121話 え、なにそれそんなイベントない
「みなさま、お集まりいただきありがとうございます。本日進行役を務めさせていただく国際法学者のアンリ・エローです」
ひくっ。
「――どうぞよろしくお願いいたします。本日は、アウスリゼ国ラファエル国王の名代であるボーヴォワール宰相閣下、またマディア公爵領領主であるジャルベール公の元に、両軍の対立関係を平和裏に――」
ひくっ。
「……解決する目的で、みなさまと議論していくために設けられた場でございます。互いに協調を以って話し合って参りましょう。お手元に配られている予定表をご確認ください」
ひくっ。
「……目安となる時刻が記されております。午前の部ののち、休憩をはさみまして午後の部へ参ります。ではまずは参加される方のそれぞれの所属と名前をひとりずつ――」
ひくっ。
「述べていただこうと思うのですが。そうですね、入り口側から。……しゃっくりのお嬢さんから順にいかがでしょうか」
ひくっ。
「えっ」
みなさんの視線がわたしに集まりました。お嬢さんと言われそうな方としては書記っぽい女性がふたりいらっしゃるんですけど、しゃっくりしてないんですよね。わたしですか。わたしですかね。わたしなんでしょうか。かんべんしてくださいここ和平協議の場ですが。現実逃避で意識を飛ばしそうになる直前、「――私からでもよろしいでしょうか」と麗しいみ声が聴こえました。
「――オリヴィエ・ボーヴォワール。所属はアウスリゼ国内務省です。国政のいくらかに与っており、宰相職を賜っております。本日はよろしくお願いいたします」
すっと立ち上がったオリヴィエ様がそうおっしゃり、またすっと席に着かれました。あっ、トップバッター引き取ってお手本見せてくれたんだ。やさしいすき。ひくっ。すっとわたしの方に顔を傾けてすっと流し目みたいな感じでわたしをご覧に。なんのご褒美ですかありがとうございます無事致死量ですいい人生だった。「……あなたです、ソノコ」あっ、ハイ。
「ええっと、ソノコ・ミタです。所属、は、公使館……です。今日は秘書官として参りました。よろしくお願いいたします」
「――あなたは、以前マディア軍にいらしたのではないか。軍議に参加されていた。なぜそちら側にいるのか」
もっともな声が向かい側からあがりました。非難というより純粋に「おまえなんだよ」という疑問な感じの質問でした。わたしなんなんでしょうかさっぱりわかりません。クロヴィスは「ゆえに、中立的な立場の者として参加してもらった」と助け舟を出してくれました。あっ、そういうことだったんですね承知しました。ミュラさんが続いて立ち上がり、「エルネスト・ミュラと申します。所属は外務省で、公使を務めさせていただいています」と静かながら流れを元に戻す感じでおっしゃいました。ミュラさんて外務省官僚だったんですね。リシャールの世話人かとてっきり。
みなさんぐるっとひとことあいさつを。ふたりの女性はやっぱり記録官さんとのことでした。クロヴィスが「よろしく頼む」と言ったのち、サルちゃん。
「えー、トリスタン・ラ・サルです。所属はマディア軍です。夢はソナコのお婿さんです。よろしくお願いいたします」
にっこにこでとんでもねえこと言いやがられました。またしてもわたしに視線が集まったのであわてて「ない、ない、ない、ないです!」と首を振りました。……左手、左手側、ガン見、ガン見されてる視線感じるなにこれこわいオリヴィエ様こわい。ミュラさんはきょとーんとサルちゃんを見ています。そしてわたしも見て、目で「まじ?」みたいに聞いてきました。「いえ、違いますないです、まじでないですって!」と全否定すると、サルちゃんは「つれないところも魅力的でさあ」と言いました。めげろ。ちょっとくらい折れろ。というか公式な場で笑えないジョーク飛ばすな。
