148話 わたしなにやってるんだろう
「――ソノコ様には、好きな人、いる?」
カヤお嬢様は、ぼうっとしていて。手をつないで、駅舎のはじっこの方にあったカフェへ行きました。モーニングが始まったばかりの時間なのでパフェは頼めないですが、ホットケーキはOKでした。よかった。
座ったのは窓際の四人がけボックス席。わたしの背中側、隣のボックスに、カヤお嬢様についてこられた執事のルークさんと、わたしの後方に控えてくれていた方がいっしょに座られます。警備さん全員はむりなので、二人でだけ。
ホットケーキを切り分けていると、カヤお嬢様から小さな声でそんなことを質問されました。ひとりの顔が思い浮かびます。会話を聞かれるんじゃないかと背後のボックス席のことを意識してしまって、わたしは背筋が伸びました。
「……えー。えー。あのー。……………………。ぃます」
返答が小さい声なのはカヤお嬢様に合わせたんです。ええ。はっとしたような顔でわたしをご覧になり、カヤお嬢様は「本当? どんな方なの?」とおっしゃいました。
「えー。……国宝?」
「わかる。厳重に保護すべきって思うわよね」
力強い賛同を得られて、わたしはカヤお嬢様が同じ道を志す者だと気づきました。同担ではないだけで。わたしが深くうなずくと、カヤお嬢様も同じようにうなずかれました。
「好きでいて……悩むことってありました?」
――もしかしてこれは、恋バナというやつではないか――?
わたしには六億年ほど早くないでしょうか。そんな。カヤお嬢様小学生なのに。おませさん。悩み? 悩みってなんだろう? 今はオリヴィエ様が生き延びる方法についてが悩みだけれど。それは言えないし。これまで普遍的に抱いてきた悩みってなんだろう。すんごく考えて、長考の末に顔をあげて言いました。
「――いつかあのかっこよさが罪に問われる時代が来ること?」
「わかる」
この度もたいへん力強いうなずきがありました。はい。ですよね。かっこよ罪が成立してしまったらオリヴィエ様が真っ先に捕まってしまう。どうしよう。闇結社、闇結社作らなきゃ。そしてオリヴィエ様を匿わなきゃ。いつか時が来たら表舞台に返り咲けるようにそれまで暗躍していただかなきゃ。やだかっこいい。闇属性オリヴィエ様もかっこいいどうしよう。裏の世界を牛耳ってもらって陰の支配者として君臨してもらわなきゃ。あ、どうしよう好き。かっこいい好き。
「――嫌われたらどうしようとか、思わない?」
ささやくような声でした。カヤお嬢様の本音だと思います。わたしはホットケーキをほお張りました。もぐもぐして、飲み下してから言います。
「正直なところを言うと、わたしみたいな木っ端ミジンコが好かれることの方が奇跡というか」
「コッパミジンコとは」
「嫌われることを考えて、好きって気持ちを制御できます?」
わたしの質問に、カヤお嬢様はちょっと考えて「ムリ」とおっしゃいました。ですよねえ。
「だから。せめてお邪魔にはならないように。わたしが好きでいることが、足かせにならないように。それでいいかなって」
カヤお嬢様はわたしをじっと見ました。そして「好きに、好きを返してほしいって思わないの?」と高度な質問をしてこられました。だからそれわたしには六億年早いって。
――それでも、少し前に言われた言葉を思い出しました。『私は、あなたが好きだよ。ソノコ』……考えて。好きに好きって返してもらえて。すごくうれしくて。でもそれって、わたしは考えてもいなかったことで。うれしい、って思うことすらわたしにとってびっくりすることで。好きに好きを返してもらえたら、うれしい。でも、そうじゃないことだって世の中にはいっぱいあって。わたしには、返せない好意があった。ルミエラでトビくんを刺した人。それに、リッカー=ポルカの、三区間さん。二人ともわたしに好意を抱いてくれたけど、わたしはそれを受け取れなかったし返せなかった。……そんな風には、なりたくないな。わたしの好きという気持ちが、相手の負担になるなら、わたしはそれを表明しない。わたしの中で、大事にしまっておくと思う。
