128話 やっぱわたしはわるい気がしますがどうですか
サルちゃんの処遇は、今後どうなるのかわかりません。ブリアックたちと同じように、軍事裁判にかけられてしまうのでしょうか。……そうなるんでしょうね。
和平協議に参加していた逆賊おじさん二人のうちひとりは、領境での軍議に参加していた人みたいです。たぶんあの人、というくらいしかわかりませんけど。わたしはその際にみんながどんな発言をしていたかを聞くための重要参考人になりました。もちろん逆賊さんとサルちゃんの他にもおじさんたちはいて、そのおじさんたちの中には純粋に開戦がふさわしいと思っていた人たちもいるんでしょう。命令だから従っていた人も。事がここに及んで、あの方たちは今、どんなことを考えているんでしょうか。ちょっとそんなことを考えました。
日を改めて話し合いの場を設けることでまとまりました。わたしたちは公使館へ戻りますが、その前にオリヴィエ様が運ばれた病院へ向かうことでわたしとミュラさんは意見が一致しました。メラニーが避難入院している総合病院とのこと。医師団のうちの三名がそちらに勤務されているということで、変質したタツキによる影響を抜くために、しばらく入院して経過を見た方がいいとの意見が出ていたのだそうです。問題なくすぐに移動できたのもそのおかげですかね。よかった。
メラニーへあいさつに行きたいのはやまやまですが、わたしたちは言葉もなく案内をうけた病室へと向かいます。外科病棟の奥の方の個室。
公使館にはすでに連絡が行っていたので、ノックに応じてくれたのはレアさんでした。深刻な表情でしたけどにこっと笑ってくれました。中は消毒液の香りが充満していて、その中で、ベッドに横たわったオリヴィエ様と、距離を取って椅子に座りじっとその姿をながめている美ショタ様がいらっしゃいました。なんとなく、その様子が物悲しかった。
「問題なく手術は終わったわ。傷は深かったけれど、出血は幸い命にかかわるほどではなくて。今は麻酔で眠っていらっしゃる」
ささやくようなレアさんの声が、静かに部屋の中に広がりました。わたしとミュラさんはほっとして、うなずきました。ミュラさんはベッドの脇に近づきましたけど、わたしはおどおどしてしまって入り口あたりに立っていました。ミュラさんがオリヴィエ様を見下ろしながら、「……怪我の後遺症などは、あらわれるのだろうか」とつぶやきました。レアさんは首を振りました。
「……わからない。傷自体が癒えたとしても、しばらくは機能訓練が必要じゃないかしら」
「だろうね。大きな怪我だ」
「しばらくお仕事も休んでいただかなきゃ」
「内務省が号泣するだろうな」
ミュラさんとレアさんの会話を聞くともなしに聞いて、わたしはぼんやりオリヴィエ様の横顔を見ていました。メガネをされていないところも、眠っている姿も、初めて拝見するのにミーハーする気にもなれませんでした。美ショタ様が遠くに座っていらっしゃる気持ちが、なんとなくわかるような気がします。心に責められるような、うしろめたいような、なにかそんな気分。
……こんなことにならないよう、自分はなにかをできたんじゃないかな、という気持ち。
部屋の端っこに置いてあった椅子を持ち上げて、美ショタ様の隣まで行きました。設置して無言で並んで座ったら、じろっと見られました。なにも言われませんでしたけど。
しばらくはレアさんが泊まり込みでお世話に当たることになりそうです。入院が長引くようであれば、専属の方を雇う方向で。レアさん、日本で言うところの准看護師の資格を持っていらっしゃるそうで。だからゲームシナリオではメラニーのお世話係として選ばれたんですね。納得。
とりあえず、ミュラさんと美ショタ様と三人で帰宅しました。まかないのコックさんが待っていてくれて、温かい夕飯をすぐに出してくださいました。そういえば、わたしとミュラさんは朝にスープを飲んだだけなんでした。おなかすいた。いただきます。おいしかったです。疲れた体でふっとリビングに目をやったとき、モアイこけし夫婦がそれぞれ赤ちゃんを抱いているような錯覚がありました。双子ですか。おめでとうございます。お幸せに。
美ショタ様がずっと黙っていました。わたしもミュラさんも、かける言葉とかなかったですけど。食後のお茶は「いらない」と部屋に戻ろうとされたので、わたしはその背中のシャツを引っ張ってとめました。
「なに」
「今回の件、とめられなかったの、わたしのせいなので」
「は? なに言ってんの?」
「わたしがもっと冴えてたら、未然制止できたはずなんで。美ショタ様はぜんぜんわるくないので。落ち込まないでください」
「意味わかんね」
わたしに向き直って美ショタ様がちょっとあきれたような表情をされました。
「なんで決闘をソノコがとめられるんだよ。ありえないこと言うなよ」
「ブリアックとオリヴィエ様が仲良くないのは知ってましたし。ふたりが衝突するかもしれない可能性はいくらだって考えられたのに、事前に対策しなかったわたしがアフォでした」
「アフォってなんだ。てゆーか、なんでうちの兄貴たちのことをあんたがわかるんだよ。それを言うなら僕が。僕が……なにもしなかったから」
「いえ、違います、わたしがなにもしなかったからです」
「なんなんだよそれ、どこ目線だよ」
「ちょっと待ってくれ」
ミュラさんが話に割って入ってきました。うつむきがちに中指でメガネをくいっとされました。そして「そういうことなら……状況を把握していたのにこの事態を予測できなかった、公使のわたしに責任がある」とのっかってきました。
「はあ? なんだよそれ」
「いえ、ミュラさんじゃありません、わたしが」
「ソノコのどこに責任があると言うんだ、わたしだ」
「いやだから、うちの兄貴たちのことなんだから、僕がわるいに決まってるだろ!」
けっこう何度も言い合いをしたあと、ミュラさんが「とても不毛だからやめようか」とおっしゃいました。そうですね。はい。美ショタ様が「あんたたちバカじゃん」とつぶやきました。
「――テオくん。今日のことは、だれにも責任がないとは言えない」
ミュラさんが、美ショタ様に向き直って言います。美ショタ様は唇をきゅっと引いてミュラさんを見ました。
「でも、はっきりとわかることがある。今日のこの一件は、関わっただれもが、自分が正しいと思うことを為そうとした結果であること。ブリアック卿も、ボーヴォワール閣下も、そしてわたしたちも」
そうですね。ブリアックも、自分の考えが正当なものだと考えていたからこそ、迷いなくオリヴィエ様を傷つけることができたのでしょう。だれかを傷つけて得られるものが、正しいだなんてわたしには思えないけれど。
「……そして、それぞれの『正義』は、その人のものだ。その考えに至り、それにのっとって歩むのは、その本人だ。その考えを選択をした責任を、だれかが肩代わりなんかできない。他のだれかが、その人に代わってその人生を歩くことができないのと同じように」
言い聞かせるような声色でした。ミュラさんはしっかりと、美ショタ様の目を見て言いました。
「だから――君は、なにも悪くないよ。テオフィル」
美ショタ様の瞳から涙がひとすじこぼれました。ミュラさんがその頭を肩に抱きました。






