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181話 思わぬ犠牲者が出てしまう……

『うち、来ない?』


 一希さんは声の笑顔でおっしゃいました。しかも『迎えの車、待機させてるから』とのこと。それ決定事項ってことじゃん。

 急いで身支度をして外へ。えー、せっかくなのでこの前買ってもらった服のうち、黄色の七分袖カットソーを着ました。ボトムスはピンタックが入った白のきれいめワイドパンツ。だいぶん慣れたんですけど、アウスリゼではずっとロングスカートだったので、パンツ系を穿くと足が二本あることを強烈に自覚しますね。人魚姫が人間になったときってこんな感じだったんだろうな。黒塗りタクシーさんが、びゅーんと運んでくださいました。びゅーん。

 十分くらいでいろんな大使館とかがあるエリアに来ました。そしてなんか緑に埋没というか侵食されている、比較的背の低いマンション前に止まります。「お代はいただいておりますので」と運転手さん。うん、知ってた。メーター上がってた。え、まじでここなの? とりあえずマンション名からここが南麻布なのはわかった。西館ってことは東館もあるのかな。

 入り口自体はとても普通のマンションなんですけど、一希さんが入っているんだからきっと普通じゃないと思います。どうしようかちょっとおどおどしていたら、中からキレイなお姉さんがやってきて、「恐れ入ります。三田様でいらっしゃいますか?」と声をかけてくださいました。はい、三田です。コンシェルジュサービスがあるマンションでした。ほら普通じゃない。

 案内されてエレベーターを待っていたら、中から一希さんが出てきました。「いらっしゃい、園子」と満面の笑顔。手をつながれて四階へ。たぶん逃げ腰なのがバレてる。だってこんなお高級な場所……どうしよう、新品の靴履いてくればよかった。

 勇二さんはもういらしていて、ジャケットを脱いだスーツ姿で腕まくりしエプロンをつけてキッチンにいらっしゃいました。なんか炒めものしてる。火がぼわっとなってる。なんか本格料理男子って感じ。オリーブオイル買ってくればよかったかな。

 リビングめっちゃ広い。一希さんが「和室もあるけど、そっちのがいい?」と尋ねてくださいましたが、「畳を傷つけたら困るのでこっちで」と本音を。つい本音を。見せていただいたら、なんか和室へ入る前に和室へ入るためのお部屋がありました。なにを言っているかわからねーと思うが……。しかも手を洗うために洗面所をお借りしたらサウナもありました。……え、ここ個人宅?


「ほとんど家には帰れないからね。こういうときみたいに、大切なお客様をもてなすための場所になってる」


 一希さんがワインセラーから「これ、ノンアルだから」と言いながらワインっぽいのを出してくれました。ワインっぽかったです。一希さんは違うのを開けていました。たぶんお高いやつです。勇二さんがテーブルに美味しそうなものを並べて行って、エプロンをとって席に着かれました。大きいエビ。あの大きいエビ食べたい。一希さんは「勇二の料理、そこそこいけるんだよ。ごちそうしたかった」とおっしゃいました。勇二さんは「……兄貴にしごかれたから」とつぶやきました。なんだかんだ仲良しですよねこの兄弟。

 食事中の会話をリードしてくれたのはやっぱり一希さんです。そして上手いことわたしの言葉も引き出してくれます。


「園子がいたところには、どんなものがあったの?」


 そういや、名産ってなんだっただろう。グレⅡの中ではオヴァルのムニエルっていうメニューが出てきて、あれは白身魚の料理だったな。結局わたしはルミエラに滞在していた時間より、マディア公爵領にいた時間の方が長かったです。そして、リッカー=ポルカでの記憶が色濃くて、そこで食べた郷土料理を思い出しました。


「……山間の、大きな河があるのどかな街の料理で、メ・チャンプという煮込みものがありました。芋煮みたいな、あっさりした味の。毎年五月に、その年の畑の収穫が豊かでありますようにって、みんなで食べるんだって」


 作ってくれた、交通局のノエミさんの言葉を思い出しながら言いました。一希さんと勇二さんは、じっとわたしをご覧になってそれを聞いていました。そして、一希さんがぽつりと「……いい思い出なんだね。園子にとって」とおっしゃいました。

 思い出。その言葉にちょっと驚いて。なんだか、ぜんぶ過去にされてしまったような気がして、なにか否定の言葉を口にしたくなりましたができませんでした。思い出。そうだね。思い出だよね。わたしにとっての、すごく大切な。


