144話 ちぇき? これはちぇきなの?
「リッカー=ポルカ市の越境管理局が先週からまた稼働している。そこから王国直轄領へいっしょに抜けよう」
「えっ、リッカー=ポルカ、今人住んでるんですか⁉」
オリヴィエ様の言葉にびっくりして声をあげると、ミュラさんがうなずきつつわたしにおっしゃいました。
「もちろん。避難民はすべて自宅へ戻った」
「やったー!!!」
レアさんが笑っています。そして「ベリテさんに、よろしく伝えて」と。え、なんで。
「レアさん、いっしょに行かないんです?」
「あたしは別口よ。ソノコと閣下、二人で越境するのよ」
「なんて?」
パードン? 今なんておっしゃいました? 説明を求めてレアさんからミュラさんへ、そしてオリヴィエ様へと視線を移すと、さっきのやさしげな笑顔のまま「私たちで新婚夫婦を装って越境するんだ」と言われました。
完全に理解の範囲を超えた内容を耳にした気がします。聞かなかったことにしましょう。
「閣下、だめよ。ソノコが理解を拒否しているわ」
「困ったな。装うだけではだめだろうか。やはりもう簡易でも結婚式をしてしまった方が」
「なんだ、であればマディア公爵家ゆかりの施設を手配しよう。すぐがいいな?」
「ちょっと待ってえええええええええええええええええ!!!!」
わたしが絶叫すると、ミュラさんが「とりあえず、みんな落ち着こう」とおっしゃいました。いえ、むりです。
わたしもレアさんも席に着いて、立てられた計画を伺いました。というか、立案にレアさんも関わっていたみたいです。なんでわたしの名前が上がっているのにわたしには話が振られなかったんでしょうか。と考えていたら「あなたに相談したらぜったい拒否するからよ」とレアさんがエスパーなことをおっしゃいました。わたしに拒否権はなし……ってコト⁉
「当然警護の者も同行する。ソノコ、あなたには領境を越えてしばらく後まで、こちらの名前で過ごしていただく」
ミュラさんがすっとわたしの前に書類を差し出しました。そこにはひとりの女性の略歴が載せられていました。名前と年齢が目に飛び込んできます。
『アンナ・バルビエ:十六歳』
「………………十六歳て」
「しかたがないじゃない。どう変装したって、あなたそれ以上には見えないわよ」
一周り年齢詐称。キツい。アラサーでJKごっこ。キツい。
「そして私は、夫のクロード・バルビエになる。新婚旅行で各地を回りつつ王都へ行くという設定だ」
「えっと! 質問いいですか⁉」
わたしが勢いよく手をあげると、オリヴィエ様とミュラさんが「どうぞ」とおっしゃいました。
「ここまで大掛かりにみんなの目をくらますようなお芝居、必要なんでしょうか⁉」
「あなたが言った。しばらくの間、私は危険な立場だろう、と。そして、私たちを害そうとした者たちは、マディア邸で捕まった者たちだけではないかもしれないと」
「はい言いましたその通りですすみません」
あれだね! 口は禍の元ってやつね! いやべつにオリヴィエ様は禍じゃないけど! こんなことになると! だれが思いましたか⁉ もちろんだれも予測できなかったよねえええええええ⁉
「私を装った者に、公の予定通りに蒸気機関車へ乗ってもらう。私たちは旅行者としてマディアを出て、王国直轄領へ入る予定だ」
「オリヴィエ様を装う? おとりを立てるということですか?」
「そう。理解が早いね、ソノコ」
だれを、とは聞きませんでした。ただわたしの頭に浮かんだ顔は、アベルでした。
「……宰相殿がルミエラへ戻られてすぐに、私も王都へ向かう。その際に今回の騒動の容疑者たちも護送する予定だ」
クロヴィスが低い声で言いました。わたしはなんとも言えない気持ちになりました。その護送される三十二人の中にはサルちゃんが。そして、オリヴィエ様と美ショタ様のお兄さんである、ブリアックが。ふたりは、どんな気持ちなんだろう。
