143話 えっ、それってどういう
どっと言葉ではない声がひとつになり、球場が縦揺れしました。わたしもカヤお嬢様もそれに和しています。かっけええええええええええええええ!!!!!!!!
初球! 初球から! 宣言通り!!! ホーーーーーーーーーームラン!!!!
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
わたしとカヤお嬢様の飛び上がっての絶叫がハモります。女性警備さんが「すっ、ごーい」と感心しながら拍手しています。ですよね! すごいですよね! 宣言からの! 初球!!!! なにこれちょうかっこいい!!!!
リュシアン・ポミエ選手がホームベースへ戻って来られたら、もう一度わっと歓声が上がりました。そりゃそうですよ。冬季リーグとはいえ、予告ホームランですよ! 沸きますって!
あのですね。元々は故障してからずっと自チームで二軍だったポミエ選手。じつは、今冬季リーグでもあんまり成績は良くなかったんです。そして今はリーグの最終週。通常のリーグに戻る選手たちには、移動の関係もあってもうこちらには参加されていない人もいます。わたしの最推し選手である、オリヴィエ様そっくりさんのティミー・ロージェル選手も、お国がラキルソンセンなので先週末離脱されました。
そんな中で、ポミエ選手が今日の試合でスタメンであるということ……チームは違いますが、彼もラキルソンセンにあるチームの選手です。……トライアウト的ななにか……他球団からのスカウト待ち……あんまり上手く行ってなかったんじゃないでしょうか。
そう考えたら本当に胸に来るものがあって。ベンチへ戻る前にすでにチームメイトたちからぼこぼこにされているポミエ選手の姿がかすんで見えました。すごい。すごいよ。がんばった。そしてすごくがんばってる。わたしもがんばろう。自然とそう思えました。
「すごい、すごいー! ソノコ様に、ソノコ様へのホームラン!」
カヤお嬢様が上気した顔でそうおっしゃったので、「えええええええええ」と反応してしまいました。「だって、だって!」とわたしに向き直って、満面の笑顔でカヤお嬢様は断言されました。
「ソノコ様は打球を見ていたからわからなかったかもしれないけど! ポミエ選手、打ったあと、ソノコ様を見ていたもの!」
「いやそれたまたまこっち向いただけ……」
「ぜったい! ぜったいよ! ぜったいソノコ様を見ていたわ!」
「はっはっはっは」
女性警備さんも苦笑いされていました。球場内の興奮冷めやらぬ中、わたしたちは席へ戻ります。
「あのね! さっきのホームランはね! ソノコ様へのなのよ!」
と、カヤお嬢様が興奮気味におっしゃり。美ショタ様が「へえ、どういうこと?」とお尋ねになり。……オリヴィエ様がとてもキレイな笑顔で「興味深いね、私も聞きたいな」とカヤお嬢様を促しました。え、なにそれこわい。「いえ、なにも、なにもないです問題ないです」と言ってみたところ「それは聞いてから私が判断するよ」とにっこりされました。え、なにそれこわい。で、カヤお嬢様の身振り手振りあることないこと報告が終わるまで、わたしはがっちりと右腕をとられていてですね。はい。カヤお嬢様の方を向いて適宜相づちを入れているオリヴィエ様の耳裏あたりを拝見しながら、まじかー、この角度でもかっこいいのかーと思ったりしていました。はい。かっこよかったです。はい。
「――ソノコ」
「はいなんでしょうここにおりますなんなりとお申し付けくださいどこへなりと参ります」
「ずっと私のそばにいて。いくつか尋ねたいことがあるけれど、いいかな?」
「はいもちろんです」
「ずっとそばにいてくれるんだね、うれしい。二十四番のポミエ選手とは、面識があるのかな」
「えっと、はい。一度練習場でお会いしました」
オリヴィエ様がにーっこりと笑顔を深められました。すてき。でもなんかこわい。
「なにか話した?」
「えーっと。冬季リーグに参加している理由とか……」
「そんなに込み入った話ができるくらい長い時間?」
「えっと。ごはん食べてて。屋台で」
「ふん? 選手が屋台にいたの?」
