10話 シナリオは、進んでいる
目が覚めると、見知らぬ天井でした。などという使い古された表現はやめたほうがいい、と某現役ラノベ作家VTuber先生が動画でおっしゃっていました。おはようございます。朝かどうかわかりません。
部屋が暗いです。ので実は天井もよく見えませんでした。お約束を踏んでみたかっただけです、すみません。
起きました。こちらの世界に来て初めてのお布団です。最高です。もう一度寝ようかと思いましたが現状把握が先だと思ったので後ろ髪引かれつつ這い出ます。そう、這って出なければならないくらいおっきい布団でした。しかもベッドで、端まで来ても暗いし足が床に着かないし、怖かった。
壁。壁はどこ。あった。伝って行きます。ちなみに靴がどこにあるかわからないので、裸足です。窓、ないっぽいですね。やめてほしい、ちょっとトラウマなんですよ窓なし小部屋。と思ったんですけど、大部屋っぽいです。角にたどり着いて折り返すまでけっこう歩きました。
二回目の角を曲がって少ししたところで、扉に行き当たりました。両開きの二枚ドアです。なにそれ想定以上にでかいのこの部屋。耳を押し当てて外の音を聴きます。……なにも聴こえませんね。開けてみます。ドアノブが縦に長いガチャって開けるやつです。……思った以上に音が出ました。そっと開けたら、途中で外から思いっきり引かれてこけそうになりました。まぶしっ。
「おはようございます。お目覚めですか」
「……おはようございます」
まぶしくて誰なのかわかりません。聴いたこともない声なのでモブさんでしょうか。モブ衛兵さんでした。「今灯りを点けますので、部屋の中でお待ちください」とおっしゃったので、ベッドまで戻りました。
オイルマッチを擦って、オイルランプに火を入れる動作を「ネタ‼ 異世界の描写ネタ‼」と思いながらガン見しました。ちょっと衛兵さんひるんでいました。
「ただいま報告して参りますので、少々お待ちください」
ちょと頭を下げて行ってしまいました。なんか態度変わってませんか。連れてくるときは「引っ立てい!」って感じだったのに。ちなみに誰になにを報告しに行ったんでしょう。ランプが点いたので部屋の中が見えます。窓ありました。近づいてカーテンをめくってみます。夜ですね。街の灯りが城壁越しで遠くに少しだけ見えます。その距離感的にたけのこタワーくらいの高さの部屋でしょうか、ここは。
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説明しよう‼ 『たけのこタワー』とは‼
群馬県前橋市鼻毛石町の前橋宮城総合運動公園ふれあい広場内にある、子育て世代に愛されし全高17.2メートル、五階建ての複合遊具である‼
群馬に生まれし子どもはこの五階10メートル部分からの滑り台を経験することにより危なげなく自立歩行可能な子どもとして社会から認められる。知らんけど。園子は大人になってから登ったが、けっこう怖い。前橋市内を一望できるが、あくまで子ども向け遊具のため、登る際は周囲の目を確認し自身の社会的立場も考慮されたし。
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中央会議室は一階だったはずです。わたしはそこで倒れました、はい。そこは記憶しております。その後三階か四階くらいの部屋に移動させられたようです。窓を開けて下を見て「たっか」と言いました。高かったです。
風にあたって少し頭が冴えました。さて、わたしはまだ王宮内のようですね。今すぐ逃げたいですね。推しに推していることがバレる前にどうにか脱出しなければなりませんが、穏便に事を運ばないとお尋ね者になりそうです。
園子さんはですね、推しに認識されるとしぬ系オタクです。今このときに気づきました。次元を超えて推しに会えたのはこれが初めてなので今までまるで自覚がありませんでした。お声を拝聴しただけですけども。生声。しぬ。むり。そしてわたしがこんな限界オタだとバレたらもっとしぬ。考えただけで安らかにしねる。さようならみんな、さようならグレⅡ、さようなら我が最愛オリヴィエ様……‼
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説明しよう‼ 『我が最愛オリヴィエ様』とは‼
グレⅡリシャールサイドのシナリオにおいて、最重要とも言えるノンプレイヤーキャラクター(NPC)『オリヴィエ・ボーヴォワール』のことである‼
二十五歳という若さのときに宰相として起用され、以来アウスリゼ王国の柱のひとりとして活躍している。王太子であるリシャールとは知己の仲であり、彼が王位に就くべきだと考えている『王太子派』の筆頭者。そのゆえにもうひとつの陣営である『公爵派』から疎まれ、第二章の終盤に命を落とすこととなる。
キングレシリーズの中でもトップクラスで人気のあるキャラクターであり、世に出回ったキングレ同人誌の八割に彼の姿が描写されている(園子調べ)。カップリングされる場合は右に置かれることが多いが、園子は左派。
長い銀髪をひとつに束ねていて、怜悧な紫瞳。オーバル型の銀縁眼鏡をかけている。
仕事に対して冷徹に取り組むのは世の中の不公正に心を痛めていることの裏返しであり、いつか不遇な人々がいない世界を築ければいいという密かな願いを抱いている。グラス侯爵家次男。二十八歳。
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――とんでもないことに気づいてしまいました。
オリヴィエ様がいらっしゃる――と、いうことは、まだ二章のシナリオが始まっていない、もしくは途中である、ということです。てことは、ですよ。
それは、すなわち……これから亡くなる、ということ。
ぞわり、と肌が粟立ちました。え、むり。むり。何回シナリオ攻略して、何回最期に直面して、何回止めなかったリシャールを罵ったことか。え、むり。ここは画面の中のゲームじゃない、みんな生きている場所。やり直しできる? もう一度周回して、もう一度同じセリフ聴いて、何度でも何度でも、オリヴィエ様に会いにいける?
無理だよね?
画面の中のオリヴィエ様は、決まったセリフしか言わなかった。「あなた自ら尋問しながら、なにを言っているのです」なんて、呆れ口調で言うセリフなんかなかった。リシャールだって、こんなよくわからない小人に絡むシナリオなんてなかったし、ゲームで感じていたよりもずっと迫力があって、怖いとすら感じた。
ちがう、ここの人たちは生きている。選択肢に従ってしか動かないゲームキャラクターじゃない。
でも、と初日に読んだ号外新聞を思い出します。わたしは絶望と言うにはあまりにも近くにある現実的な手触りを確認しました。
『いよいよ決戦か⁉ 深まりゆく亀裂……王杯はどちらの手に? リシャール殿下とマディア公爵――それぞれの内幕を探る‼』
――ゲームシナリオは、進んでいる。