「……よし、ケーキ食べよう」
声に出して言いました。ちーちゃんのシフォンケーキは帰ってから食べるけど。それはやけ食いとは別腹。レジカウンターまで注文しに行こうと席を立ちました。そしたらさっきまで加西くんが座っていたソファへ、ケーキが数種類のったお皿を両手に持った男性が「はぁーい」と言いつつすっと座りました。
「全種類買って来たから、いっしょに食べよー!」
「あ、ども」
勇二さんの秘書の滝沢さんでした。ケーキは六種類。なんでここにいるの。しかも「ちょっと待って、アイスコーヒーも買ってくるから。僕は、好き!」とか言いやがられました。おい。
「いやあ、かわいいとたいへんだねぇー! ハラハラしちゃったー!」
「どこから見ていらしたんですか……」
「見てたわけじゃないよォ、聞こえちゃっただけでー。『俺って結婚願望強くて』のあたりから?」
「ほぼ最初からじゃないですか……」
ちゃんと会話するのは初めてです。でもなんとなくどういう方なのか把握してしまった気がします。えーと、フォークを渡されましたが、それぞれで分けるんじゃなくて同じケーキをつつきましょう、ということなんでしょうか。……まあいいや。
「勇二さんに頼まれたんですか」
「そう、勇二に頼まれたの」
「いいって言ったのに……」
「いいじゃんいいじゃん、おもしろいよ。いっつもすまし顔のあいつがてんてこ舞いしてるの。全力で振り回してやって~」
ケーキのフィルムをぜんぶ外してから滝沢さんはお名刺をくださって、「あらためまして、滝沢真でっす! 真くんって呼んで~!」とおっしゃいました。はい。まことくん。はい。
「真くんさんは、お仕事はもういいんですか」
「さんはいらない~。勇二に今日は直帰していいって言われてる! てゆーか、たぶん傷心の園子ちゃんを慰めるために全力であいさつ回り終わらせてこっち来ると思うよアイツ!」
「えー、べつにいいのに」
「うっわ、それ本人に言ったらきっと泣くから言ってみて!」
仲良しこよしじゃないんでしょうか。というかさっきまでの流れもう報告されているということでしょうか。なんか、先週株主総会だったそうで。勇二さんは太い投資家さんからいただいた質問への回答プレゼンをしに行ったそうです。いやそれわたしかまってるヒマないだろ。なんで送ってくれたのよ。
「あとさー。『外国の彼氏』、いるんだ?」
しっかり聞かれていました。フォークに刺したケーキを落としそうになりました。わたしが「……もしかして、それも報せたんですか」と尋ねると、「うん。さっき会計しながら」と言われました。
「――あっ、すごいすごい。見て、GPS動いてる。めっちゃ今こっちに向かってきてる。はっや」
「えっ」
なんで束縛激しい彼女ムーブしてるんでしょうかこの人。と思っていたら「メンヘラ彼女じゃね? とか思わないでねー! どこにいるかわかんないと秘書の仕事捗んないのよォ。本人同意の上で入れてるアプリだからねー!」とのことでした。はい。
食べている途中でさすがに口の中が甘ったるくなって、わたしはホットコーヒーをたのみました。意気揚々と「LINE交換しよー!」と言われました。なんとなく「え、嫌です」と言ったら「えっ、なんでなんで? 僕のこと嫌い? えっ、どうして⁉」と身を乗り出して言われたので「なんとなく?」と答えました。「えーん、ひどいよー! 僕こんなにイケメンなのにー」と泣き真似をされます。はい。
「――というのは半分冗談でさ、今後僕たちも連絡とれないと不便だと思うのよォ」
「そうですか?」
「そうだよォ。勇二が動けないときは、こうして僕が! 華麗に登場するわけで」
「そうだな、ご苦労だった。帰っていいぞ」
息を切らした勇二さんがわたしの隣の席に座りました。はい。真くんさんが「ひっどーい!」と声をあげました。
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