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158話 かたじけのうござる


ゲリラ更新すみません



 おはようございます。園子です。今じいちゃんばあちゃんが眠る墓地に来ているの。朝から暑い。

 あのあとは、スマホの番号を確認されて、加西くんの番号が書かれたメモを渡されて、別れました。


「時間かかってもいいから……いや、早い方がそりゃいいけど。……連絡、待ってる」


 ホテルの前まで送ってくれて、そう言って加西くんは去って行きました。出そうと思ったのにご飯までおごってくれて。ホテル代も出してもらったのに、と言っても「あのな? 俺いちおう、一世一代の告白したの。勇気出してプロポーズしたの。三田に。ここで割り勘とか、かっこわるいことできるか?」と言われて、なるほどーと思って引き下がりました。ありがとうございます。

 ――正直。よくわかっていません。はい。

 そもそも、いろいろなことがあって、オリヴィエ様から言われた言葉すらもしっかりと消化できていません。そこに加西くんから畳みかけられた気分です。使われた言葉や文脈は違っても、言われたことは同じだということはわかります。二人とも……わたしとの将来を考えてくれました。

 ……びっくりしました。


 まだ六月半ばだというのに、真夏みたいな日差しでした。じいちゃんとばあちゃんが入っている田中家のお墓は、去年と変わらずにどっしりとしていました。まだ短いけれど青々とした雑草を摘み取って、借りてきたホウキとちり取りでまとめます。捨ててくるついでにお水を汲んできて、お墓の頭からかけました。後ろへ回ると、知らないご先祖の名前がいくつかと、じいちゃんとばあちゃんの名前。

 一通り終わって、わたしはお墓の前の石畳に座りました。こちらへ向かう前にコンビニで買った900ミリリットルの麦茶を開けて、飲みます。思っていた以上に渇いていたようで、すぐに半分くらいになりました。

 ばあちゃんをこのお墓に入れるとき、ここのお寺のお坊さんに尋ねました。田中のお墓に、三田姓の者は入れるのかと。お坊さんはびっくりして、ごにょごにょ言って、お家からモナカを持ってきて、渡してくれました。おいしかったです。今考えると、わたしが後追いするんじゃないかとか、そういうことを考えたのかもしれません。

 じいちゃんとばあちゃんは、わたしを養子とするためにいろいろがんばってくれました。でも両親が健在で、生活能力もあり、弁護士事務所を通して毎月生活費を振り込んでくる以上、わたしが田中になることはできませんでした。それに、わたしが孫ではなくて子になることによって、相続上で不利になるとかで。名前なんてただの識別子だってわかっているけれど。――だからこそ、わたしはじいちゃんとばあちゃんの子に識別されたかった。


「……じいちゃん、あのね。わたしファピーっていうスポーツを見てきたよ。野球そっくりなの」


 四アウト制で、七回までなのとつぶやいて、じいちゃんのことを思い出します。言葉少なに語ってくれた思い出を総合していくと、じいちゃんは野球選手を目指していたみたいでした。

 終戦後、娯楽を広めるにあたってのGHQの施策は授業でさらっと学びました。1946年に、そのころ住んでいた場所の近所で全国中等学校優勝野球大会、というのが復活したんだそう。当時じいちゃんは七歳で、少年の目にプレイヤーたちはとてもかっこよく見えたんでしょう。それで小中とがんばったけれど、あんまり芽が出なくてあきらめたっぽい。そして成人してばあちゃんと出会って、結婚して、娘であるわたしの母が生まれました。

 特定のチームをひいきしているわけではなかったけれど、じいちゃんは気合いの入ったパシフィカンでした。もちろん地元のホークスも大好き。生まれて初めて生で見た公式戦は西鉄クリッパース。春日原球場という名前をよく聞きました。でもわたしが知っているじいちゃんは、球場に行って観るよりも、テレビの前でワンカップを一杯だけちびちび飲みながら無言で観戦するのが好きなようでした。わたしはその隣で、体育座りでいっしょに見ていた。野球好きのわたしのルーツは、じいちゃんにあります。

 じいちゃんの夢は、いつか折れないバットを作ることでした。戦後のたいへんな時期を生きてきた人にとって、毎試合なにかしら折れてしまうような道具はもったいないという気持ちを生むようでした。最初は「できるといいねえ」と言っていたけれど、途中で「折れるのって、衝撃を吸収させて腕にダメージがいかないようにするためでは?」と思い至って、なんと相づちしていいかわからなくなりました。亡くなる直前まで「強いバット」を作りたいと言っていて、わたしはうんうんと病室でうなずきました。夢を壊すようなことは、できなくて。


