129話 こんな平和な日常も、みんなの努力でできてるんだなって実感します
美ショタ様は、すごくまっすぐないい子だなあ、と思いました。
わたしも兄が二人いるけれど、そこまで気持ちを傾けられるほど、心にかけても思ってもいないので。正直、顔も忘れかけている。
深夜、なんとなく眠れなくて、こっそり三階にあがって、ルーフバルコニーに出ました。そろそろ春の兆しが見えてもいいころだと思いますけれど、夜はやっぱりちょっとだけ寒いです。先客がいました。暗い中で目だけ光っていたのでびくっとしました。黒猫さんです。前に見かけた野良のねこ太さんです。逃げられないようにすり足で近づきました。あと一歩、というところでシャー! とおっしゃって去って行かれました。悲しい。
「……なにやってんの」
「ぎゃあ!」
我ながらかわいくない悲鳴でした。美ショタ様でした。「美ショタ様こそ、なんですか」と尋ねると、「なんか、上に行く音が聞こえたから」とおっしゃいました。
「……眠れないの?」
「はい。美ショタ様もですか」
「つーか、前から気になってるけどその『ビショタサマ』ってなに。いいかげん教えて」
「美少年様という意味です」
「じゃあ最初からそう言えばいいじゃん」
「美少年様」
「うっわなんか嫌、すげー嫌。今まで通りでいい」
しばらく二人でぼんやりと、ガス燈が点々としている夜の街をながめていました。「暇。ハルハルしよう」と美ショタ様がおっしゃいました。
「……今からですか?」
「どうせ寝てないじゃん。チャーコ十本勝負。負けた方が風呂掃除」
「しかたないですねえ……」
「うわなんだその『つきあってやる』感、むかつく」
惨敗でした。すごくがんばったのに。ぜったいイカサマだと思う。「よわっ」とひとこと言われました。きっと将来「一言多い」って女の子に振られると思います。最後の一戦のとき、手札をじっと見ながら美ショタ様がおっしゃいました。
「ソノコはさあ、なんで他人のことに真剣になれんの」
天気の話をするみたいな口ぶりでした。でも美ショタ様が真剣な気持ちで聞いているのがわかりました。わたしは少し考えて、少しじゃわからなくて、「うーん?」と言いました。
「特別、他人のことに限って真剣になっているつもりはありませんよ? 今、チャーコも真剣ですし」
「それ自覚なさすぎでしょ。いつも他人のことで右往左往してるじゃん。あと兄さんのことと。それも他人だけど」
わたしが切った手札を見て、美ショタ様が「チャーコ」と言いつつ自分の手札と交換しました。
「――なんか、自分のこと忘れてるみたいに行動してる。自分どうでもよさそう」
ちょっとだけびっくりしてわたしは美ショタ様をまじまじと見ました。「……なんだよ」とおっしゃいます。
「いやあ……愛ちゃんと同じこと言うなあって」
「だれ。アイチャンて」
「わたしの国の友人ですよ」
群馬で一番お世話になった友だち。三千円借りっぱなし。そのうえマンションの保証人も愛ちゃんだ。今、どうなっているんだろう。
怒っているかな。心配しているかな。……悲しんでいるかな。それはちょっと、ツライな。
「……会いたいんだ?」
「そうですね。会いたい」
「会ってどうすんの」
「ごめんなさいします。急にいなくなってごめんなさい。心配かけてごめんなさい。それに」
言いかけて、わたしはやめました。空しいから。美ショタ様も、それ以上は聞いてきませんでした。
「あのですねえ、美ショタ様。わたしは美ショタ様の方がふしぎなんです」
美ショタ様が切った手札をじっと見ます。……これは……チャーコすべきか? 迷った末にしませんでした。
「お兄さんたちふたりのことで、すごく心を痛めて。まるで自分が切られたみたいに」
「そんなの、当然だろ。家族なんだから」
「それですよねー。わかる。いや、わかんない」
理屈ではわかる。家族。
