166話 まあ、そもそもそんなに物欲ない方なんですよね
反射的に電話をとってしまって、「あっ」と言ってしまいました。どうしよう心の準備が。あちらもワンコールで取られることを想定していなかったのか、『えっ』と聞こえました。ちょっとお互い沈黙しました。
『――……三田園子さんのお電話番号で間違いないでしょうか』
むせるような咳払いがひとつ聞こえたあと、そう男性の声で聞かれました。あれ? 次兄じゃないのかな? 番号はっきり見なかった。肩透かしを食らった気持ちで、わたしは「はい、三田園子です」と答えました。そして愛ちゃんにも聞こえるように、スピーカーONにしました。
『……えー……。……私、秘書の滝沢と申します。勇二さんが手を離せないので、代わりに状況をお尋ねするため、ご連絡を差し上げました』
「あ、はい。そうなんですね」
とりあえずほっとしました。ほんとに忙しいのか、自分で電話するのがしんどいのかわかりませんが、わたしもこの方がずっと気楽です。とはいえなんとなく正座になりました。はい。
『……まずは、今の状況を把握させてください。体調等はいかがですか?』
「あ、はい、だいじょうぶです。血液検査では異常なかったです」
病院で尋問を受けたあと、医院長と副医院長を待っている時間がもったいないと言われて、他の先生から問診とか触診とか予防接種とか、その場でできるものはもろもろ受けました。さすがに健康診断まではできませんでしたけど。脚気の有無まで確認されました。膝をハンマーみたいので叩いて。あとなぜか診察室のすみっこに置いてあった古い測定器で座高も測られました。「これもう使うことないのよねー」と。なぜわたしで使った。83.2でした。その先生もグループLINEをご覧になっていて、なんかいろいろいたたまれなかったです。はい。
『……怪我や病気なども、されていませんか』
「はい、問題ないです」
『……そうですか』
少しの沈黙があって、『これまでどうされていたのでしょうか』ともっともな質問がありました。きたー。どう答えるかな。
「お電話でお話しするのが適切かどうかわかりません。長くなりますし、秘書さんにお伝えするのがいいのかもわかりません。わたしはそれでもかまいませんけど」
そう伝えると、『――承知しました。……勇二さん……か、一希さんが直接お話しできる場を、近々に作りましょう。その件については追ってご連絡差し上げます』と言われました。びっくり。両親のどっちかって言われるかと思ったのに。
そして『今後のことをお話ししたいのですが』と前置きがあり、『ひとまず、捜索願はさきほど取り下げました。そちらの家賃の支払いは、2024年末分まで済んでいます』と言われました。
「えっ、まじですか」
『はい、まじです』
「あー、どうしよう。ここ、引き揚げようと思っていて」
『そうですか。であれば、支払った分は謝礼とでも言えばいいでしょう。……その後は、どちらへ?』
「えーっと、まだ決めてません。ただ、ここにいるのは迷惑っぽかったので、出る用意はしようと思っています」
断捨離して、どこかの倉庫に荷物預けて、身の振り方決めるまでビジホでもいいな。そんなことをなんとなく伝えたら、『では、勇二さんが管理している部屋に移動されるのがいいでしょう』と言われました。は? ぱーどん?
「えっと……ちょっと、それは想定していないっていうか……」
『都内にすぐに入れる物件があります。情報を送りますのでアドレスを教えてください』
なんか押し切られたというか、勢いに負けたというか。とりあえずYAHOOメールのアドレスを教えました。あんまり使ってなかったアドレスです。え、でもなんだそれ。次兄の管理物件? いや、入る理由がないんですけど。
「――いえ、あの、ちょっと待ってください。もうすでに、あの……勇二さんにはお世話になっていますので、これ以上ご迷惑をかけるつもりはありません。これまでいろいろ手配してくださってありがとうございましたとお伝えください」
いっぺんにしっかり言いました。やればできるじゃんわたし。秘書さんは少しの間ののちに『――ひとまず、物件情報はお送りしますので』とおっしゃいました。
『――心配しています。メールでかまいませんので、適宜状況をお知らせください』
うーん、内心複雑です。ぜんぜん関わりがなかった次兄の秘書さんにそんなこと言われてもねえ? まあ確かに、行方不明になったら会ったことない有名人でも心配にはなるだろうし、親族というつながりがあったらなおのことそういうものなんだろうか? わからんねえ。わたし次兄のこと考えたこと、これまでこれっぽっちもないからな!
とりあえず、三十分くらい話した気がします。これまで払ってもらったお金のこととか。なんかね、ガスとか水道も、スマホも、止めないでぜんぶ維持されてたの。なんでさ。で、これからも払うとか言い出したので、「それはやめてください」とお願いしました。はい。
「わたしがいない間、本当にお世話になりました。ご迷惑をおかけしたこと、申し訳なく思っております。これ以上、ご負担になりたいとは思っていません」
『この程度、負担でもなんでもないです!』
「だとしても。……これ以上は、わたしの気持ちの負担になるんです。お願いします」
もう一度沈黙が落ちました。『承知しました。そのようにお伝えします』と秘書さんはおっしゃいました。
通話を切って、めちゃくちゃ深いため息をつきました。愛ちゃんが「おつかれ」とひとことねぎらってくれました。
「……愛ちゃん。なんか、こう。むしょうに、ヤケ食いしたい」
「そうかよ。じゃあ、どこ行く?」
夕方になってから、ノリタケさんにはお留守番してもらって、ジャンゴというイタリアンレストランへ行きました。すんごく量が多いの。Sサイズでも多い。なのでMを。食べたかったので。地元野菜のクリーム味を頼みました。おいしかったです。愛ちゃんは賢い人なのでSでした。はい。
秘書さんから、会社メールではなくてお名前のtakizawaという文言が入ったYahooメールで連絡が来ました。物件情報です。いらん。スパゲッティを食べながら愛ちゃんに見てもらったら、「……いやこれ、ここ、家賃いくらするよ」と言われました。知らない。なにせ群馬県民なもので。
「……まあ。あんたの立場からいったら、これ以上世話になりたくないってのは、そうだろうけど……」
「でしょ?」
「……これは、美味しすぎるんじゃね? 話し聞いてみるくらいはしたら?」
わたしはむっとして、「美味い話には裏があるの、基本!」と反論しました。愛ちゃんは食後のコーヒーを飲みながら「でもさあ……」と言いました。
「さっきのやり取り聞いて。……まあ。あたしがどうこう言うのは、野暮だって思うから、あんまり言わないけどさ。お兄さん。二番目の、お兄さん。……あんたのこと、相当心配してるから、いろいろ世話したんじゃないの」
なぜ。小六の三学期から会ってない親族ですが。ざっと十六年のブランクがあるんですが。どこにわたしを心配する要素が。そもそも心配してたらもっと前にいろいろどうこうなっただろ。知らんけど。
おなかいっぱいになりすぎました。愛ちゃんの車でぶーんと帰って、ひさしぶりにわたしのお家でお泊り会しました。「ちょっとでも断捨離するぞ!」と言われたので、ビニール袋に要るものと要らないものを分けていきます。愛ちゃんはべつに仕分けをするわけではなくて、見張ってる役らしいです。頭の中のこんまりちゃんが「これ、ときめく?」と聞いてきました。けっこう手こずるかなって思ったんですけど、わりとときめかないものが多かったです。はい。その日は一袋でやめました。
で、その二日後なんですが。また電話が来ました。ぜんぜん知らない番号から。とりあえず出てみたら、ざわざわした喧騒が聞こえました。
来週はゲリラなし月木だとおもいます! たぶん!






