154話 なんか、アジアの国に来たっていう小並感です
こんにちは。園子です。今、福岡県福岡市の天神にある岩田屋さんの五階のカフェで、「ぜったいに食べなさい」と言われた1500円のプリンアラモードを食べているの。どうしてこうなった。
いえ成り行きはもちろんわかっています。はい。あのですね。まあいろいろあったんです。かいつまんで言いますとね。『王杯』に「あっち」って言われたところに行ったら、福岡県だった。そういうことなんです。はい。
……これわかんねえな????
あのですね、まあとりあえず福岡県だったんです。中央区の天神コアのすぐ近く。それは間違いありません。天神コアなくなってたがな! それでですね、中高と住んでいた地元福岡なので迷子とかにはならないんですけど、路頭には迷いまして。たぶん日本広しと言えどわたしほど路頭に迷った人間は他にいないんじゃないかという勢いで迷いまして。スマホも日本円が入った財布もないしね。そもそも日本での住民票は群馬だしね。とりあえず交番に行って「路頭に迷いました」と自首しようかと思ったんですよ。はい。
とぼとぼ足元見ながら歩いていたんです。渡辺通りを南へ。警察署向かって。そしたらですね、なんか足元にごっついハンドバッグが落ちていまして。ちょっとつま先で蹴っちゃった。たぶん革っぽい。おばあちゃんとかがバブル全盛期に買ったんじゃないかって感じの。ワニの剥製の一部かって感じの。周り見回したらふつーに若者とかリーマンさんとかが歩いて行くし。見た感じ持ち主っぽい人いなかったんです。ので、どうせ警察に行くんだし、自首ついでに届けようと思ったんですよ。はい。拾って中央警察署まで行きました。
中に入って、まず落とし物届けようと思ったんですが。すぐに女性の金切り声が聞こえました。
「今すぐ探しなさい! 大事なものなのよ!」
はっきり聞こえたのはその言葉ですけれども、聞き取れない暴言みたいのがそれに続きました。怖いわあ、と思いながら総合窓口に声をかけて、「落とし物を届けにきたんですがー」と言いました。黒縁メガネのおまわりさんがすぐに飛んできて、「はい、なんでしょう⁉」と応対してくださいました。
「えっと、このバッグで」
そういって提出したら、すぐに固定電話の受話器を手にとってダイヤルされ、「届きました! 蛇革のバッグ様のものです!」と内線されました。たぶん階上からひびいていた、女性の怒声がやみました。
「――ジョゼフィーヌ‼」
とてもふくよかな高年マダムが……階段をどしどしと降りてわたしへと突進してこられました。とてもきらびやかです。存分に働け、言葉のオブラート。わたしが窓口に乗せたハンドバッグをひったくるようにして手に取り、掲げたりひっくり返したり、中を確認したりされました。
「ああ! ジョゼフィーヌ! よかった、本当によかった!」
そしてハンドバッグを抱きしめてその場でおいおい泣き始められました。おいおい泣くって言葉を生まれて初めて使ってみようという気になるくらいには泣いていらっしゃいました。現代日本のお化粧品はその程度では崩れませんでした。はい。
そして「あなた、あなたがジョゼフィーヌをみつけてくれたのね⁉」「なにかお礼を」「これで岩田屋さんで、プリンアラモードを食べなさい。お若い方なら甘いものが好きでしょう」となり、諭吉師匠を五人も握らされたわけです。マダムから。まじかよ。
断るすきも与えられずに、警察署から出されました。そして「さようなら、お嬢さん!」とそのままマダムは警察署前に横付けされた黒塗りの車に吸い込まれて去っていかれました。たぶん「さようなら」には「アデュー」みたいなルビが入ります。たぶん。はい。
で、なんとなくもう一度警察署に入る勇気を失ったわたしは、お言いつけ通りに岩田屋本店さんへ来て、プリンアラモードを注文したわけです。はい。コーヒーもいただきました。はい。
ところでですね。驚く間もなくいろんなことがあったんですが。とりあえず諭吉師匠をお財布に入れようと肩かけバッグを覗いたんですね。警察署前で。はい。ビビり散らかしました。はい。
――モアイこけしがいました。はい。
たぶん双子ちゃんのうちのひとりだと思います。ちょっと大きくなってて。そろそろママさんと同じくらいの背丈じゃないでしょうか。見なかったことにして諭吉師匠を財布に収めました。なにも見なかったんですよわたしは!
そして。プリンアラモードはめちゃくちゃ美味しかったです。そもそも日本の食べ物の繊細な味、ひさしぶりすぎて舌が溶けそう。コーヒーもなんか風味がぐっといい気もする。そしてお冷。お冷文化。最高。出ないのよアウスリゼでは、お冷。
二時間くらいそこでまったりしました。なんだか頭の中が真っ白。考えなきゃいけないことたくさんあるのに、プリンおいしいしか考えられませんでした。単語はたくさん脳内を行き巡るんですけれど。王杯。オリヴィエ様。福岡。ジョゼフィーヌ。プリン。でもそれらを関連付けたり整頓したりができませんでした。園子、あなた疲れているのよ。
窓際席に座ったので、外を眺めました。隣のビルがすごくキレイで、ああ、ここ日本だ、と思いました。雲間からの日差しがキラリと光りました。
お会計をしてレシートをいただきました。じっと見て、日付を確認します。2023年6月12日(月)。わたしが群馬の自宅からアウスリゼへ行ったときから、約九カ月の時間が経過していました。
懐かしいな、と思いました。福岡。岩田屋さん。三越傘下になるちょっと前、ばあちゃんがわたしを連れてきてくれた。
中学生になる年の四月ですけれど。一応生まれ育った場所である神奈川から、じいちゃんばあちゃんのところへ預けられました。そのままぜんぜん知らない人たちが通う学校へ、着る予定じゃなかった制服で通うことになって。友だちもなかなかできなくて。じいちゃんとばあちゃんはわたしがかわいそうだって思ってくれたみたいでした。出たばかりの年金を巾着に入れて、「なんでもほしいもの買っちゃるけんね」と言ってくれました。
エスカレーター近くのフロアマップを見て、六階へと向かいます。おもちゃ売り場。昔もその階だったか覚えてないけれど、わたしにとって起点となる場所。……そのとき、グレⅡとプレステ3を買ってもらったんです。クラスの中ですごく流行っていて、話についていけないのはわたしくらいだった。
今の岩田屋さんのおもちゃ売り場は、あのときよりもずっと低年齢にターゲットをしぼった品揃えでした。それでも思い出の場所です。ゆっくりと今のおもちゃを見て回りました。知育玩具ちょっとほしかったです。
「――三田?」
日本語の発音で話しかけられて、いっしゅん自分のことだとわかりませんでした。きょろきょろしてしまって、振り返ったらスラッとしたスーツ姿の男性が立っていました。ちょうど考えていたときなので結びつけることができたけれど、じゃなかったらきっとわからなかった。わたしは少し疲れた表情の、同級生の名前を呼びました。
「……加西くん」






