11話 のーさんきゅーです
ノックがあってドアを開けると、衛兵さんが困ったような顔をしました。「どうされました?」と聞かれたのですがわたしはどうされたのでしょう。
「泣いていらっしゃいますよ」
「なんとぉお⁉」
ブラウスの袖で拭いました。ぐいっと。すっぴんなのでぐいっと。
モブ衛兵さんが連れてきたのは丸眼鏡をかけた若い男性と、いかにも几帳面そうな詰め襟ドレスの壮年女性でした。ゲーム内では見かけなかったと思います。おふたりともわたしに対して略式の礼をとりました。なにそれこわい。なんかお客様として扱われてませんか。なにそれこわい。
男性はわたしの事情聴取のために遣わされたリシャール付き秘書官さんのひとりだそうです。なにそれこわい。エルネスト・ミュラさん。お名刺はくださいませんでした。女性は名乗らなかったので、きっと男性と二人きりにすることはできないのでいっしょに連れてこられた女官さんかなにかではないでしょうか。異世界テンプレには詳しいんです。任せてください。
オイルランプひとつでは部屋が暗いので、女官さんが壁掛けのランプに火を入れていきます。壁紙がちょっとだけ上に向かってすすけていますね。ゲームでは背景画像が暗いなんてことは、そういう演出ではないかぎりあり得なかったので、ああ、やっぱり現実世界なんだなあ、などと実感しました。それと、グレⅡ世界ではまだ電球が発明されてないんですかね。蒸気バスはあるのに。これはあれですか、歴史は一方向に進むわけではない、とかそういう感じですかね。
窓の近くにテーブルクロスのかかった丸テーブルがあったのですが、ミュラさんがそこに座るようにとわたしを促しました。席に着くと、ミュラさんは反対側に座って状況説明をしてくれました。
「リシャール殿下が、あなたを客人として迎えるとおっしゃいました」
「え、やです」
ミュラさんが目をおっきくしました。女官さんはなにも聞いていないかのように壁側に立っています。すみません本音が。わたしの本音が失礼しました。建前の練習しておきますので許してください。そもそもわたしそれほどリシャール好きじゃないんですよ。
「……断られる、と?」
「いえいえいえいえいえいえとんでもございません。あまりにも恐れ多いことに口が滑りました」
「…………。まあ、もちろんあなたが拒否することはできませんが。――あなたのことを調べましたし、『反省文』も読みました。また、先刻の殿下の質問への解答も把握しております」
外から聞いていたんでしょうか。と思ったら、わたしの言葉が丸々記された紙を持っていました。え、速記者とかがいたんですかね。あれマジモンの尋問だったんですね。こわっ。
ミュラさんは少し怒ったような口調で言葉を続けます。なんか目が怖いんですけど。
「私自身は、あなたを危険人物ではないと考えるには情報が足りないと思っています。殿下の温情によってこのような扱いになったことをゆめゆめお忘れなきよう。いくつか確認したいことがありますので、正直に答えてください」
聞かれたのは、わたしの所属国 (グンマー)についてと、わたしがそこにおいてどのような身分であるか。
「群馬県前橋市大手町3丁目です。平民です」
「……そのグンマーの情報を、書き出してください」
「こちらの言語でですか、わたしの言語でですか」
「両方を」
出された用紙にペンを走らせます。こちらの言語は反省文で少しは書き慣れましたが、日本語の音をそのまま表記するのにちょっと手間取りました。番地は書きません。番地はちょっと。書き終えて手渡すと、なにかを考え込むように長いことミュラさんはそれを凝視していました。
「見たことのない言語ですね」
「でしょうね」
グレⅡで日本っぽい国は出てこなかったですからね。そもそも世界地図には、ああいう感じの列島ありませんでしたし。
今まで考えたことなかったですけど、もしかしたらグレⅡ世界に東洋っぽい国ないかも? だからですかね、モンゴロイドっぽい人が珍しいの。そして小人族とか未知の人種っぽい感じで言われたの。知らんけど。
「あなたは、アウスリゼ王国のことをどのように調べたのですか」
ミュラさんの眼光がさらに強くなったような気がします。怖いんですけど。ゲームやりこんだだけです。あと公式ファンブックと攻略サイト。というのをそのまま伝えて良いものでしょうか。だめですね、はい。
「若い頃……成人前に読んだ本が、アウスリゼ王国に関するものでした。以来、大好きです」
「それはどうも。本の著者名、タイトルは」
「おぼえていません!」
ええ、とんでもなく大量の薄い本がありましたからね‼ 覚えているわけがありませんね‼ 捨てられちゃいましたけど‼
ミュラさんは胡散臭そうな顔でわたしを見ました。やめて、そんな目で見ないで! この人おもしろいくらい表情豊かですね。機密事項とか扱うでしょうに、ちゃんと秘書官務まるんでしょうか。
「異国の土地で発行された本を読んで学んだだけだとするには、あなたの『反省文』は具体的すぎます。軍の編成についても、その本から情報を得たというのですか」
あー、そこ。そこですかー。書きました、たしかに書きました。ざっくりと「いいかんじだよねー。すごいと思うー」みたいなことを。はい。ゲームの性質上軍備とか把握していなきゃ進められないので、そこつっこまれるとは思いませんでしたわー。あらー。盲点ですわー。
はいそうです、と言っても納得してもらえなさそうですね。わたしはちょっと考えて、「あれ、わたしの想像も含めて書いたんですけど、当たっちゃいました?」と言いました。
ミュラさん、絶句。
「いや、想像でとかあり得なくないですか」
「わたし、いろいろな国の軍記とか読むの好きだったんですよねー。それでなんとなく、アウスリゼではこんな感じかなあ、みたいに考えていたことを、勢いで書いちゃったみたいです! ごめんなさい!」
壁の向こうから爆笑が聴こえました。リシャールですね。さくっとドアから入ってきました。この部屋も監視窓どこかにあったんですかね。王宮こわい。おうち帰りたい。ミュラさんが立ち上がって迎えたので、わたしもそうします。わたしたちを立たせたままで、リシャールはミュラさんが座っていた椅子に座りなっがーい足を組みました。
「いやあ、おもしろい。実におもしろいよ。あんなに濃厚なアウスリゼへのラブレター、想像で書けたって? 君、今スパイ容疑かけられているのわかってる? わかってないよね? おもしろいね、君」
いただきました「おもしれー女」‼ ちょう嫌‼ わたしリシャールそんなに好きじゃないんですってば‼
「恐縮です」
「全然恐縮そうじゃないね? ねえ君、僕の秘書官ならない?」
「え、いや」






