第8話 会議はBarを貸し切りにして行う帝国スタイル。
「……ここだよな。地図だと」
「そうですね」
こじんまりとしているが、どこか通が好みそうな雰囲気を醸し出すBar。
夜。酒を嗜むにはちょうどいい時間のはずだが、あたりは静寂に包まれている。
『一等地』ですらない。帝都の中でも静かな場所。
そんなBarの前に、リクナとシズクは訪れていた。
「まあ、いいか。入ろう」
「心臓バグってますね……」
錬金術で心臓を弄ったことで緊張しなくなったというリクナがドアの取っ手に掴み、シズクは溜息をつく。
リクナがドアを開けて中に入った。
「おお、来たか」
テーブル席が用意され、そこには四人の男性が座っている。
店の奥側に座っているのは、まだまだ現役と言う雰囲気を醸し出す、金髪で初老の男性。
その両隣には、デストとマードックが座っている。
デストの隣には初めて見る中年男性が座っている。
空いている席は二つで、あらかじめ、リクナとシズクに用意されているものだ。
「君がリクナか。ここに座るといい」
中年の男性が自分の隣を指す。
特に断る理由もない。
リクナは中年男性の隣に座り、シズクはリクナとマードックの間に座った。
「さて、会議に必要な人間はそろった。早速始めよう」
奥に座る初老の男性が口を開いた。
「最初に自己紹介からしておこうか? ワシはオーゼルト・ソルロード。この国の皇帝だ」
「陛下ですか……」
「ああ。別に硬く……なっておらんな。公の場ならともかく、今はそのままで構わんぞ」
「……そうですか」
リクナは頷いた。
「デストとマードックのことは知っているな?」
「ああ」
「なら……ソーバル」
「ええ。私はソーバル・エルドラムと言う」
「宰相か」
「そうだ。そして、帝国で第二位の宮廷錬金術師でもある」
「……そうか」
デストが言った追加情報に内心首をかしげている様子のリクナ。
錬金術師が国政に関わる。
そのあたりの関係がよくわかっていないリクナだが……そもそも、リクナを一等地に与えて錬金術師が開く店として素材屋を営ませるとなれば、帝国は十分『錬金術師を評価する下地』が整っていると言える。
アーガリア王国がリクナの力で発展していることは帝国上層部にとって公然の秘密。
早期から目を付けることが出来るくらい、帝国の諜報部は優秀であり、そんな話が皇帝に届けば、ソーバルのような立ち位置の人間も出てくる。
……最も、だからと言って『宰相』の地位まで行けるかどうかは政治手腕の話なので、このソーバルと言う男は権謀術数でもなかなかのやり手なのだろう。
「早速君の意見を聞きたいところだが……せっかく酒場に呼んだのだ。ワシの奢りで飲ませてやる」
「……」
「ああ。もちろんワシ個人の予算の中からだ。ところで、酒は飲めるのか? シズクからは飲んだところを見たことがないと聞いておってな」
「『現地調達』で時々飲んでるし、錬金術で肝臓を弄りすぎてアルコールの分解能力が高いから、ウィスキーのストレートを一気飲みしても問題ない」
「面白い男だ。まあ、それならこの店の定番で良いか。マスター、おススメのカクテルを二つ」
「用意しています」
マスターが作ったカクテルがすぐに出てきた。
「……好みに合わなかったらどうするつもりだったんだ?」
デストが頬をひきつらせている。
「昨日の夜にとあるお客様がワインを預けに来られて、その時にお二人の酒の好みを言われたので。あと、陛下がこの店のカクテルを勧めるのはいつものことです」
二人の前にカクテルが並んだ。
「んー……あ、上手いな」
「帝都の外れにこんないい酒が……普段は客も多いのでは?」
「貸し切りに決まってるだろう」
デストが言った。
「……さて、注文も済んだことだし、リクナ。君の意見を聞かせてもらおう」
オーゼルトは真剣な顔つきでリクナに目を向けた。
「まあ、まず最初に言うべきことは……」
右手の指をパチンと鳴らす。
すると……店内の壁に、魔道具が『張り付けられている』のが見えた。
「!」
「隠蔽魔法で隠されて……何の魔道具だ!?」
「盗聴だな。店に入った時に止めたからすでに問題ない。帝都の西端とつながってる」
「……教導国の大使館ですか」
マードックが苦い顔になる。
そんな彼をほぼ無視して、リクナの視線がBarのマスターの方にチラッとだけ向いた。
