117話 つゆとおち つゆときえにし わがみかな
――第一関門。お手洗い。
……お腹のものを出したくてですね。こればかりはガマンしてできるものではないですからね。帰宅して普段着に着替えてすぐに、お庭の敷地を使って造られた、警備員さんたちの宿舎に行きました。ここのお手洗いの掃除、今のところわたしがしているので。公使館ではお掃除の方も雇っているんですけど。わたしあんまりやるお仕事ないのでわけてもらってます。はい。お掃除道具持ってそれっぽくいきました。個室がみっつあるので、掃除中な感じで。ちゃんと全個室お掃除もしますとも。「あ、あざーす、おつかれさまでーす」と、たぶんルミエラからオリヴィエ様についてきた騎士さんが声をかけてくれました。「おつかれさまでーす」と一番左の個室にお掃除道具といっしょに入り、ミッションコンプリートしました。
しかし。お手洗いのたびにお掃除道具を持ってこちらに来るわけにはいきません。ので、断食ならぬ断飲を心がけることにしました。はい。ごはんは食べないと心配されるのでね、しかたがないです。
「あらあ。ソノコ、仕事していたの? こんな日くらい適当にすればいいのに。真面目ねえ」
すみません、必要があってお仕事しました。はい。
――第二関門。お風呂。
さすがに人数が多いので、ざっくり順番決めようかー、という話になりました。夕方から女性が先、男性はその後、ということで。そもそも食事もいっぺんにみんなで、というのは難しいんですよね。スペース的にというより、それぞれでてんでんばらばらなことをしているので、時間を合わせにくいのです。今日はわりと時間も遅かったので、「ソノコ、いっしょに入っちゃいましょうよ」とレアさんに言われたので、ごいっしょしました。なーいすばでーでした。はい。バスタブを洗って、男性たちへ。
「先にお湯いただきましたー、どうぞー!」
ミュラさんのお部屋にオリヴィエ様も詰めていらっしゃるので、ノックして扉越しにそうお伝えしました。ミュラさんの声が聞こえて、「テオくんへ声をかけてくれないか」と言われました。はい承知しました。
……あ、この感じだと、お手洗いさえ気をつければニアミスしない? クロヴィスのおうちで開催する予定の和平協議はあさって。オリヴィエ様はその後ほとんど間を置かずにルミエラへ戻られる予定だから、数日がんばればしのげる……? ――よし! 安心してオリヴィエ様帰宅ルート変更もろもろのことだけ悩もう! オリヴィエ様暗殺回避というのがここにいる主要目的だからね!
――そう。その慢心が、わたしの命取りとなったのです。
次の日。一日中、ひっきりなしにお客様がみえて、玄関前にはいくらかの待機列が。そもそも民家仕様の公使館なので控室とかないのでね。オリヴィエ様がマディア領内に滞在するのってたぶんレアケースだからしかたがないです。お仕事っぽい感じの方もいらっしゃれば、ご機嫌伺いな感じだろうなー、という方もたくさん。オリヴィエ様とミュラさんが、執務室とリビングを行ったり来たりしながらずっと接客しています。わたしとレアさんは、言われた資料を取ってきたりお茶を出したり。
ちなみに美ショタ様への来客も三名ほどありました。レオンくんと他。すっごくめんどうくさそうにしながらお庭に設置してあるテーブルセットでお相手されていました。カヤお嬢様はみえなかったですが、わたしと美ショタ様それぞれにていねいなお礼のカードが届きました。いつ遊びに行っていいですかって。美ショタ様はオリヴィエ様といっしょにルミエラへ戻られるご予定なので、そんなに時間もありません。なので、和平協議日の次の日に来ていただくことにしました。オリヴィエ様とミュラさんは相変わらずお忙しいでしょうけど、わたしと美ショタ様はぶっちゃけわりとヒマなのでね!
そんな感じでとっぷり日が暮れました。ごはんもそれぞれ時間があるときにキッチン内で立食した感じでした。オリヴィエ様もミュラさんもひょうひょうとしていらっしゃるので、もしかしたらお二人にとってはこの目まぐるしさは普通なのかもしれないです。はい。なんてことでしょう。
キッチン奥にバスルームがあるんですけれど、そもそもキッチンがリビングに面しているんですね。カウンターキッチンていうやつです。なのでお客様がいらっしゃる間はお風呂を使うのがためらわれまして、控えていました。最後のお客様を見送ったと同時にレアさんが「あたしお風呂入る!」と宣言され、準備万端に置いてあったお風呂道具一式を持って即こもられました。それを合図にしたみたいに、みなさん自室へ戻られます。わたしはとりあえず洗い物を済ませて、リビングを片付けました。
「はいソノコ、交代!」
超スピードでレアさんが出てこられたので、あわてて着替えを取りに行きました。みなさんお疲れだからわたしもさくっと出なきゃ。あせっていたのです。急いでいたのです。なので気づかなかったのです。十分くらいで出て、あわてて全身を拭いて髪の毛をごしごししてから気づきました。あら。わたしショーツ持ってこなかった、と。
ので、ノーパンでパジャマを着てですね。頭にバスタオルぐるっとしてですね。こちらのパジャマは、女性用ってみんなロングワンピースみたいのなんですけど、わたしそれだと朝起きたときになぜか素っ裸になってるんですね。なのでわたしは男児用の、パンツスタイルのやつを愛用しています。それで前に美ショタ様へ貸したりできたんですけど。
たぶんミュラさんは最後に入られると思うので、美ショタ様へ声をかけよう。そう思って二階へと向かおうとしたときです。階段をだれかが降りてくる音がしました。が、途中で止まります。見上げるとオリヴィエ様で、なにかを拾い上げていらっしゃいました。――そのなにかを知覚した瞬間、わたしは絶叫しました。
「ぎゃあああああああああああああああ‼」
叫びつつあわてて駆け上がって、不思議そうにそのなにかを見ているオリヴィエ様からそれを取り上げました。オリヴィエ様のびっくりしたきょとん顔最高です‼ いやああああああああああああああああああ。「すみませんでしたあああああああああ」と言いながらわたしは逃げました。
――ぎゃあああああああああああああああああああ‼ よりによってよりによってよりによって‼ ……ショーツ落としてたああああああああああああああああああ‼
……わたしこれまで、いろんなことがあった。たのしいこと、悲しいこと、うれしいこと、泣きたいこと。でもね、それでもなんとなく、明日も朝が来ることは疑っていなかった。わたしに明日はない。しにたい。今すぐしにたい。朝日拝みたくない。だれかわたしをぬっころしてお願いなんでもしますから。――オリヴィエ様に。オリヴィエ様に。オリヴィエ様に‼ ショーツを拾われたうえまじまじと見られたああああああああああああああ‼ あだめしぬしねるしなせてプリーズ。
「……どうしたってのよソノコ……」
「レアさんどうか今すぐわたしをころしてください」
しかもしかもしかも。百貨店で買ったレースのきれいなやつじゃなくて。群馬からはいてきたずたぼろショーツ。愛着あってなんか捨てられない穴あきショーツ。柄はわんこ。しぬ。しぬ。急速にしぬ。可及的速やかにしぬ。いろいろむりすぎてしぬ。あああああああああああああああああああ。
ずっとじたばたして「鳥になりたい。フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」とか言いまくっていたら、レアさんからえいっとチョップされてその後の記憶がありません。はい。






