172話 すみません、どゆことですか
朝ごはんは昨日のうちに「パン! パンがいいです!」と自己主張しておきました。なぜならば「軽いものがいい」とお願いしたら高級料亭へ連れて行かれたので、ちゃんと指定しておかないと朝からフルコースとか調えられそうとか思ったからです。パン、パンならお高くてもン万円とかしないでしょう。……ですよね? しないよね? ……まさかね。……。
なんか卵料理を選べるとのことだったので、おすまし顔でメニューから「フライドエッグで」と言ってみました。目玉焼きでした。まじか。フライドなのか。初めて知った。高校までで習いましたこの単語? オレンジジュースがめっちゃおいしかったです。パンは、何種類もある中から焼き立てのを選べました。おかわりできるらしいですけど、さすがにそんなに食べられないのでクロワッサンとトーストを一枚だけ。ちっちゃい瓶のジャム数種類とバターをいただいたんですけど、なんか両方お高そう。バターはぐぐったらエシレって出てきました。お高いでした。はい。ぜったい使い切れないんですけど余ったやつ持って帰っちゃだめですかね。だめですね。はい。あとサラダとヨーグルト。朝って感じ。トーストをもう一枚おかわりしました。おいしかったので。
ところでこの朝食のセット、ぐぐったら五千円越えていました。お高いでした。はい。
食後のコーヒーとかをいただいてまったりしていたら、一希さんからSMSが届きました。『起きてる?』って。はい起きてます。『11時に、迎えに行ってもいいかな?』『見せたいものがあるんだ』『よかったらそのまま軽めのお昼を食べよう?』とのことですが、一希さんの言うお昼の軽めはなにのどこらへんを指すんだぜ? とりあえず『朝ごはん美味しすぎてたくさん食べちゃったので、お昼はちょっとムリかもです!』と返しました。『わかったよ! じゃあお茶くらいにしておこうか』と返って来ました。この人めげないよね。
着替えとか持ってきていないので、昨日と同じ服装です。11時五分前に入り口へ行ったら、一希さんはもういらしていました。「おはよう」と言う笑顔が目にまぶしいです。昨日がオシャンティなビジカジだったとしたら、今日はあきらかな休日ファッションです。赤チェックシャツにウォッシュドデニムでオタクっぽくならないのは着こなし問題ですかね。サコッシュが今っぽいから? てゆーかこの人四十のはずなんですけど見た目の年齢詐称感すごい。テニスかサーフィンやってそう。
昨日に引き続きちょっとだけ雨が降っていました。わたしの傘に「入れてよ」とすっと入って来るあたりこの人女慣れしてるなーという感想。いつのまにかわたしから受け取って差してくれてるしね。すごいね。年の功。そういやこの人結婚してるんでしょうか。おっきいお子さんいてもおかしくないんだけど。
ちょっと歩いてからタクシーに乗りました。待ってもらってたみたいです。移動中もザンビアの雨の降り方とか、傘を差さないでシャワーキャップをかぶるんだ、とか話題が尽きないです。正直に言うとおもしろい。銀座に着くころにはザンビアの人たちがけっこう日本人っぽい気質みたいなところもあると知って勝手に親近感を抱いていました。運転手さんも「へぇー」とおっしゃってました。この人しゃべり上手いよねえ。
連れてこられたのは東急プラザでした。たしか赤坂にもあった気がするんですがなんでわざわざ銀座店に来たんでしょうか。そういやわたしここ来たことないや。なんか見た目すごいよね。写真撮りたくなる。撮らないけど。
「じゃあ、園子。私につきあってくれる?」
目にまぶしい笑顔で言われました。はい。うなずいたら、さっと手を取られて。まあ、ちょう連れ回されました。はい。
「三田様、お久しぶりです! ようこそお越しくださいました」
「おはよう。こちら、私の妹なんだ。もっとかわいくしてくれる? どの店がいいかな」
二時間で四店舗回りました。つかれた……。これはあれだね、なろう異世界恋愛とかでヒーローに王都のプレタポルテに連れて行かれるやつだね。こちらセレクトショップとかだけど。あと値段が怖いのでバレンシアガのハンドバッグとか勧めないでください。わたしにはモアイが入っているこのトートバッグがお似合いです。はい。
バッグはお断りできたけれど、アクセは拒否できないムーブでした。ピアスホールがないのと、イヤリングが苦手なのでバングルとおそろいのネックレス。緑が好きって言ったので、グリーンのガーネットって説明された珍しい石がついたやつ。……ぜったいこっちのが高いやん。バッグにしとけばよかった……。
全身お着替えして、いいところのお嬢様になりました。はい。トートバッグが浮く。身に着けていないものは全部前橋のわたしの家に送ってくださるそうです。ありがとうございます。十三時ごろにはカフェで一息つけました。一希さんは「ありがとう」とわたしへおっしゃいました。
「いえ、あの。それはわたしのセリフなので」
「夢だったんだ。こうやって園子と買い物するの」
「でも、なんかもらいすぎな気がして」
「もうすぐ誕生日でしょう? いいじゃない」
アイスコーヒーをストローでかきまぜながら、一希さんはキレイな笑顔でおっしゃいました。まじか。この人覚えてたのわたしの生まれた日とか。そういやショタのときに病院へ見に行ったって言ってたね。覚えてるか。
「よかったらだけど。この後、勇二が管理してる物件見に行こう?」
「えっ。わたし入る気ないんですけど」
「まあいいじゃない。見るだけ見ても。東京駅から近いんだ。帰り道でしょう? 勇二には連絡してある」
前に勇二さんの秘書さんからいただいたメールには、最寄り駅が八丁堀と書いてありました。うーん。うーん。まあいいけど。見るだけだし。
「前に、秘書さんにお断りメールしましたけど」
「秘書? だれ?」
「んーと、たきざわさん?」
「わかったよ」
その場で電話されました。はい。「滝沢くん? 園子の件君が手配してるの?」ちょっと間が空いて、ちらっと一希さんがわたしをご覧になりました。「……わかったよ、ありがとう」
「園子。そのメールアドレスってどんなの?」
「えっ、たきざわって入ってるヤフーメールです」
「んー? 電話でやり取りはした?」
「はい」
「番号教えて」
スマホをスワイプして通話記録を見せました。たきざわさんの名前で登録した番号がそこにあります。じっと無表情で画面を見下ろしながら、一希さんは「……なにやってんだ、あいつ」とつぶやかれました。
「……ちょっとかけてみてよ、園子」
「え、あ、はい」
2コールで『はい! はい、滝沢です!』と応答がありました。「はい、あのー。三田園子と申します」とわたしが名乗ると、一希さんが手を出して来られたのでスマホをお渡ししました。
「もしもし。すぐ来い。物件のところ。なに考えてるんだおまえ」
それだけぶっきらぼうにおっしゃって、通話を切りわたしへとスマホを返してくださいました。なにがなんだか。一希さんは笑顔に戻ってわたしをご覧になり、「バカな兄ばっかでごめんね」とおっしゃいました。
「えーと? はい?」
「あのねえ、ヤフーメールとか、そういうフリーメールは個人での使用以外認めていないんだ、うちの会社。滝沢くんが園子に個人メールで連絡取るとかありえないの」
「は? どういう……」
「電話番号。今園子のスマホで話したやつ。勇二だよ」
は???? ……どゆこと?
「ごめんね、バカな兄ばっかで」
ため息と同時に一希さんはおっしゃいました。






