17話 ないないないない、ないでーす
「ソノコ、おにいがあいたがってた!」
一生懸命空いた席を片付けながら、オレリーちゃんが言います。うれしー、わたしも会いたいー。なんだかんだ、もうこちらに来て三週間以上経ってますからね。最初の週以来、トビくんとは会っていません。
「そのひと、だれ」
わたしといっしょに席についたアベルを見てオレリーちゃんが言います。「隣の人ー」と言うと、ませた口調で「つきあってるの?」とのたまう。
「まっさかー」
「は? なにそれ、ソノコちゃんに俺の愛情伝わってないわけ?」
「冗談は顔だけにしろって言葉知ってる?」
「きっつ」
日替わりランチをたのみました。それが一番お店側も手間がかからないでしょうし。待ってる間にアベルが「あのさー、昨日ソノコちゃんがしてた計算」と言います。
「あれ、なに」
「そもそもなんであなたはわたしが計算していたことを知っているんですか」
「俺はソノコちゃんのことなんでも知ってるよ」
「わたしがあなたのことなんて考えてるか知ってます?」
「だいすき♡」
「不審者」
ひでぇ……とアベルが傷ついたような顔を作って胸を押さえます。なんというか、この人わたしに立場がバレてもいいと思ってそうなんですよね。むしろ隠していないっていうか、暗黙の了解っていうか。わたしも取り繕うのめんどいんで、そのまま放牧していますけど。
「で、あれなんなの?」
「わたしのお給料が、自国のお金だとどれくらいか考えてました」
予想外の回答だったのか、ちょっとアベルが黙ります。オレリーちゃんが器用に二つのプレートを持ってやってきました。置いて行く際アベルをじーと見て、無言で去って行きました。
「あれさー。なんか微妙に理解できないっていうか、なぜそうなる、っていう数字があってさー」
「いつご覧になったの」
「たぶん、根本的に計算の仕方間違ってる」
わたしの質問は華麗にスルーして、アベルは「帰ってから、計算し直そう」と提案してきました。承知しました。
午後のカチカチにアベルは着いてきませんでした。カチカチしていたらけっこう差し入れいただくんですけど、今日はよくわからないモアイっぽいこけしみたいなのをいただきました。ありがとうございます。
食べ物もこれまでいただいたことありました。よく通るおばさまとかに。よく通る方なので知っているのでOKです。
カチカチの一式は、また明日わたしが使うので持って帰ります。カチカチ記録もまとめて提出なので持ち帰りです。座っていた椅子は、座布団ごと近くのお家に預かってもらいます。毎日ありがとうございます。
晩ごはんはお家で食べようと、するっと現れたアベルが言うので、なにか手軽なものを買って帰ることにしました。現場の近くにあったパン屋さんが閉店ぎりぎりのところを駆け込んで、売れ残りの丸い黒パンを六つ買いました。日持ちするって話でしたし。最終の蒸気バスに乗って帰ります(こちらのバス最終時刻は、十七時半くらいです)。蒸気自動車のタクシーみたいのもあるんですが、初乗りいくらか前に伺ったところ、手が出せるお値段ではなかったんですよね……なのでなにがなんでも最終バスには間に合いたいところです。
雑貨屋さんもちょうど閉店するところで、お邪魔したらいけないとおもったのですけどユーグさんがこちらに気づいて声をかけてくれました。もうレジ上げしたあとだと思うんですけど。明日の分に計上するからって、ジャムを売ってくれました。なんのジャムかわからないけど、オレンジ色で、きっと甘いですね。切って食べるチーズも買いました。これも日持ちするそうです。黒パンを二つ差し上げました。独り者だから助かるっておっしゃってました。まじですか、三歳くらいのお子さんいそうとか思ってすみません。
アベルは二階フロアで待っていました。フロアって言うほど広くもないんですけど。わたしの部屋へ居座る気まんまんですね。はい、わかってます、算数のお勉強です‼ チーズをかじりながらがんばります‼
まずさー、ソノコのこの式なんだけど、
7000リゼ=440『万円』。
この『万円』ってのがソノコの国の通貨単位?
いえ、単位は『円』で、『万』ってのは10000のことです。
じゃあ、
7000リゼ=4400000円?
はい。
まあこれが合ってるとしてだよ。あのさー、なんで7000割る440なんだよ。その10000はどこいったんだよ。
は????