美ショタ様は、今育ててくれているご両親から生まれたわけではないそうだけれど、たしかに家族としての自覚とキズナがあるんだろう。
わたしには、ないなあ。
家族って、なんだろなあ。
最終戦も負けました。やはりあそこでチャーコしておけば。三日間お風呂掃除当番です。がんばります。
「僕が言いたいのはさ」
片付けが終わって、立ち上がったときに美ショタ様が低い声でおっしゃいました。
「ソノコはさ。もっと自分勝手になればいい。自己主張していい。なんか、わざとそうしてんのかもしれないけど、あんなに騒がしいのに息殺してる」
やっぱりこの美ショタはひとこと余計じゃないでしょうか。わたしのどこが騒がしいと。はい騒がしいですねすみませんわかってます。わたしのことを思っての言葉だと思うので、「ありがとうございます」と伝えました。
ベッドにもぐりましたけど、レアさんのいない部屋が広く感じられて、やっぱり眠れませんでした。
おはようございます。一睡もしないうちに厨房の方が出勤してこられる時間になりました。考えることはいろいろあって、でもまとまらなくて迎えた朝です。
とりあえず、マディア邸での爆発については即座に箝口令が敷かれました。和平協議の場でテロが生じたとか、大混乱にしかならないですからね。
だからといって、ブリアックたちのしたことがなくなるわけでも容赦されるわけでもありません。「すべては、司法の下で」とミュラさんがおっしゃいました。その通り、しかるべきのちに、しかるべき裁きが下されるのでしょう。
なので、表向きはなにもなかった、すべては平和裡に終わったということになっています。ということで。
「今日はディアモン財閥のカヤお嬢様が遊びに来られるんです! ちょっといい感じのおやつとか作れますかね⁉」
「おお、任せとけー! なにがいい?」
厨房の方はヤトさんとおっしゃいます。ここの縁の下の力持ちです。レアさんとわたしじゃ賄いきれない人数の所帯になったからね、公使館! 一般家庭用のキッチンでよくまあ回してくださっています。さすがです。
午前中は、美ショタ様といっしょに病院へ必要なものを持っていきました。ちょうどお医者様の巡回の時間と重なってしまってレアさんとしか会えませんでしたけど、オリヴィエ様は目を覚まされていらっしゃるとのこと。しかも公使館に戻るとかおっしゃっているそうです。いえ、心配なので入院していてくださいお願いですから。
病院を出ようとしていたところに、女性の看護師さんがぱたぱたと駆け寄ってきました。
「ミタ様ですか? ご伝言があります」
紙の切れ端に走り書きでしたけれど。オリヴィエ様の筆跡……!
『明日午後。待っています。』
もうしんでもいい。
美ショタ様に引きずられながら帰りました。
ミュラさんは相変わらず来客対応に追われています。オリヴィエ様はマディア邸に滞在していることになっているので、二倍ですね。お昼ご飯もいつもながらスタンディングスタイル。わたしと美ショタ様はキッチン内で座って食べましたけど。
そして、わたし最近アシモフたんとイネスちゃんのことに言及していないと思いません? じつは二匹とも、警備員宿舎の方で過ごしています。さすがにたくさんのお客様がみえる中、わんこが二匹も縦横無尽するのはだめだろ、となりまして。かわいいのに。わたしと美ショタ様がお迎えするのは、そんな気を遣わなくてもいい方なので! たぶん! お庭で二匹に再会しました。しっぽぶんぶん顔ぺろぺろかーわーいーい!
で、ばたばたと時間に追われる中、カヤお嬢様はやっぱりピンクのかわいいワンピースでやって来ました。すっごい緊張した表情で。
昨夜思いつき掌編書きました
気が向いたら読んでみてくださいー
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妻の処女をもらったら、離婚を切り出されたんだが。