13話 やっちまいますかね!
「はっじめまーしてー!」
にっこにこのいい笑顔でなされた挨拶に、わたしは硬直しました。そしてわたしがまったくリシャールその他から信用されていないことを理解しました。
帰宅したときにちょうどお隣りの部屋にひとりがけソファを搬入しているところだった明るい茶髪の男性。
はい。ジル・ラヴァンディエです。終わった。
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説明しよう‼ 『ジル・ラヴァンディエ』とは‼
グレⅡリシャールサイドのシナリオのノンプレイヤーキャラクター(NPC)のひとりである‼
ゲーム上でリシャールとして様々な指示を部下に与えた際、手足となって作戦を為す実働部隊『グロリア』の長であり、諜報活動家。その任務は多岐にわたるが、得意とするのは人的諜報 (ヒューミント)である。一切の経歴や背景が明らかにされていないので、二次創作が量産されている。
職務上多くの偽名を用いるが、ジル・ラヴァンディエ自体もおそらく偽名である。
少し癖がある明るい茶髪、あめ色の瞳。
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いやあ、わたしの監視のために最高の人材ぶつけてくださって光栄です‼
「さっき引っ越してきました、アベル・メルシエです。アベルって呼んでねー!」
はーい。はいはい。第一級特別任務の偽名ですねー。そうきましたかー。はいー。
多少ぎこちなかったかもしれませんが、「ハジメマシテ」と言いました。ぜったい知ってるくせに名前を問われたので、園子と答えました。
「ソノコちゃん! お隣さんが可愛い子とか、俺ツイてるなあ! よろしくねー」
こいつの言う可愛いとか信じられませんが心に深く刻みました。アベル、アベル。ジルじゃないアベル。ああどうしよう、間違えそう……軍部情報どころじゃない問題になる……命懸けじゃんご近所付き合い……。
そしてわたしは開き直りました。これ以上ないってほど警戒されているので、もう堂々としていようと。元から隠すものもありませんが。どうせやることなすこと筒抜けです。だったら好きに生活してやりますよ。
そんなこんなで、グレⅡ世界に来て、住居を定めてから一週間が経ちました。エンタメは(ry。
「ソノコちゃん、おはよー‼」
朝起きてトイレに行って、ついでにトイレ掃除して、部屋に戻って顔を洗い着替えたあたりでアベル(ジル)がやって来ます。慣れました。なぜか毎朝いっしょに朝ごはんを食べに行きます。ご近所のカフェではもう常連扱いです。
そういえば、ユーグさん(雑貨屋店員さん)のお姉さんのお家から、先日ベッドも無事いただきました。ジャストサイズ! と思ったら子ども用ベッドだそうで。いいんですけど。
ちなみにアベルとユーグさん、微妙に仲悪いです。間に挟まれるわたしの身にもなってほしい。
なんとなく、ここでの生活の仕方が見えてきました。お洗濯は営業に来られた洗濯女性へ週一でお願いすることにしました。
ラ・リバティ社の朝刊を配達してもらうよう手配して、世間の空気感もつかめた気がします。トビくんはここの区域担当ではないみたいです、残念。
ノートを買って日記をつけています。そこから抜粋して、ミュラさんへ提出する書類を作成します。
お金もいつまであるかわかりませんし、そろそろバイトかなにかしたいなあ、と新聞の求人欄を見ていたとき、アベルが後ろから覗き込んできました。この人他人の家に鍵かけていても平気で入ってくるんですけどどうにかなりませんか。もう身分隠す気ないだろそれ。いちおう着替えているときとかは入ってこないですけど。壁に覗き穴あるのか探してみましたが、見つけられませんでした。
「なに、ソノコちゃん、仕事すんの?」
「そろそろしなきゃ、まずいですねえ……」
「なになに、俺もいっしょにやる」
「アベルさん自分の仕事あるでしょ」
いちおう『アベル・メルシエ』さんは、雑誌記者という触れ込みです。いちおう。各地の旅行記とか書いているそうです。いちおう。
この一週間、考えました。本当に悩んで、結論を出しました。――わたし、やってみようと思うんです。『シナリオ改変』。
わたしがここにいる時点で、もうこのグレⅡ世界はゲームのグレⅡとは違いますし。オリヴィエ様が亡くなるところとか、リアルで見るとか嫌ですし。それだけじゃなくて、いろんな人が悲しい思いするとわかっていながらただ指くわえて見ていろって、ちょっとできない相談です。
わたし、グレⅡ好きなんですよ。世界観も、シナリオも。制作してくれたみなさんを尊敬していますし、感謝してもいます。それなのにシナリオ変えようとするとかファンの風上にも置けないですよね。わかってます。
でもね、やっぱり、ここは現実なんですよ。みんな生きているんです。キャラクターが動いている画面の中のお話じゃなくて、現実世界なんです。
なんでわたしがここに来たのか、ここが地球じゃないどこかなのか、そんなのわかりません。でもね、みんな生きているんです。それだけは確かなんです。わたし、みんなが幸せになればいいなあ、って思うんです。そう思いながらグレⅡやってました。選択肢はいつでも同じで、結末も数パターンの他はなかったですけども。
誰かは幸せになって、誰かはそうじゃなくて。それはリシャールとマディア公クロヴィスが対立している以上、しかたがないことなのかもしれません。でもね、ここなら。現実世界のここなら。
誰かの行動次第で、他のエンディングだって選べるんじゃないですかね? 泣く人がひとりでも少ない、大団円できませんかね? ご都合主義な考え方でしょうけど、王杯の気まぐれに惑わされないで、『最善』を選択できませんかね?
――オリヴィエ様が、生きたままで。
「ソノコちゃーん、なんか眉間にシワ寄ってるよー」
右手の親指でぐりぐりされました。この人スキンシップ多いんですよ。ハニトラ命令出てるのかもしれないですね。ふざけんなわたしはオリヴィエ様一筋じゃおとといきやがれ。そもそも軽い男は嫌いです。重い男も嫌ですけど。
「決めました」
椅子から立ち上がり、わたしは言いました。アベルがきょとんとした顔で「なにをー?」と聞いてきます。
「この仕事の面接、行ってきます」
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未経験者歓迎! 即日から働けます!
誰にでもできる簡単なお仕事です。
・アウスリゼ王国内の交通量調査
場所:アウスリゼ国内各所(ご都合にあわせて調整可能ですので、まずは最寄りの交通局事務所までお問い合わせください)
賃金:日給制(場所により変動あり)
※各交通局にて随時面接、直接お越しください。
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アベルが変な顔をしました。なぜ。