おじさんたちも自己紹介されました。覚えられませんでした。で、さっそく司会進行さんのもと議題が進められていくのですけど、左手側の空気感がずっと重い。こわい。そっち見られない。いえ軽くてもどのみち見られないんですけど。発言されるときもとても冷ややかで。さすが冴えわたる智の宰相。かっこいいすてきだいすき愛してる。なぜ今わたしはここにいるのか。いますぐ隣の部屋に移動して壁越しに聞き耳立てたい。第三者として完全なるミーハーをしたい。お姉さんたちの記録ってあとでもらえるかな。もらえるよね。もらいます。
和平協議なのになんとなく空気感がぎくしゃくしています。わたしは発言できることまるでないので成り行きを見守りつつ他のことを考えていました。なにかというと、オリヴィエ様のこと。
これが終わったら、ルミエラへ戻られます。今の予定では、三日後。その際に蒸気機関車を使ってしまったら、ゲームシナリオと同じことになってしまいます。わたしはいまだかつてないほどに頭を回転させました。その多くが空回りなのは言うまでもありませんが、それでも結論はいっしょでした。――領境の街でサルちゃんをとめたみたいに、すがってでも別ルートをお願いしなければ。
「……コ。ソノコ?」
目の前で手を振られてはっとしました。ミュラさんが多少心配そうな顔でわたしをご覧になっていました。すみません意識飛んでました。「休憩に入った。控室へ戻ろう」と言われて、うなずいて席を立ちました。他の方たちも立ち上がって移動されています。息を詰めていたからでしょうか、しゃっくりはやんでいました。
わたし、オリヴィエ様に聞かなきゃいけないことがあるんです。今こうして起こっていることは、わたしが知っているグレⅡシナリオとどれくらいズレているかを確認するために。会議室を出て、オリヴィエ様が歩く背中を見て追いかけながら、その体が機関車から投げ出されるところを想像して身震いしました。――こわい。とてもこわい。しんじゃう。オリヴィエ様が、しんじゃう。
思わず駆け寄ってその腕を両手でつかんでしまいました。オリヴィエ様はびっくりされてわたしを見て、わたしもわたしにびっくりしました。びっくりついでに聞いてしまいました。
「あの、オリヴィエ様、こちらに来るとき、リシャール殿下からなにか言われましたか?」
見開かれた紫の瞳がわたしをまっすぐに見ています。わたしもその視線に返しました。少しの沈黙が落ちて、オリヴィエ様は「とくに、なにも。がんばってくるようにとの、激励などはもちろんあったが」と答えてくれました。
「反対とか、されなかったです?」
「なぜ? 私はラファエル国王陛下の名代として、またリシャール殿下の推薦の元にこうして来ている。反対されるわけがない」
はっきりとしたその言葉に、わたしは脱力するような気持ちになりました。違う。やっぱり違う。リシャールシナリオであれば、和平協議の場に招かれること自体が罠ではないかと疑ったリシャールによって、オリヴィエ様を引き留めるというシーンがある。それが、生じなかった。わたしは半分ほっとして半分ものすごく不安で、オリヴィエ様の腕をぎゅっとしました。
「和平協議が終わったら……今日、公使館に帰ってから、お願いがあるんです。お話聞いてくださいますか」
オリヴィエ様はじっとわたしをご覧になって、ひとことはっきりと「わかった」とうなずいてくださいました。泣きそうになりました。
そして、そのとき。
どうん。大きな音と振動がありました。直下型地震じゃないかと思う、衝き上げるような縦揺れです。わたしは転けそうになって、オリヴィエ様に抱きかかえられました。ミュラさんも駆け寄ってきて、あたりを見回します。なに、なにがあったの? 廊下は一気に騒然として、メイドさんがしゃがんでおびえていたり、侍従さんたちが走り回って叫んだりしていました。
「どうした、なにがあった?」
ミュラさんがそのうちのひとりを捕まえて尋ねます。
「爆発が! 西館側で爆発が!」
ほんっとうにすみません……何度目のやらかしだ……
【9:25追記】たいへん失礼いたしました……加筆しました……