「俺が見る限り、マスターの観察眼や直観は優れてると思うけど、それを上回る隠蔽性能だな」
全員が魔道具に目を向けていたが、シズクが口を開く。
「……あの魔道具、教導国が存在を否定していたものでは?」
「可能性はあるな。回収して分析させておこう」
デストが壁まで歩いて、魔道具を壁から外した。
「……発信機はつけられてるか?」
「それも止めた。それと、感知魔法に引っかからないようにコーティング済みだ」
「……そうか。ならいい」
デストは溜息をつきながら、テーブルに持ってきた。
ソーバルが真剣な目つきでそれを見ている。
「……確かに、高度な盗聴魔法が組み込まれている。ただ、この隠蔽魔法は……なんだ?」
「厳密には『隠してた』っていうより『溶け込ませてた』って言う方が正しい。『インテリア』の一つとしか認識できないような魔法がかけられてた」
「なるほど、だから『何かを見つけ出すタイプ』の魔法に引っかからないのか」
「隠すんじゃなくて、『気にならないもの』として認識させれば、多くの感知魔法を欺けると……」
「ふむ……」
オーゼルトは唸るような声を出した。
リクナがこの店に入ってから止まったとなれば、それ以前の会話は聞かれているということだ。
「まあ、君がこの店に入るまでは、どうでもいい世間話しかしておらぬし、別にいいが」
「そうですか。まあ、そういうわけで……」
リクナは一度、言葉を切った。
「これから作る線路も、『気にならないようになる付与魔法』をかければ、モンスターが襲うことはないってこと」
「あ……」
マードックの口から息が漏れた。
そして、オーゼルト、デスト、ソーバルの表情も変わった。
そんな彼らに対し、リクナの説明は続く。
「とはいえ、付与魔法そのものに気が付くモンスターもいるはず。付与じゃなくて錬金術で性質を少し変えて、『自然物』を装えるのが理想か」
「なるほど、それならモンスターに壊されることはないか」
「もちろん、気にならないから遠慮することもない。道に落ちている葉っぱを踏みながら歩くのに人間が違和感を感じないのと同じで、モンスターだって踏むときはある」
「ただ、線路を地面に置くのではなく、埋め込むように設置すれば、踏んだとしても線路が曲がることはない。大きな問題ではありません」
ソーバルがリクナの発言に補足し、全員の中で納得感が強くなった。
「気にならないように思わせる素材で線路を敷く。ということですね。それで先生。どうやってあの魔道具の存在に気が付いたんですか?」
「そうですね。認識されないようにする魔道具に、どうして店に入った瞬間に……」
シズクが疑問を口にして、マードックも補足。
リクナは目をパチパチさせた後、説明を始めた。
「錬金術で目と脳を少し弄ってるから、『見え方』と、その見たものを脳で『どう処理するか』っていうのが拡張されてる。『通常とは違う認識も同時にしている』っていえばわかるか?」
「……理屈は分かりますが……あ、あの契約書の偽装に気が付いたのもそれが原因で?」
「そうだ。通常の見え方にしか対応しない偽装魔法は俺に効かない」
「……はぁ」
マードックは溜息をつく。
「錬金術で弄った結果ですか、なかなか……狂気ですね」
「『狂気の錬金術師』にとって最も優れた人体実験の素材は自分の体だ。それに気が付いてない時点で普通だよ」
「……」
「痛覚を遮断する手段と、自分の体を戻せるポーションが用意できるのなら、他人を使って人体実験するよりよほど効率がいい」
リクナの異常性。
帝国側としては、『どう扱っても質が保存される』と言う時点で、十分『異常』だったが、本人の思考回路そのものも異常だった。
「まあ、そんな話はどうでもいいとして……仮称は『擬態化錬金』でいいか。これを行った金属を識別できるレンズを同時に作ることで、線路を敷く工事も十分可能だ」
「うむ。確かに」
オーゼルトは頷いた。
デストが少し考えてから、リクナの方を見る。
「その擬態化錬金の技術だが、リクナに開発を任せてもいいか?」
「ああ。良いぞ。作ったら資料にまとめて渡した方がいいか?」
「資料は欲しい。ただ、しばらくは大量生産できない。開発計画が進み次第、必要量の擬態金属を発注するから、それに応じて作ってくれ」
「まあ、そうなるか」
「それと……擬態金属を車両の方にも使いたい。人間には認識できてモンスターには認識できない。そういう性質の物は作れるか?」
