149話 ぜったいね、約束
公使館に帰ったら、オリヴィエ様がいらっしゃいました。
「――えっ⁉」
びっくりしてうしろを振り返りました。赤毛の制服の姿がそこにあって、わたしは大混乱に陥りました。
「おかえり、ソノコ」
銀髪のオリヴィエ様がイケボでほほえんでそうおっしゃいます。ええええええええええ⁉ 「公使室へ」と促され、わたしはわたしの背後の人をちらちら見ながらその背中に続きました。入室すると、いつも通り忙しそうなミュラさんの姿がそこにあり、そしてその隣に肩下くらいで切りそろえられた黒髪の女性……えああああああああああああ⁉
「レアさんんんんんんんん⁉」
「あらあ、おかえりソノコ。早かったわね」
レアさんでした。ちょうレアさんでした。黒髪。黒髪。しかも短くなってる。すっごくキレイな腰までの金髪が。ああああああああああ。
「どう? わりと似合うでしょ?」
「似合うなんて言葉じゃ収まらないくらい似合ってますけどなんてことなさったんですかあああああああ‼」
「あらあ、いい気になったわ。しばらくこのままでいようかしら?」
すっごい似合う、ほんと似合う。前髪も眉下あたりで切りそろえていらして。すてきオブすてき。美人イズナンバーワン。ちょっと自分でなに言ってるかわかんない。とりあえず「なんで切っちゃったんです? 色まで変えて。もったいない!」と言うと、「これで帰るからよ。彼といっしょに」と、壁際にたたずむ銀髪オリヴィエ様を親指でさされました。
「えっ?」
「あたし、ソノコ役。彼、ボーヴォワール閣下役よ」
「……わたしは、反対したのだが」
ミュラさんが机に両手を着いてうなだれた感じでぽつりとおっしゃいました。なんかちょう落ち込んでる空気感。オリヴィエ様役って。思わずじっと見てしまいました。オリヴィエ様にしか見えない。そっくりってレベルじゃない。
「――二人で、蒸気機関車でルミエラへ行ってもらうことになる。私たちはその後、領境へ向かおう」
背後からそう声があって、わたしは振り返りました。暗い赤髪で制服の――オリヴィエ様。
「え、レアさんが? わたし? どうして?」
「えーそりゃあ」
レアさんがはじっこにあるローテーブルへ向かい、そこから雑誌を取り上げました。そして中を開いてわたしに向けます。
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――白昼堂々逢い引き⁉ 宰相閣下のただれた生活
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「はああああああああああああ⁉」
奪い取るみたいな勢いでレアさんから雑誌を受け取りました。ざっと目を通して次のページへ。
『謎の黒髪美女と熱愛ファピー観戦』『〝鉄壁〟崩れる‼ 最年少宰相の裏の顔』『空白の一週間――「公使館は愛の巣」関係者の証言続々⁉』
「ふっざけんなああああああああああああ‼」
思わず全力で叫んでしまいました。オリヴィエ様が! この一週間! どんだけ痛い思いしてたと思ってるんだ‼ 見開きページには、オリヴィエ様が球場の席でわたしの耳に笑顔で口元を寄せている写真が載っていました。斜め上からの写真なのでわたしは頭頂しか写ってないんですけど。他のところに載せられたのもぜんぶわたしの顔は写っていませんでした。どこに美女要素が。つむじか。つむじの巻き具合なのか。たぶん、わたしは一番壁側の席だったから、斜め後ろ方向からカメラを構えたら死角になったんでしょうね。わたしがムキムキメンズだったら雑誌ビリって真っ二つしたいところでした。ビリって。やってみようとしましたけどできませんでした。頑丈だな雑誌め!