 わたしには、夢がありませんでした。将来どうしたいという気持ちもなくて。ただじいちゃんがしんじゃって、ばあちゃんも体調を崩して、置いていかれることと、ひとりになることの恐怖を絶えず感じていました。やってくる未来に希望が持てなかった。けれど、どうやったって時間は過ぎる。

 高三の夏。ばあちゃんも亡くなりました。わたしはひとりになりました。墓石にばあちゃんの名前が刻まれるとき、隣に自分の名前が刻まれることを夢想しました。


 水桶を返却して、お寺に一声ごあいさつしてその場を後にしました。県道に出て、バス停へと向かいます。鞍手町の家はもう処分してしまって、跡地にはキレイな白いお家が建ちました。じいちゃんばあちゃんは、二人で役所の弁護士無料相談に通って、土地もお家もわたしに遺贈する、と遺言書を作ってくれていました。なので最初わたしは、ここの土地に残って過ごすつもりだったんです。


「……三田殿?」


 後ろから声をかけられました。わたしをそう呼ぶのはただひとりです。笑顔になって振り向きます。


「よしこちゃん……いえ、古賀殿。おひさしゅうございます」


 長かったおさげをショートボブにして、メガネは黒縁から赤縁になった姿がそこにありました。恩人で、心の友で、オタ道の師。

 暑いから、とお家に連れて行ってくれました。なつかしき古賀家。昔からインターネット回線つよつよのよしこちゃんのお家。わたしのグレⅡオタ活発祥の地です。なつかしくてめまいがしそうでした。


「あっらー! なつかしい、そのちゃんじゃないの!」

「おひさしぶりでーっす!」


 おばさん、ぜんぜん変わっていませんでした。ショートカットの髪の色が紫からオレンジに変わったくらい。


「チョコボールアイスあるよ、コスモスの! バキチョコのがいい? ガツンとみかんにする?」

「あっ、ありがとうございます! ガツンとみかんで!」

「あいよー!」

 

 昔は、ガンダムみたいにごっついパソコンが家族共用でリビングにありました。自作PCっておじさんが言っていました。でも今はそれぞれの部屋に薄型ノートかタブレットがあるそうです。時代を感じます。

 よしこちゃんの部屋へ行きました。あああああああ、なつかしい。模様替えされたり、置かれているものは変わっていますけど、わたしのグレⅡ愛が萌芽した現場です。なにもかもなつかしい。

 よしこちゃんは、わたしの目から見てマルチなオタでした。エンタメコンテンツにはとりあえず食らいつく顎の強さ。わたしと出会ったころにすでに彼女が古参オタとなっていたジャンルは、マンガの『大奥』でした。連載が始まった当初からハマっていたそうです。そもそも小学生で花ゆめを選ばないでMELODYを購読していた時点で猛者。その上ハマったのが時代モノ。しかも福岡の鞍手町で。いないだろそんな小学生。今考えると、小・中学生時代ってマンガやアニメに詳しいと敬われたりするので、それで学年の覇権をとっていたのかもしれません。傘下に入れてもらえてとても助かりました。はい。

 とまあ、よしこちゃんのメインジャンルは大奥で。わたしたちは二人だけのときは「三田殿」「古賀殿」と大奥ごっこな呼び方をしていました。そういえば、ドラマ化されるって言ってたけどどうなっただろう。もう放映されたかな。


「三田殿……率直な意見を賜りたい」


 キリッとメガネの中の瞳をわたしへ向けて、よしこちゃんが言いました。

 

「なんでござろう」

「ドラマ大奥……春日局が美人すぎだとは思わなかったか?」

「……かたじけない、古賀殿。……じつはそれがし――観ておらぬのだ」

「――なん……だと……?」


 よしこちゃんの手からスマホがすべり落ちました。すみません、視聴できない地域にいましたもので。とは言えないですけど!


書けたらすぐ出さないとね……「まだ時間あるしー」ってなるんすよ……

今週はもう一度、あさって28(金)の更新がんばります



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感想おきば



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― 新着の感想 ―
[一言] オリヴィエか加西か、どちらを選ぶのか、てことになるんですね。 しかし園子の半生、重いなー。
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