118話 墓前に花はいらないからとりあえずわたしのことはなにもかもわすれてほしい
おはようございます。さわやかな朝ですね!!!!!
「なにもなかったなにもなかったなにもなかったなにもなかったなにもなかったなにもなかったなにもなかったなにもなかった」
「なあにい? 昨日なんかお風呂上がりに騒いでたことお?」
「なにもなかったー!!!!」
レアさんが起こった内容は聞いてこないくせに忘れないようにしてくる‼ たぶんこれ内容把握してるやつだ‼ 鬼畜い‼ 鬼畜レアさん‼
「さあ、そんなことより! これに着替えて! 今日はあなたも出陣でしょう、ソノコ!」
渡されたのはネイビーに濃緑の細いストライプが入ったロングスカートと同生地のジャケット。ハイネックブラウスとリボンタイ。いつ用意したんでしょうか。チーフはレースのきれいなやつ。
そうなんです。わたしも呼ばれているんです。和平協議。なんでやねん。クロヴィス直々指名というのもあるんですが、ミュラさんとかもわたしが参加することを疑問視しないの問題じゃないですか。アウスリゼ国の将来が決まる会議ですが。移民査証いただいたとしても、外国人のわたしが参加していいものなんでしょうか。いいって言われたから行くんですけど。はい。
わたしの肩書は、ミュラさんの秘書官です。書記官ですらないのに。何階級躍進なんでしょうかこれ。とりあえず公章と呼ばれている、身分を表すピンバッジを襟元につけます。弁護士バッジとか議員バッジみたいのです。これをつけるからハイネックが必要なんですね。首筋に直接当たらないように、レアさんがリボンタイ側につけてくれました。男性はきっとネクタイにつけるんだと思います。
で、ばたばたしていて朝ごはんとか食べる時間的余裕はありません。厨房のコックさんが早くから出勤して気を利かせて、すぐかきこめて歯磨きも必要なさそうな腹持ち良さげなスープを作ってくれていました。んまかったです。ごちそうさまでした。
バタバタと走りながら玄関へ。美ショタ様がめずらしく見送りに来てくれていて、「まあ、がんばってくれば」と言ってくれました。ありがとうございます!
――で!!!!! ここからが!!!!! 問題なんですよ!!!!!
送迎の自動車は……一台ということになりました。ということは、席次的にはわたし、助手席なんですよね。たぶん。でも運転手さんが男性の場合、それをミュラさんが許してくださるはずもなく。
はい……後部座席に……オリヴィエ様と……ふたりで……座ることに……なり、ました……。
無言の車内。蒸気エンジンの駆動音と走行音。おそらくわたし今人生で一番わがみよにふる感じです。ながめせしまにです。自分でもなに言っているのかわかりません。ああああああああああああああああああああああああああああああ、あああああああああああああああああああああああああああ。
無言。なんでみんな無言なの。運転手さんなにか言って。「今日はちょっと曇り空ですねー」とか言って。それくらいのお時給は出ているはず頼むよプリーズ。ミュラさん。ミュラさんでもいい。なにか言って。「雨にはならないくらいですかね」とか言って。そのくらいの気遣いはできるはずよプリーズ。こんなときはどうすれば。そうだ、素数、素数を数えよう。なんて孤独な数字なの。1、3……5。7……11? 13? 14、15、16、17? 17? 18、19? さんしち21、22? 「ソノコ――」 あれ22違う?
「……えっあっはい。ぎゃあああああああああああ」
オリヴィエ様に呼ばれたああああああああああああああ。わたしの反応に運転手さんがびくっとしてミュラさんが目をまんまるにしてミラーをご覧になって。オリヴィエ様の方は向けません。むりです。確認できません。しんでしまいます。いやもうしんでいるのかもしれないわたしは。思い残すことはけっこうあるけどみんなさよなら。むり。いろいろむり。むりすぎてむり。ひと思いにやってください。いやもうむりなにもしないで。あああああ。ああああああ。
「――今日のスーツは、レアが選んだのですか」
「はいそうですっ」
「とても、似合っている」
――ぎゃあああああああああああほめられたああああああああ。これか。これがウワサに聞く冥土のみやげ。そうかしぬ。たしかにしぬ。なるほどしぬ。こんなに納得感のあるしに方って他にあるだろうか。墓碑銘は『希望』でお願いします。べつに海が見える丘とかじゃなくていいです。さようなら人生という名のオフロード。わたしはせいいっぱい走った。りっぱな最期だったよ。野原に咲く花のように生きてゆけたらすばらしい! すばらしかった! また晴れるかな! これもうわかんねえな!
「……昨日の、ことなのだが」
ひゅっと喉が鳴りました。素数。孤独な数字。ええと22、23……? 24、25、26、27?
「――すまなかった。わからなかったとはいえ、あなたに恥ずかしい思いをさせてしまったと思う」
「とっっっっっっっっんでもございまっ……」
せんが出てきませんでした。せん。せん。喉がつかえて。胸がつかえて。いろいろつかえて。せん。やっぱりバレてた。ショーツだってバレてた。どこまで。どこまで見られたの。あな、穴空いてたのは。わたしあれいつもはいてるわけじゃないんです。レースのキレイなやつもはいてるんです。どうか言い訳させてプリーズ。でもオリヴィエ様はそれ以上触れないでくださって、ミュラさんに「今日の参加者のことだが」と話しかけられました。せん。さうざん。ひくっと喉がいいました。もう一度ひくっ。――まずい。横隔膜が割り切れる数字に驚いてしまった。
んくっ、んくっと外に出さないように気をつけましたがバレました。「だいじょうぶですか、ソノコ?」と気遣わしげなオリヴィエ様は最高にステキですありがとうございます。はやく孤独な数字を。え、なんだっけ。23……?
そうこうしている間にクロヴィスのおうちにつきました。正面門からずらっと列ぶ騎士さんたちは相変わらず圧巻です。わたしはひくひく言っています。さすがにまずいのでどうにか止めようと試みますがむりです。「控室でお水をもらいましょう」とオリヴィエ様が最高にやさしい。すき。しぬ。ロータリーを回って停車。運転手さんが降りて、まずオリヴィエ様側の扉を開けました。次いでミュラさん。わたしは自分で出ちゃったんですけどまずかったでしょうか。
しゃっくりってなぜ出てはいけないときに出るのでしょうか。群馬での仕事でも、めちゃくちゃ接客中に出たことがありました。前触れなく。割り切れない気持ちだけでは横隔膜を止められない。そうです。わたしはそれを学んでいたはずだ。息を止めても、どんぶりで水を飲んでも、塩をなめても、なにもかも無駄だった。
「ようこそお越しくださいました。どうぞ、こちらへ」
家令さんじゃない人、執事さん? みたい方が案内してくれました。廊下に並んで頭を下げている侍従さんたちがたくさん。歩いて行くみなさんの足音にまじってわたしのひくっが定期的に響きます。みんな無言やめてなにかつっこんで。通されたのは今まで入ったことのないお部屋でした。で、入ったと同時くらいに朗々とした声が響きます。
「はぁーい、ソノコちゃーん! 待っていたわぁ!」
あ、しゃっくり止まった。よかった。






