170話 どうしたらいいのかもわかんないです
「――もちろん、その言葉が……ただ状況に流されて出た結論だなんて思わない。多くの葛藤があっただろうし、私には想像できない苦悩の末だと思う」
肯定も否定もしません。そうとも言えるし、そうじゃない側面もあるから。なので、わたしは「もう昔のことどうこう言うの、やめにしませんか。わたしべつに過去に生きているわけではないので。今からなにかを変えられるわけでもないし、たのしくもない話題なので」と言いました。一希さんは一呼吸置いてから、「わかった」と深くうなずきました。
たまたまわたしはこの地点に着地できたけれど、一歩間違ったら世を儚んでいたと思う。それは認めます。自分のこれまでの境遇を軽く見ているわけではなくて、ひたすら突き放している感じ。起こったことは、起こったことなので。それを哀れまれたり色眼鏡で見られたりしたくないっていう気持ちが強いのかもしれない。自分の言動や品行で動かせる限界を越えたものを、後悔することってできないじゃないですか。わたしにとってはそういうことなんです。
もしかしたら、これもグレⅡの影響なのかもな、とふと思いました。オリヴィエ様のセリフにあったんです。「最善の策が無効化したときに為すべきは次善じゃない。その状況での最善です」って。行動に迷うときは、いつだってその言葉を思い出して反芻した。わたしの人生で生じた困難は、中学受験に落ちたこと以外すべて自分の失敗によるものではなかったけれど、それでも、困ったときにはそのときの最善を模索しました。結果、それが思わぬ方向に転がったとしても。できることはすべてやった、と自分に自分を誇れるようになりました。
なにもかも、まっさらな気持ちですべてを受け入れられているわけじゃありません。思い出したらもやっとすることだってあります。だからって、自分の視界を曇らせる必要はないから。わたしはわたしのペースで歩ければいい。
「――園子の行方が知れない、と一報が入ったとき、私は海外に赴任した直後で。すぐにでも帰国したかったけれど……代わりとなる人がみつからなくて戻れなかった」
一希さんは片手にもったおちょこを見ながら、話題を変えてそうおっしゃいました。日本酒ってどれくらい強いのかわからないんですが、とっくり三本目です。今飲んでいるのはお店の名前のお酒なんですって。くいっと干して手酌されました。わたしも先ほど勧められましたけど、お酒は飲めませんってお伝えしまして。そしたら「ああ、勇二といっしょだね」とにっこりされました。ソーナンデスネーとお答えしました。はい。
「……無事だったって連絡が来たとき……舞い上がりすぎて。すぐに周りにバレたよ」
独白みたいな声色でした。わたしは不思議で。とてもとても不思議で。だって、この方と前にお会いしたのは、群馬に移動する直前でした。なので十年近くも前の話です。
お家は告知された日に取り壊され、わたしは放り出されました。その前にあらかじめ、高校の近くのウィークリーマンションに移動していました。そのときの保証人は、ばあちゃんのお友だちだった伊藤さん。ご家族にないしょで請け負ってくれて。
田舎は情報伝達がとても早くて、わたしが身ぐるみ剥がされたことはすぐに周知されましたし、同情して家にきんしゃいと言ってくれる方もとても多かったです。伊藤さんも最初は家においでと熱心に誘ってくださいましたが、息子さん夫婦にご迷惑がかかることを考えたらそんなことはお願いできません。なのでこっそり、身元保証人をお願いしました。
一希さんが血相を変えてわたしを尋ねて来られたのは、そんなときでした。そのときもたしか、海外でのお仕事をされていてすぐに来られなかったとおっしゃっていた気がします。
たしかにその折に、とてもお世話になりました。わたしが思いを残せるものはなにもなくて、身ひとつで所縁のない群馬へ行くことを、支援してくれたのはこの人。入居する物件は決めていたし、しっかりと前金もじいちゃんばあちゃんが遺してくれたものから支払っていましたが、問題がありました。
