135話 びくっとしました
ずっと避けているわけにもいかないというか、いけないというか。さすがに。わたしもいい大人ですし。命をとられるような状況なわけではないですし。むしろもう何回も荼毘に付されて今がある気もしますし。なんだそれ、しに戻り転生モノか。だったらもうちょっと上手いことやっとるわ。それな。戻らせて。やり直させてくださいお願いなんでもしますから。
昨日のうちにレアさんが、オリヴィエ様の着替えを洗濯されていました。わたしもいくらか洗い物をして干しました。いっしょにとりこんで、たたみます。届けなきゃいけないし。あと、レヴィ先生からお借りしたハンカチ。
ばたばたしていたので顔を出しに行けていませんでしたけれども、病院には今メラニーもいるんですよね。ちゃんとお見舞いに行かなきゃ。たぶんそちらにレヴィ先生もいらっしゃるかなって。鼻水まみれにしてすみませんでした。あのいい香りはなんですか。
お昼を食べてから、メラニーへのお見舞いの品と、レヴィ先生へのお礼のお菓子を買いに出ました。あと、オリヴィエ様と警備の方への差し入れ。その足でレアさんと病院へ。行かざるを得ませんでした。はい。美ショタ様は「僕が毎日行ってもはやく治るわけじゃないだろ」と言ってついて来られませんでした。それはそう。オリヴィエ様自身は今週中に戻るっておっしゃってましたけど、手術で何針もぬっていらっしゃるわけですし、まだ病院にいらした方がいい気がするんだけどなあ。顔を合わせるのがしんどいからそう考えてるわけじゃないですよ? もちろん。ははは。
昨日はレアさんがいらしたので、ラジオ体操第五をブラッシュアップして一晩を過ごすとかはできませんでした。ベッドに入ったらわりとすぐに寝落ちたし。なので具体的にどんな顔で病院へ向かえばいいか考えることができませんでした。レアさんプロデュースしてもらおうとしましたけど「ソノコはそのままでかわいいんだってば」と断られましたし。超絶美人に言われても説得力がいまいちです。はい。
そして運転を担当してくださっている警備の方のおかげで、あっと言う間に病院には着いてしまうわけです。「では、私は駐車場で待機していますので」とおっしゃったのでわたしもそのまま居残ろうとしたらレアさんに引きずり降ろされました。はい。
「あの、レアさん。ご相談が」
「なあにい?」
「わたし、レヴィ先生からお借りしているものがあって。それを可及的速やかに返却しなければ川の向こうで手招きしているばあちゃんの元へ行ってしまう可能性を秘めていまして。なので先にメラニーのお見舞いへ行ってもいいですか」
「さっぱり意味がわからないけれど、あなたのオリヴィエ様に会うのが恥ずかしいからちょっとでも時間稼ぎしたいってことねえ? いってらっしゃい。あんまり長居しないで戻ってきてね」
わからないとおっしゃりながら全容把握しているのやめてもらっていいですか? 病院の玄関ロビーで別れて、わたしは総合受付さんにメラニーのお見舞いに来たことを告げました。内線電話とかはないので、受付嬢さんが手元にある三つ並んだ金属鍵盤みたいのをリズミカルに叩いてどこかに信号を送りました。音は鳴らないやつなんですけど、どういう仕組みなんでしょうね。ほどなくしてお迎えがきました。私服っぽい感じで目立たなくされていますけど、たぶんマディア軍の方ですね。むきっとされてるから。病院までお疲れさまです。
メラニー、めっちゃよろこんでくれました。ヴィゴ先生もいらして。レヴィ先生は勤務医さんに請われて診察に同伴されているそう。すぐ呼んでくださるとのことでした。ハンカチ返すだけなんで申し訳ないんですがそれ。
「ソナコ。だいちー、やってくださらない?」
片言じゃないメラニー……! 感動して絶句してしまいました。いくらでもやるわそんなん。うろ覚えでやっているから不安なんですって。適当でいいと思うんですけどね。ヴィゴ先生がめっちゃ目をまん丸にしてわたしの『だいちー』をご覧になっていました。メラニーのラジオ体操、ちょっとお遊戯っぽいもんね、わかる。で、これはわたしの国では老若男女を問わずにできる無理のない運動として設計され一般に普及したものなんです、とお伝えしたら、ヴィゴ先生と警備さん数人もいっしょにお遊戯してくれました。なんだこの空間。
「ソーノコちゃーん! おまたせええええええ!」
異様に関心を示してくれた警備さんにラジオ体操の個人レッスンをしていたらレヴィ先生がいらっしゃいました。で、院内カフェに連れ出されました。はい。午後なので遅いお昼休憩のスタッフさんがお食事をされたり、患者さんとお見舞いの方が話に花を咲かせたりしていました。コーヒーを受け取って窓際席へ。座ってすぐに「あの、この前はありがとうございました。ちゃんと洗いましたので」とハンカチとクッキーを差し出すと、「ん? なにこれ」と言われました。
「この前お借りしたハンカチです」
「僕、貸してないよ!」
まじっすか。じゃあだれの。とりあえず保留して、クッキーはいっしょにいただくことにしました。はい。
で、とりとめない話をしてたんですけど。レヴィ先生さすがだなあって思ったんですが、「ソノコちゃん、なんかあったでしょ」とずばっと聞かれました。ずばっと。で、根掘り葉掘りされちゃったわけです。
「いいわねえええええええ! 青春だわああああああああ!」
青を通り越して群青色とかなってる年なんですが。そして普通に恥ずかしい。テーブルにつっぷしてうめいていると、「で、ソノコちゃんは怖いわけだ」と言われました。
「え」
「そうでしょ? 憧れの人と両想いになれること。本当なら舞い上がって空でも飛べるくらいの気持ちになるものよ。こんなところでうじっと僕に相談したりしないわよ」
「怖い……こわい。……そうかあ」
これは、怖いという気持ちなんだろうか。ちょっとよくわからない。ただ、あり得なさすぎる事態に、すごく混乱しているだけだと思っていたのだけれど。両想い? 両想いってなんだろう。恋愛経験なさすぎてわからない。そもそも、わたしのオリヴィエ様への感情って、恋愛でくくってしまっていいんだろうか。違う気がする。でも、違うっていうのも違う気がする。なんだろう。……わかんない。
「――あの、わたし。オリヴィエ様に謝らなくてはいけなくて」
「なにを?」
「なんというか。ちゃんと、ひとりの人として尊重できていなかったというか。……違うな。うーんと。……わたしの中で、象徴的な存在すぎて」
「ふん?」
「……感情を持たれる人間なのは知っています。でもどこかでわかっていなかった、かな。……お話の中の登場人物に憧れるみたいに、接していたんです」
「ああー」
「それって、失礼なことじゃないですか。昨日、それに気づけて」
「なるほどねえ」
「でも、じゃあどうしたらいいのかわからない。混乱してます」
言葉を選んでゆっくりと言いました。レヴィ先生はコーヒーを飲み干してから、にっこりとわたしに向き直りおっしゃいました。
「そのこと、二人で話してみるといいんじゃないかしら。じゃあ、僕診察に戻るわね。ごゆっくりぃー!」
いそいそと席を立って去って行かれたのでびっくりしてその姿を目で追いました。
で、後ろを向いたら、そこにオリヴィエ様が立っていらしたんです。