「二人のことも、聞かせてください」


 わたしは話題を変えました。あからさまだったのはしかたがないです。一希さんは空気読みマスターなのですぐにそれに応じてくれました。エビおいしい。「そうだな。私が留学していたことは話したよね。勇二、おまえのことを話してあげなよ」と話を振ります。勇二さんは「えっ」と声を上げました。


「それなりにこいつも特殊な経歴だから。きっとおもしろいこと聞ける」

「いや、いや、なんにも。おもしろいことなんか」


 あわてて勇二さんが否定されますが、一希さんの笑顔の圧が強かったです。はい。「あの……どこらへんを話せば」ともごもごおっしゃいました。


「んー。わたしは福岡へ行く直前までのことしかわからないのでー。当時勇二さんは高校生ですかね?」

「……高一でした」

「あー、じゃあ編入学した時期じゃないの?」

「二年から、ですね」


 へえ。そもそもどこの高校に在籍されていたのかも知らないけれども。北海道にある全寮制の男子校に移ったんですって。なんでまた。と思ったら、一希さんが「そういや、なんで編入したの? 理由聞いたことなかったね」と聞いてくださいました。さすが空気読みマスター。


「……若気の至りです」

「うん。その若気を聞いてるの」

「……兄貴も、園子さんも、いなくなったから」


 有無を言わせない一希さんの笑顔圧で、勇二さんがつぶやきました。その言葉はひそやかな声で「……俺も、いる必要がないと、思ったから。あの家に」と続きました。

 ちょっとだけ静まり返って。わたしは『あの家』を思い浮かべました。いえ、きっと三人ともみんな、考えてた。わたしは「まだあるんですか、あの家」と尋ねました。一希さんは「あるよ」と軽い口調で答えて、「今は、母が住んでる」と言いました。

 今は。ちょっと笑ってしまいました。そうか、今は。一希さんも勇二さんも、わたしが笑った理由を理解してか、同じような笑顔を浮かべました。ちょっとだけ、わたしたちは共犯者みたいな連帯を持ちました。


「さてー、夜が更ける前に、観ようか」


 一希さんがそう仕切り直してくれて、夕ご飯はおしまい。片付けて、めちゃくちゃ大きい画面前のソファにわたしたちは並びました。わたしは真ん中。一希さんは一人で二本目のワインを開けていました。だいじょうぶなんでしょうか。そして、第二シーズンの一話目、ナルトくんがお手洗いに行ったところでわたしのスマホが鳴りました。一希さんが一時停止してくれたので、バッグから取り出したら、加西くんからでした。


「はい、もしもし」

『えーっと、三田? 今だいじょうぶ?』

「うん、だいじょうぶ」

『あのさ、休み取れて。明日と明後日』

「えっ、明日?」

『うん。引っ越しどうなった? 手伝えることないかな』


 急だなあ。わたしは「うん、引っ越しはちょうど終わったところ。お気遣いありがとう」と言いました。ソファに深く座り直した一希さんが、じーっとわたしを見ているのが右耳あたりに感じます。なに、なんなの。


『そうなんだ。お疲れ。……じゃあ、どっかのタイミングで、会えないかな』

「んー……」


 正直、困る。ただの友人として、会っておしゃべりするってわけではないから。あちらはきっちりと、わたしを友人以上で考えてやってくるってわかってしまっているから。どう接したらいいのかわかんない。応答に迷っていたら、右側からすっとスマホ画面が目の前に出てきました。メモ帳アプリに一言『男?』とありました。わたしは頷きました。そしたら、スワイプして『かわって』と文言が追加されました。はい。


「――こんにちは、初めまして。園子の兄です」

『えっでゅわ⁉』


 加西くんの声が漏れ聞こえました。笑う。「名前は」「年齢と所属を」「園子とはいつごろ知り合った?」と一希さんが冷たい声で詰めて行きます。ごめんね加西くん。一希さんが自分の連絡先を教えて、「では」とおっしゃって通話を切りました。

 スマホを返してもらって。一希さんはとってもキレイな笑顔で「加西くんと、明日の午後、約束したよ」とおっしゃいました。


「勇二、興信所手配しろ」

「はい、すぐに」

「待ってー⁉」


 勇二さんは席から立ち上がってスマホで「滝沢? カレブと連絡取ってくれ」となんか言っています。まって、なにするの。一希さんは「うちのかわいい妹に粉かけるヤツがどんなのか、ご尊顔拝見しよう」とにこにこされていました。まってーーーーー!!!!

 とりあえず中忍試験編途中まで見ました。ネジくんかっこいい。

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感想おきば



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― 新着の感想 ―
[良い点] 兄たちが良い感じにシスコンになりつつあって楽しかったです。 加西くん、お気の毒に…
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