7000割る4400000なら1円=0,0016リゼだろ。
というか逆な。1リゼ何円か出したいなら、4400000割る7000だから。
だからえーと1リゼは628円だろ。
おお、おおおおお?
週給50リゼだとソノコの国だと31400円。
ふおおおおおお⁉
月収は……まあ単純に4倍じゃねーけど200リゼが125600円。どうなん?
月収12万5千円。
……なかなかでは? なかなかでは????
ふーん。まあそれはいいとしてさ、大体半分くらいは飯とかに使ってる計算なんだろ?
はい。
あのさあ、月に100リゼ残してて半年で600リゼじゃん。
はい。
ここの家賃、半年で900リゼだから足りてないんだけど。
えっ。
ここの家賃は半年で56万5200円なの。家賃月々94200円するの。
ええええええええっ⁉
大変な事実が発覚しました。なんと、わたしはこの部屋に住み続けることができないようです……!
そもそも! そもそもですよ。家賃が日本円で九万円超えるとわかっていたら契約しませんでしたよ! わかります? わたしの群馬の2DK、3.4万円なんですよ。風呂トイレ別で、6帖と4.5帖、それに4Kがついていて。わかります? ありえないですよ。ここワンルームですよ、たぶん12帖の。それに風呂トイレ別どころか、ないんですよ。ちっちゃい台所あるだけなんですよ。ないわぁあああああああ‼
ひとりで実際に頭を抱えて懊悩していました。アベルは無言で黒パンを食べていました。わたしもお腹がすいたので食べようと身を起こします。
「すっっっっぱっ‼」
思わず口を押さえたままその手に吐き出してしまいました。え、なにこれ。まっず。こんなに美味しくないパンはじめて口にしましたわ。でもさすがにね。さすがに。園子さん大人ですので。大人のレディですので。なんとか飲み下しましたけど。
ユーグさんにあげちゃったんだけど……申し訳ないことしちゃったわ……。
でもアベルはむっしゃむしゃ食べてますね。むっしゃむしゃ。けっこう固いのに。顎強いな。
「……よく食べられますね」
「なんで?」
「固いしすっぱいし……」
さすがに他人様が作ったものを不味いとは言えませんけども。
「そう? アウスリゼでは一般的なパンだけど。ソノコの国にはなかったの?」
「……そうかあ」
郷に入りてば郷に従えですね。この味にも慣れていかなければ。けれどちょっとしんどいので買ってきたジャムを開けます。先日買ったカトラリーセットを持ってきて、半分にちぎった黒パンへスプーンでぬりました。二個食べたアベルにもう一個あげました。たぶん一個でじゅうぶん。てゆーか、アベルの呼び方から『ちゃん』が消えました。わたしのこと呼び捨てになりました。なにそれやめてなんかこわい。
またむしゃむしゃしながら、アベルがじっとわたしを見ています。嫌そうな顔をしないようにがんばって食べました。ジャムは甘くておいしかったです。
「ソノコ、どうすんの?」
「ううーん……」
計算外でした。むしろ計算できていませんでしたすみません。なんとなくそういうものなのかなって。小売価格の把握はなんとなくできていましたけど、ゲームでは不動産売買はしなかったですし、相場感覚がぜんぜんわかっていませんでした。アベルがノートに書き足してくれた数字を見ながらうなります。これ、引っ越し費用も捻出できないやつじゃ……? いえ、ワンピース売ったときのお金はもちろんまだ4800リゼくらい残っていますけど、あれは緊急用に取っておきたいというか。てゆーか、緊急だなこれ……。
「ねえねえ、俺さー、いいこと思いついちゃったんだけどー!」
にっこーと笑いながらアベルが言います。それぜったいロクでもないやつなのでけっこうです。
「引っ越してさー、いっしょに住もうぜー、ソノコ!」
「え、ぜったい嫌、なんで」
素で拒否りました。ありえんですね。
このお話(17話)は『ξ˚⊿˚)ξ ただのぎょー』先生の監修、(大幅)加筆、計算指導のもと書かれました ありがとうございます
ξ˚⊿˚)ξ ただのぎょー先生の代表作はこちら!!!
短編
行きつけのインド人がやってるカレー屋でたまたま七福神の話題になったとき、七福神の中にインド人が3人いるよと教えたら、インド人のテンション⬆⬆になった話
https://ncode.syosetu.com/n1733fb/