想像ができなくて、触れてはいけない気がして、わたしはその浮かんだ考えを封じ込めました。オリヴィエ様は終始、穏やかな表情をされていました。
わたしとオリヴィエ様には、警護の方が付き人のように同行されるそうです。男性と女性ひとりずつ。富裕層であればそんな旅行はめずらしくないそうで。今この部屋にいらっしゃる方たちとのことで、あいさつをしてくださいました。もちろんその他に遠隔で警護される方もたくさん。わたしなんかが口をはさむ余地がないくらい、計画は綿密に練られていました。一通り説明を受けてわたしも納得し、腹をくくって「わかりました」と告げました。
で、その後なんですけど。
友好の印として、オリヴィエ様とクロヴィスとミュラさん、三人で写真を撮ることになっていたみたいです。写真屋さんが助手の方を伴っていらして、三階のお部屋に用意をしていきます。公使館で撮ることに意味があるみたいです。はい。わたしはレアさんといっしょにお部屋へ戻ったんですが、扉を閉めるなりレアさんがにっこーと満面の笑顔で「じゃあ、おめかししましょうか、ソノコ!」とおっしゃいました。なぜ。
「なんでです?」
「せっかく腕のいい写真家さんが来てくれているのよお? 撮ってもらわなかったらもったいないじゃない!」
はあ、なるほど。そういうものですか。スマホ世代なのであんまりそのありがたみがわかりませんが。言われたとおりに、前にレアさんが「似合う!」と太鼓判を押してくれたオリーブグリーンのワンピースに着替えました。まあ、アウスリゼの写真、まだモノクロなので色はあんまり関係ないんですけどね! そして、髪はハーフアップ。顔はいつも通りレアさんがモンドセレクション最高金賞にしてくれます。
「レアさんは着替えないんです?」
「あたしはいいのよ」
それはそう。レアさん普通にしてもキレイだもん。それはそう。三階に戻ると、ちょうど設営が終わって男性三人が並んでいるところでした。オリヴィエ様が右側の椅子に、ミュラさんが左の椅子に。そして、両者の椅子に手をかけるように、真ん中でクロヴィスが前かがみになりました。みんな真顔。ちょう真顔。たぶん「はいチーズ」とかピースとかの文化がないんだと思います。そうだろうなあ。基本、写真を撮るって記録を目的としているでしょうし。もちろん、経団連フォーラムポスターのオリヴィエ様みたいに柔和なお顔で写ることもあるでしょうけれども。
美ショタ様も階段を上ってこられて、わたしの隣に立ちました。あら、ひさしぶりのおぼっちゃまスタイル。というか、どこに出しても恥ずかしくない感じの紳士モードですね。ほんと似合うんだこういうの。
「美ショタ様も撮られるんですね」
「いちおうね。記録は必要だろ」
ところで写真撮影も事前に知らされていなかったのわたしだけっぽいのはなぜなんだぜ。
美ショタ様はオリヴィエ様といっしょに。二人で同じ方向に足を組み並んで座る感じ。かわいくない? 表情の作り方がそっくりなんですよ、この二人。今はちょっとだけドヤってる雰囲気。かわいい。で、そちらの撮影が終わってから促されて、設置し直された椅子に座りました。ちょっと斜めにお嬢様っぽく。わたしだってしゃべらなければなんとか。椅子の背もたれにそっと手をかけられて隣に立った人影があり、顔をあげると。……オリヴィエ様でした。
「えっ……」
「二人の写真がほしいんだ。記念に」
ガッチガチに緊張してお嬢様っぽく写れなかった気がします。現像して、こちらを出発する前にはいただけるそうです。はい。
今週だけ月水金の三回更新です
なぜならば、なんか書けたからです
次は14(水)、16(金)の更新でよろしくお願いいたします