だから、わたしならどう考えるかを、伝えました。
「わたしは――好きな人が幸せだったら、それでいいです」
本心からそう言いました。カヤお嬢様はぐっとフォークを握ってホットケーキに目を落としました。「……わたし、子どもね」とつぶやかれます。そうですね。小学生ですからね。
「ありがとう……ソノコ様みたいに大人の女性になれるよう、わたし、がんばる」
「え、目指すとこそこでいいんですか」
カヤお嬢様は吹っ切れたような表情でホットケーキに取りかかりました。これでよかったんでしょうか。クロテットクリームみたいのとシロップが最高にマリアージュでおいしかったです。
その後。クロヴィスから「寄ってほしい」と言われていました。病院へメラニーのお見舞いではなく、公爵邸へ。カヤお嬢様と別れたあと、幾人かの警備さんたちといっしょに向かいました。移動中に自動車の中で、美ショタ様からもらった新聞をチェックします。四面読むように言われたので。ぱっと目に入ってきた記事見出しでわたしは車内で崩折れました。
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黒髪の少女へ捧げたホームラン
リュシアン・ポミエ選手が語る、ファンとの心の交友
「ファピーはひとりで戦うものではないと教えてくれた」
打撃コーチが見たポミエの覚醒
現役続行の決め手
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どうやらポミエ選手はラキルソンセン国のチームと、アウスリゼ国のチーム両方からのオファーが数件来たようです。おめでとうございます。本当によかった。お役に立てたならなによりです!
マディア邸での侍従さんたちのお出迎えはいつもの通りでした。クロヴィスも玄関ホールで待っていてくれました。
「よく来てくれた、案内しよう」
連れて行かれたのは、これまでまったく立ち入ったことがない場所です。ブリアックの一味に捕まって連行されていたときに、近場を横切りましたけど。練兵場です。めっっっっっっっっちゃ広い。だだっ広いグラウンドみたいなところで、一面黒服騎士さんたち。クロヴィスとわたしが、そして着いてこられた警備さんたちが、演舞台みたいなところに上がると、こちらを向いて整列した一群の人々がざっと休めの姿勢を取りました。うっわー、壮観。
「本日講師として来ていただいた、ミタ嬢だ。皆、心して話を伺うように」
「ちょーーーっとまてまてまてまてまてまて」
なに⁉ 講師ってなに⁉ めっちゃ高い位置のクロヴィスの顔を後首を鋭角にしながら見上げて「いったいなんのことですか⁉」と尋ねました。
「あなたに講師を頼みたいことを相談したら、バズレール嬢が『講師って言ったら逃げちゃうから、とりあえず呼んでどさくさでやってもらえばいいんじゃないかしらあ?』と言ったのでな」
「れあさんんんんんんんんんんんんん」
いや、なにを。わたしがムキムキメンズたちになにを講師しろと! 「むりです、一体なにを教えろって言うんですか⁉」と言い募ったら、めまいのする言葉が返ってきました。
「メラニーからも聞いている。それに病院へ詰めていた警護担当からも報告があった。すばらしい設計の運動方法だと。ぜひ私たちに教えてほしい、『だいちー』を」
全力で拒否したところ「このために休日出勤している者もいるんだ」というブラック企業なことをクロヴィスから告白されました。視線、視線が痛い。どうしろと。え、どうしろと。じりじりと無言の時間が過ぎていきます。
――じいちゃん、ばあちゃん。あのね、園子はね、推しのいる世界に来て、ラジオ体操を布教することになったよ。
「――ラジオ体操、だいいちーーーーーー!!!!」
もうやけくそでやってやりました。さすが軍隊、みなさん覚えが早かったです。はい。






