131話 とりあえず心臓が口から出そう
おはようございます。次の日です。次の日ということは、次の日です。なので、昨日から見た『明日』が今日なのです。
わたしはオリヴィエ様スクラップ帳を開き、新しくそこに加えられたメモ紙を見ました。……腰が抜けました。
『明日午後。待っています。』
え、なに、なんですか。これはなんなんですか。わたしなにかしちゃいましたか。体育館裏に呼ばれちゃいましたか。心当たりがありません。すみませんうそですめっちゃありすぎて見当がつきませんがどの件ですか。反省文とか必要ですか。怒られる? わたし怒られる? オリヴィエ様から直々に怒られる? ご褒美ですありがとうございます無事ご臨終です。わたしアウスリゼに来てから何回天に召された? もはやわかりませんが? どうしたらいいでしょう、着物? 着物がいいの? 白い装束の左前で行けば正装になる? あとは埋葬するだけにしておいた方が親切? 今からどこで手に入る?
とりあえず探しても見つからなかったときのために白いシャツを着ました。ちゃんとアイロンかけてあるやつ。それに、白いスカートがなかったので薄い黄色のスカート。すそに白の花柄の縫い取りがあるやつ。かわいい。そしてアイボリーのカーディガン。髪の毛はいつもよりきゅっときつめにうしろでくくりました。ルミエラから持ってきた衣装箱の中を探って、小物入れを出します。その中から白レースのリボンを取り出しました。雑貨屋店員のユーグさんから以前いただいたやつ。結局三回くらいしか着けられていないので、せめて最期くらいは。さらに同じくユーグさんが似合うって言ってくれた口紅。あ、眉つながってないか確認しよう。
思い残すことがないように身の回りの整頓などもしていたら、そのうちノックがあって「なにしてんの、朝ごはん食べないの」という美ショタ様の声が聞こえました。いえ食べますとも。ごはんを粗末にするものですか。「今行きます!」と答えました。
「……なんか、やけにめかしこんでるじゃん」
「最期なので……」
粛々とわたしが言うと、美ショタ様はちょっと真顔でわたしをご覧になったあとガンスルーで階段を降りて行かれました。なにそれ。厨房のヤトさんが今日も美味しいごはんを作ってくれました。これが最後の晩餐になるかもしれないんですね。朝食だけど。お昼もあるけど。まだ食べるけど。一口ひとくちを噛みしめて味わいました。おいしかったです。
ミュラさんは先にごちそうさまをされて、お仕事のために自室兼公使室へと戻られました。美ショタ様も食べ終わってお茶をされています。元々わたし食べるの遅い方なんですけれど、今日はなおのことですね。
食べながら、いろいろこれまでのことを考えました。そしてオリヴィエ様がなぜわたしを呼ばれたのか、体育館裏なのか職員室なのか、提出すべきなのは財布なのか反省文なのかと考えているときにふと思いつきました。――もしかして、オリヴィエ様、身近な人には相談できない深刻な問題を抱えていらっしゃるのでは?
「――なん……だと……」
「百面相してないでさっさと食べなよ」
ミュラさんやレアさん、そしてもちろん美ショタ様になんかにはぜったい聞かせられない内容のなにか……そう、わたしみたいな行きずりのアフォに託さざるを得ない問題……! なんてことでしょう!
「なんとしてもお助けしなければ……!」
「まず起きながら寝言いう自分助けた方がいいよ」
「そうとなれば善は急げ!」
「膳を急いで食べな、ヤトが困ってる」
「まずは白装束を探すところから」
「僕ときどき本当にソノコがわからない」
午後に美ショタ様といっしょに病院へ行く約束をして、わたしは自動車を出していただきお買い物に行きました。お見舞いの果物はゲットできたんですけど安らかに逝けそうなお着物は見つけられませんでした。しかたがないのでこのままで逝きましょう。
公使館に戻ってお昼を食べて、午後の面会時間になってから美ショタ様といっしょに病院へ。ミュラさんは今日もお忙しい。病室の前まで来たら、中から男性の笑い声が聞こえました。あら、この声は。
「おお、ソノコ! ひさしぶり! この前の歓迎会では、子どもに囲まれていて近づけなかったよ」
にこにこと人の好い笑顔のムーミ……いえ、柔和な容姿の男性。総合商社リュクレースの一番えらい人、シリル・フォールさん。あの、経団連フォーラムでお昼おごってくれた冬季リーグスポンサーさんです。Sレアキャラに遭遇した気分。オリヴィエ様とレアさんと、三人でテーブルを囲んで談笑されていたようです。オリヴィエ様、おぐしを解いて背中に流したままです! そしてメガネをされていません! 目に良すぎる! 視力が5.0になる! だれか、だれか写真を! はやく!!!
気を取り直して「おひさしぶりですー。オリヴィエ様が入院されたの、極秘情報なのによくわかりましたねー」と言うと、「まあね。山のことは猟師に問えってやつさ」と返ってきました。なんでしょうその格言的なの。流れ的に蛇の道は蛇っぽい意味な気がする。あとでレアさんに聞いてみよう。
わたしの背後で美ショタ様が小さく舌打ちをしたのが聞こえました。やめたまえ、大人げない。ショタだけど。美ショタだけど。お部屋には胡蝶蘭に似た薄紫のゴージャスな花が飾られていました。ちなみにアウスリゼでは根っこのあるお花はダメ、というマナーはないみたいです。わたしは持ってきた果物をとりあえずその隣に置いて、お花を触ってみたり匂いをかいでみたりしました。「僕ときどき本当にソノコがわからない」と美ショタ様がおっしゃいました。
「では……少しの間失礼していいかな」
オリヴィエ様がそうおっしゃってゆっくりと腰をあげられました。シリルさんがすんごい笑顔で「もちろん」とおっしゃいました。
「ソノコ。行こうか」
「えっ」
果物かごからオレンジを取り出して、皮をむこうと考えていたところで呼ばれて素で声をあげてしまいました。「庭にいこう。二人で話せるから」と、オリヴィエ様が右手を吊った痛々しい姿のまま、目元で涼やかにほほえまれました。
――きたーーーーーーーーーー!!!! お悩み相談だーーーーーーーー!!!!
どきどきしながらオリヴィエ様に続いて部屋を出るとき、美ショタ様が「昨日、自分が言ったこと、覚えてる?」とおっしゃいました。
「言いなよ。この際さ」
病室から押し出されるように扉を閉められました。なんかひどい。オリヴィエ様はこちらをご覧になっていて、わたしを促してくれます。ここの病院の構造がよくわかっていないので、オリヴィエ様が進む通りについていきました。胸がばくばくいっています。自分にどうにかできることなのかとか、いろいろ考えました。
春めいてきたとはいえ、やっぱり外は少し肌寒いです。オリヴィエ様にコートを持ってくればよかった。日の当たるベンチがあって、オリヴィエ様はそこに座られました。わたしも目線で座るようにと指示され座りました。端っこの方に。
「ソノコ。では、話を聞かせてくれますか」
えっ、なんでしょう?