「……普通の鉄を弄るだけだと無理だ。それができる素材は知っているし調達も加工もできるが、量は多くない」
「今日の昼に渡した車両の資料があるだろう。それに使うとして、一年で何両分だ?」
「百……はあっても百二十はない」
「十分だ。そちらも計画が進み次第発注する」
「わかった……ていうか、デストって計画に対しても頭が回るんだな」
「俺は軍事国家の騎士団の将軍だぞ。この程度は普通だ。リクナが国策に慣れてないだけだろ」
「それもそうか」
そもそもリクナはアーガリア王国で『研究』をしていただけで、厳密には『労働』すらしたことがないのだ。
そんな男に国家戦略などわかるはずもない。
「はぁ……まさか、議事録をまとめる必要もない単純な話に収まるとは」
ソーバルは溜息をつく。
モンスターが蔓延る世の中で鉄道網を作るというのはまさしく『国家戦略』であり、気合を入れていたのだろう。
ただ、実際の技術の開発はともかく、『発想』に関しては凄く単純なところに収まっており、拍子抜けと言ったところか。
「……まあ問題は、その線路を実際にどう配置するのか、帝国内の商会から来る利用特権の要求をどう制御するかだが……」
リクナは言う。
線路と言うのは、そもそも一度作って敷くと、直ぐに張り替えるということはできない。
そして、既に敷いた線路図を元に『車両の運行表』は作られるわけで、数字に強い高官が散々頭をひねる話だ。
鉄道網を作る。
そんな話を聞きつけた商会が放置するはずもなく、おそらく計画の段階で散々絡んでくるはずだ。
「問題ない」
オーゼルトは断言した。
そしてマードックに対して一瞬視線が動いた。
……マードックは嫌な確信があった。
「新しく『輸送省』という組織を作り、そこの大臣にマードックを配置する。これで問題はない」
「酔ってるんですか? 頭に冷水ぶっかけましょうか?」
眉間に青筋ができるマードック。
「エースライトの金銭管理なんてシズクがいれば大抵問題ないだろ。時間は余る。その分は輸送省として働け」
「明後日の方向を向きながら何言ってるんです殿下。私の目を見て言ってみろよおい」
おそらく酒が入っていることもあると思うが口が悪くなるマードック。
ただ、とてつもなく面倒なことを押し付けている自覚があるのか、デストはこちらを見ようとしない。
「マードック、諦めろ。宰相府でも議論を重ね、それが適切だと判断した」
「ソーバルさん……はぁ、わかりましたよ。やればいいんでしょやれば」
リクナも含め、全員が『こいつ苦労人だな』という感想を抱いた。
……まあ、制御された利権を好き勝手に使うのならともかく、利権そのものを制御しろと言っているのだから、そりゃ胃に穴が開きそうになるのも分かる。
「はぁ。今から大変だ」
「胃を錬金術で弄ってやろうか?」
「勘弁してください。まだ人間を止めたくないので……って、胃まで弄ってるんですか?」
「ああ。俺の胃に穴は開かない」
「……」
何かが強烈に納得できないマードックだが、リクナといるとだいたいこんな感じになるんだろうな。という諦めがついてきた。
「……さて、話も済んだことだし、そろそろ会議を終わろうか」
「だな……ただこの店に、盗聴魔道具を教導国が仕掛けていたのは事実だ。覆面騎士団を何人か配置しておこう」
「ありがとうございます」
デストの提案に感謝しているマスター。
まあ、尋問や拷問の未来は目に見えているので、これくらいは当然の範疇か。
「ワシはもう少しここで飲むから、先に帰るといい」
「……では、計画が進んだら、また声をかけてください」
「ああ。まあ、別件でまた呼ぶと思うがな」
「……まだ何か計画が?」
「当然だ。さて、マスター。奥の部屋を用意してくれ。そこで飲む」
「畏まりました」
オーゼルトが立ち上がると、店の奥に消えていく。
デストも続いて奥に入っていった。
「はぁ……あー……はぁ」
溜息しか出なくなったマードック。
そんなマードックを見ていられなくなったのか、ソーバルは軽くリクナたちに礼をして、スーッと店を出ていった。
「それじゃあ、俺たちは帰るか」
「そうですね」
リクナとシズクは立ち上がった。
「あ、マードック。胃薬作っておいたから、よかったら使ってくれ」
瓶をマードックの近くにおいて、リクナも店を出ていった。
……頑張れ、マードック。