「ということで。『ボーヴォワール閣下』に『謎の黒髪美女』が同伴するわけよ」
「そりゃあ髪染めしたレアさんならうってつけでしょうけど謎の美女! でも! 危険じゃないですか!」
「あらあ、心配ありがとう。でも、あなただって危険なことは変わりないのよ、ソノコ?」
それはそう。本当にそれはそう。でも、おとり役のがもっとそう。どうにか阻止できないか考えましたが、ミュラさんが打ち沈んでいる時点でそれはムリなんだとわかりました。そりゃあ止めないわけないもん。ミュラさん大好きだからね、レアさんのこと。
「アシモフはね、ミュラさんへお願いすることになったわ。ルミエラへ戻られるときにいっしょに。あたしもあなたも、連れて行けないから」
「……レアさんが一人で帰って、連れていけばいいじゃん」
「むーりー」
両手をひらひらさせて黒髪レアさんがおっしゃいました。もう決定事項ということなんでしょう。わたしは銀髪の『オリヴィエ様』を見ました。あちらもわたしを見ていて、困ったようにちょっとほほえみました。そんな表情までそっくり。アベルかな。だろうな。あとで聞いてみよう。
蒸気機関車で『オリヴィエ様』がルミエラへ向かうのは、あさっての予定です。敵を欺くにはまず味方からとは言いますけれど、キッチンのヤトさんですら『オリヴィエ様』を本人と思って接していました。そして違和感なく応対しているんだから、なんというか、さすがリシャールお抱えですね。わたしは。わたしはしなくていいの、毛染め。わたしがその疑問を口にする前にレアさんが「ソノコはそのままでいいから」とおっしゃいました。そうですか。承知しました。
赤髪制服の……本当のオリヴィエ様。警備という体で、『オリヴィエ様』と同じ部屋で寝泊まりされます。美ショタ様がいらっしゃらないので、ちょうどベッドがひとつ空きましたし。わたしと『オリヴィエ様』で先に夕飯を取りました。外見がステキでも中身がアレだとわかっていると、なんだか懐かしい感じです。二人でごはん食べるの、すんごいひさしぶりですね。
「……『オリヴィエ様』、もう出発の準備はできているんですか?」
どこかで話すタイミングあるかな、と思ってそんな風に聞いてみました。『オリヴィエ様』はほほえみながら「おおかた」と答えてくれました。話し方だけではなくて声もオリヴィエ様に似せています。プロってすごい。
「でもそうだな……少し手伝ってもらえる? 忘れ物をしたくないから」
赤毛制服のオリジナルオリヴィエ様は、公使室でミュラさんレアさんと密談されています。わたしはともかく『オリヴィエ様』は参加しなくていいんでしょうか。美ショタ様がいなくなってガランとした部屋の中、小さな木のコンテナがいくつかあり、それに持ち帰るモノが入っているようでした。オリヴィエ様がこちらでお召しになられた服とかも、お呼ばれのもの以外はそんなにないんですよね。三年ほど前の雑誌記事から得た情報ですが、オリヴィエ様ってシャツや下着は同じものを何枚も持っていらして、着回しているんだそうです。なぜ、という質問に「効率化です」と答えていらして。かっこいい。それを知っていたらわたしもパンツ買うとき同じのにしたのに。ちなみにその記事は、ファピー冬季リーグスポンサーのシリル・フォールさんとの対談記事でした。それがきっかけで二人は仲良くされているみたいですね。
ということで。部屋は片づいていて、整えられたベッドが人の気配を感じさせるだけでした。『オリヴィエ様』は奥のベッドに座って、わたしにも座るように促しました。向き合うようにもうひとつのベッドへ腰かけました。
「まじウケたんだけど、さっき帰ってきたときのおまえ」
「びびったし。めっちゃびびったし」
アベルでした。表情も声もアベルに戻りました。見た目はオリヴィエ様のままなのでとてもふしぎな気持ち。「どうやったの? 整形?」とわたしが聞くと、「いや、特殊化粧だよ。数日は持つ」とのこと。はえー。わたしもレアさんにしてもらえんものだろうか。
「ねえ……だいじょうぶ?」
尋ねたいのはそのことです。オリヴィエ様への危険を分散させるためとはいえ、矢面に立つわけですから。アベルはにやっと笑いました。
「なに。俺のこと心配?」
「当然」
「素直じゃん。なんだよ、まだ俺にも希望あんの?」
「なんだ希望って。生き抜くことに望みをかけろ」
「そりゃもちろん。生きて帰るさ、愛しいルミエラに」
そう軽口を叩いてから、ふっとやさしい表情になってアベルは言いました。
「心配すんな。おまえが思ってるより、俺は強いから」
「うん。顎が強いことは知ってる」
「なぜ顎。あのなー、俺が選ばれたってことは、この件に俺が適任だってこと。すげー優秀なんだって、俺」
「うん。知ってる」
わたしは立ってアベルの前まで行きました。そして「約束しよう、ルミエラでまたいっしょにごはん食べよう」と言って、右手の小指を差し出しました。
「……なんだ、それ」
「小指出して」
不審そうな表情で出された右手を引っ張ってむりやり小指をひっかけました。
「ゆーびきーりげーんまーんうーそつーいたーらはーりせーんぼーんのーーーーます」
「――なんだその恐ろしい呪文」
のませます。雑貨屋さんに発注すればいいかな、針。