「えーっと、あの、スポンサーのシリル・フォールさんが。なんか、わたしたちのために貸し切ってくださって」
「ふん?」
「で、練習帰りに寄ってくださって。で、いっしょにごはん食べて」
「ふーん」
ちょっと目を細めてわたしをじっとご覧になってから、オリヴィエ様はわたしが着ているユニフォームのすそを引っ張りつつ「で、これを着るくらい仲良くなったんだ?」とおっしゃいました。
「えっ? あの、仲良くっていうか、応援したいなって」
「ふうん」
場内アナウンスが、四アウトで次は五回表になることを告げました。興奮が冷めやらぬざわざわとした空気感の中、オリヴィエ様はぎゅっとわたしの肩を引き寄せて、わたしの耳に口づけるように低い声でささやきました。
「――本当に、あなたは。だれでも彼でも魅惑して回る。閉じ込めておかなきゃだめかな」
えっと。その後の記憶があいまいです。はい。
ただ帰宅後、美ショタ様に「流されるなよ!」とこってり怒られたことははっきり覚えています。なぜ。
はい。で、次の日です。クロヴィスが公使館に来ました。民家仕様の建物に巨人の貴族がいる違和感たるや。シルバニアファミリーのお家を使ってジェニー人形で遊ぶみたいな。ごめんそれは言いすぎた。三階の、事務室として使用していた部屋にみんなで集まりました。なんだかんだそこが一番広いので。
「え……? 僕必要?」
ちょっと嫌そうな感じで美ショタ様がおっしゃいました。今後ルミエラへ戻るのにどうするかの話し合いの、関係者説明会っぽいものなので、警護対象の美ショタ様はもちろん必要です。はい。むしろなんでわたしがいるのか。いちおうレアさんや警備さんといっしょに階段側へ控えています。まあ給仕係みたいなものです。たぶん。
「複数の行程を考えました」
ミュラさんが仕事できるオーラで応接用ローテーブルに書類を並べて行きます。ちょっとつま先立ちしてみましたが当然見えませんでした。はい。おかしいな、視力5.0になったはずなのに。ちょっとだけレアさんに笑われました。
がんがん話が進んでいきます。嫌がったわりにはちゃんと話についていって、適宜質問や意見をしている美ショタ様です。「じゃあ僕は、あさっての午前に蒸気機関車で帰ろう」とおっしゃいました。えっ、なにそれ展開早い。
「冬季リーグの試合も観られたしね。兄さんとは別行動の方がいい」
「反抗期か。兄はさみしいよ」
「よく言う。ソノコさえいればいいくせに」
「わかっているね。さすが私の弟だ」
クロヴィスが一瞬きょっとーんとしました。それから「あ、そういう」と納得したような声をあげてわたしを見ました。なに。なんなの。なにがそういうなの。
「じゃあ荷造りするから僕は抜けるよ。せいぜい気をつけてね、オリヴィエ兄さん」
「ああ。先に戻って父さんと母さんにしぼられてろ」
「兄さんたちのバカアベックぶり伝えとくから。そっちが覚悟しときなよ」
ゆっくりと階段を降りて去っていく美ショタ様は、なんだかんだお兄ちゃんだいすきっ子なんだなあ、と思います。オリヴィエ様と別行動で先に帰ってしまえば、警備のみなさんはオリヴィエ様警護に集中できますからね。デレか。これがデレなのかツン九割九分の美ショタくん。わかりづらいな。かわいいじゃないか。
ミュラさんは、しばらくの間公使館に残って残務整理をされます。そしてこの公使館を、今後どのように用いていくかも道筋を立てて行くそうです。よかった、ずっとルミエラに戻らないわけではないみたい。
もう長いことレテソルに居るけれど、いざ帰るとなるとわたしもルミエラでの生活が懐かしくなってきました。みんな元気かな。トビくんにオレリーちゃん。それに、フォーコネ先生に、雑貨屋のユーグさん。カチカチもまたやりたいな。交通局のみなさんも、お元気かな。
そんなことを考えていたので、呼ばれていたのに気づきませんでした。レアさんに「ソノコお、あなたのことよ」と服を引っ張られて顔を上げます。
「私とソノコ。二人で領境を越えることにする。それでいいかい?」
オリヴィエ様が、すごくやさしい瞳で、わたしをご覧になっていました。