127話 やっぱり、よくわかりません
ミュラさんがわたしの言葉を聞いてはっと気づいたような感じで、わたしとサルちゃんの間へにじり入りました。守るみたいにわたしを背後にかばってくれます。ときどきイケメンですよねミュラさん。
「あーあー、公使くんに警戒されちゃったじゃない。だいじょうぶだよー、僕こわくないおっさんだよー、にらまないでー」
両手をぷらぷらさせてサルちゃんが言いました。余計うさんくさいです。
「僕が説明するよりさ。たぶん、クロヴィスくんの話を聞いたほうが理解できるよ」
にこにこしながらサルちゃんは言います。サルちゃんの口からはなにも出てこないな、と察して、わたしもミュラさんもそれ以上はなにも言いませんでした。
誘導されたお部屋は当然室内なので、鶏さんとはまたおさらばです。めっちゃいっしょに入って来ようとしていたので、黒服さんのひとりに遠くへ連れて行かれていました。ごほうびのエサあげられなくてごめんよ。達者で暮らせ。
西館側の、正面玄関に近いところのお部屋だと思います。促されて入ると、クロヴィスがいました。「まずは謝らせてくれ」と座っていた椅子から立ってわたしたちに向き直ります。
「結果として、あなた方を巻き込むことをよしとしたこと。それによって、ボーヴォワール宰相閣下に大きな怪我をさせてしまった。先ほどご本人を見送ったが、まさか逆賊どもが決闘騒ぎまで起こすとは考えなかった。私の誤判断だ。申し訳なかった」
すっと頭を下げるクロヴィスへ、ミュラさんが「謝罪を受け取ります。どうか状況を説明してくださいませんか」とおっしゃいました。うなずいてクロヴィスはわたしたちへ席に着くよううながしました。
「どこから話せばいいだろうか……まず、昨夜のことを伝えよう。私あてに速達で手紙が届いた。差出人はミタ嬢、あなたの名前だった。中を見ればそうではないことがすぐにわかったのだが」
ミュラさんがびっくりして目をまんまるにしています。わたしもびっくりです。「そうですね、たしかに、わたしからではないですね」と言いました。
「匿名では手紙を破棄される恐れがあるために騙った、と書かれていた。内容は先ほどの爆破について。その計画が、マディア軍内にあるとの報告だった。あまりにも具体的すぎる情報で、主要な成員の名前すら列挙されていた。内部告発だ。告発者の名はなかった」
考え込むようにクロヴィスが沈黙しました。気を取り直したように、もう一度口を開きます。わたしの名前を使って、内部告発……アベルかな? 大きい仕事残ってるみたいに言ってたし。っぽいな。
「――じつを言うと、私の方でも不穏な動きを把握していた。なので、その情報が信ずるに足るものだというのもすぐにわかった。挙げられた名の者たちと関わりの少ない者たちを秘密裡に集め、事が起きたときにすぐに捕縛できるよう組織した。あなたたちを連行した者は名こそ記されてはいたが、末端の者でこちらが後手に回ってしまったことを申し訳なく思う」
またクロヴィスが頭を下げようとしたので、ミュラさんが「公、ボーヴォワール閣下も、幸いに命を取られたわけではない。こちらからことさら言い立てることはいたしません。それよりも今は事態の収拾について考えましょう」とおっしゃいました。
「……感謝する。爆発物については、しかけられる場所として言及されていたのはメラニーの部屋前廊下だった。なので昨日のうちに彼女は違う部屋に移動していたし、今朝のヴィゴ医師の件ののち、外部の病院へ避難させた」
「よかった!」
「心配をかけた。こちらに人的被害はひとつもないので安心してほしい。その後は、知っての通りだ。実行犯、そしてそれに組みしている者たちをあぶり出し、捕まえた。まだ残党はいるかもしれないが、全員特定するのも時間の問題だろう」
クロヴィスは深い息をつきました。言葉を探すように少しだけ視線をさまよわせ、そして顔をあげました。
「動機は、わかりきっている。マディア領と王政派の決裂を狙ったものだ。どのような思考回路でそうなるのか皆目見当がつかないが、あなた方に爆発の責任をかぶせればいいと考えたらしい。私自身がとてもなめられているのをひしと感じたよ。そこまで愚かな人間だと目されていたとは」
「王政派と、戦争させたいってことですか?」
「……そういうことだろう。ひとりひとりの動機は、それぞれ違うかもしれない。が、争いを引き起こすこと、そして私を王位に据えることが、目的のひとつとされていることは間違いない」
そう述べるクロヴィスの表情は、どこかさみしそうでした。悲しいというより、さみしい。そう感じたんです。
「メラニーのことで……私が多くの時間を盲目に過ごしたことを認める。宣戦布告を出すに至ったことも、私があまりに身勝手な願いを重視しすぎていたからだ。それを進言してきた二名の者の名も、告発文に記されていたよ。和平協議にも参加していた。なので、協議の場は安全が担保されていた。それで予定を変更せずにあなた方を招き入れた」
「なるほど」
ミュラさんがうなずきました。わたしもうなずいておきました。クロヴィスは少し笑いました。そしてちょっとだけあきらめたような泣きそうな声色で、「ラ・サル将軍」と言いました。まっすぐにサルちゃんをみつめて。
「――どうか、私たちに知らせてほしい。あなたの名が、告発文に記されていた理由を」
奥の壁に寄りかかって立っていたサルちゃんは、かっこいいまま窓際の空気感をまとうなんていう器用なことをして、にこっと笑いました。わたしは、驚いていない自分に驚いていました。
「僕としては、だれとも組んだつもりはないけどねー。いつの間にか僕が親玉ってことになってた。そもそも僕、二年はリッカー=ポルカに居たんだけど」
「あなたが手引きしていたのではないのか?」
「するわけないじゃない、めんどうくさい。話は振られたけど、返事しないで放っておいたら知らない間に勝手に担がれてた。まあ、気づいても止めもしなかったけどね」
じっとサルちゃんを見ていたら、目が合いました。にこやかなその様子は、わたしには探り難く、理解できないものでした。わたしを見たまま、サルちゃんは続けました。
「どっちに転んでも、まあ、いいかなって。でもソナコが、『行かないで』って追いすがって僕に言うものだから。かわいい子のお願いを無下にはできないからね」
にっこにこで言われました。追いすがってよかったです。ミュラさんが「ちょっと意味わかんない」て感じの表情をしていました。クロヴィスはやっぱり泣きそうで、ちょっとなにかを言おうとして口を閉ざして、大きく息を吸い、吐きました。
「――お師様。私はあなたを疑いたくなかった」
「なつかしいね、その呼び方。あなたはあなたのすべきことをすればいい」
「ラ・サル将軍――あなたを、叛逆の容疑で拘束します」
「よくできました」
入り口に控えていた二人の黒服さんとアベルが、サルちゃんを取り押さえました。
サルちゃんは鼻歌でも歌いそうな様子で、部屋の外へと連れ出されていきました。