生活を立てられる堅実な仕事を得るために、群馬で専門学校に通いたいとずっと思っていました。けれど、わたしには入学に必要な書類の保護者欄を埋めることができませんでした。両親、とりわけ母がどれだけのことをわたしにしたかを考えたら、わたしが実家へ戻るわけがないことを、一希さんもわかってくれていて。なので、一希さんが書類に記名してくださいましたし、わたしが高校卒業後に移住することを「だれにも邪魔させない」と確約してくださいました。それに、不当に壊された家はわたしが遺言によって受け継いたもので。だれであってもそれを損なったのだからその賠償をしなければならないと、その場で話をつけてくれました。まあその話は一希さんが海外へ戻られたことで監視がなくなり履行されませんでしたけれど。勝手に売りへ出されていた土地についても、ちゃんとわたしの手元にお金が来るようにしてくださって。560万円ほどでした。なので、なんの憂いもなくわたしは専門学校へ入学金や学費を払って通うことができたし、バイトをしなくても生活できるだけの資金と、じいちゃんばあちゃんのお墓を維持するためのお金もゲットできました。ありがとうございます。ご恩がありますね。
けれど、それだけなんです。
わたしにとっては、それだけなんです。
わたしの手元に届いたのは吉野葛のごま豆腐黒蜜かけ、と紹介された和菓子でした。吉野葛ってなんだろうと思っていたら、店員さんが「クズの根だけを使って作った葛粉」だと教えてくださいました。他の葛粉はいろいろなものをミックスしているんですって。なるほどエリートクズ。めちゃくちゃおいしかったです。愛ちゃんへのお土産にしたい。
一希さんは先ほどの言葉に「バレたおかげで、こうして帰国させてもらえたんだけれど」と付け加えられました。そうなんですね。もしかしたらお仕事の現地では、妹想いな人とでも言われているのでしょうか。妹の自覚がなくて申し訳ないところです。
「いろいろもろもろ、感謝しています。ありがとうございます」
頭を下げると、「そんな風にかしこまってほしいわけじゃないし、恩を着せたいわけでもないんだ」とおっしゃった後、一希さんは少しのためらいとともに「……私たちには、埋めなければならない溝があるね」とつぶやかれました。わたしは……べつに埋めなくてもいいけれど。
その後、わたしが九カ月間どうしていたかをかいつまんでお話ししました。スクラップブックは持ってきていません。必要ないと思ったから。冷たく聞こえるかもしれないけれど、信じてもらえなければそれまでです。お伝えしたのは、病院で話した内容と大差はないです。去年の九月、気がついたらぜんぜん知らない場所にいたこと。多くの人に助けてもらってどうにか生活していたこと。移動中に同行者たちとはぐれたこと。気がついたら福岡だったこと。
想定以上にきちんと飲みこめているような表情で一希さんは話を聞いてくれました。自分でも突拍子のないことを言っている自信はあるんですが。「こんなこと、信じられるんですか?」とお尋ねしたら「信じるよ」と即答されました。
「園子が言うことは、信じるよ。それがなんであっても」
「それって罪悪感からですか?」
とくに相手の気持ちに配慮する必要を感じなかったので、思ったことを包まずに尋ねました。一希さんは「――違うとは言い切れない」とおっしゃって、おちょこを卓に置かれました。
「いつだって、できなかったこと、わからなかったこと……自分の不甲斐なさに後悔している」
なんと言うべきなのかはわたしにはわからなくて、「それはお気の毒です」と口が滑ってしまいました。べつにこの、おそらくとても善良な人を傷つけたいわけではないけれど、わたしにはそんな感想しか湧きませんでした。一番わたしの助けになってくれた人なのに。感謝はしています。でもわたしの中のこごりのようななにかが、わたしの背筋を冷え冷えとさせる。一希さんはキレイな笑顔でわたしのその無神経な言葉を受け止めて、少しだけ困ったような、悲しむような表情をされました。
「……私が、君くらいの年だったとき、君のように行動できただろうか、と思う」
実感のこもった声でした。そんなもんなんでしょうか。一希さんならきっと、わたしみたいな七転八倒はしなかったと思うけれど。夜は更けていて、今晩はビジホかな、とちょっと考えました。
吉野葛のごま豆腐はとてもおいしくて、落ちた沈黙はとても空々しくて、わたしたちの間の溝は、そのままでした。
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