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第4話 【帝国SIDE】リクナの異常性を実感する。

「はぁ……ここに来るのは嫌なんですけどね」


 帝国商業ギルド本部地下。


 廊下を歩くマードックは、二つの細長い箱が乗っている荷台を押している。


 若干、胃が痛むのか、左手でお腹を押さえているが……。


「マードック。来たか。父上は中で待っているぞ」


 帝国騎士団将軍、二十歳という若さでその地位に立つ金髪の青年が、黒い鎧で身を包んでいた。


 このソルロード帝国の皇太子であり、次期皇帝と決まっている。

 剣の腕は相当な物であり、陛下からの信頼も厚く、この歳で将軍を務めているほどだ。


「デスト様……この箱は渡しておくので私は帰ってもいいですか?」

「父上からは、『帝国第三位の錬金術師』であるお前の意見を聞きたい。だそうだ」

「先手撃たれてる……」


 お腹を押さえていた左手で今度は頭を押さえることになったマードック。


 マードックは公爵家次男。デストは皇太子と、高位貴族の中でも違いはあるのだが、ほぼ親しい口調と言って差し支えない。


 ……そう、ほんの一か月前ならば、プライベートはともかく公的な場でこのような口調は許されない。

 しかし、今の彼は、デストとも対等な口調で話しても許される。


「はぁ、さっさと説明しますか。二週間も早くなってしまって、準備が……」

「そうか? 交渉の場には俺もいたが、シズクとかいう……『秘書』でいいか。アイツの腕は相当なものだろう。お前がやることなどほぼないのではないか?」

「……」


 さっさと説明して帰りたい。

 マードックはそう考えているが、『シズクが凄そうだし、多少は大丈夫だろ。逃げられると思うな』というデストの言い分を聞いて、溜息をついた。


 デストはドアをノックする。


「マードックが到着しました」


 デストが言うと中から入るようにと声が聞こえたので、デストはドアを開ける。


 ソルロード帝国は、高級なものに関しては『基調は黒で、金で装飾する』という色合いで統一する風習があり、部屋の中にある物の中で、『貴重品』とされるものはそのような色合いだ。


 そして、対面するよう配置されたソファの上座には、初老の男性が座っている。


 黒の生地に金のラインを入れたコートを身にまとう、金髪で初老の男性がいた。


「マードック。待っていたぞ」

「私は帰りたいです」

「私にそこまで苦手意識を持つな。三年前に弄りすぎたのはワシが悪かったが、引きずるのはお前らしくないぞ?」

「どの口が……まあいいです」

「フフッ、座るといい」

「……失礼します」


 マードックは荷台をテーブルの横に移動させると、下座に座った。


「さて……リクナ・プルートについて、どう思う? 現皇帝であるワシ、オーゼルト・ソルロードが評価するに値する人間か?」


 まっすぐマードックを見る。

 それに対して、彼も目をそらさずに答えた。


「正直に言って、彼は化け物です」

「ほう、お前が躊躇なく化け物と評するとは……まあ、言葉をいくら連ねたところで、印象でしかない」


 オーゼルトは荷台に乗せられた二つの箱を見る。


「長さからして、剣か」

「はい。二つの剣を振った感触を彼から聞いたうえで、説明したいことが」

「ふむ……デスト」

「はい」

「そこに用意しておいた鉄の柱で試し切りをしろ」

「はい」


 デストは箱に近づいた。

 それぞれ箱にはAとBと刻まれており、蓋を開けると、シンプルな鉄製の剣が入っている。


 剣の鍔にもAとBの刻印があり、わかりやすくしているようだ。


 まずはAの方を手に取って、斜めに一閃。


 鉄の柱がいとも簡単に斬れて、上の部分が地面に落ちた。


「ほう……鉄製の柱を容易く……」


 次にBの方を手にして、デストは再び斜めに斬る。


 そちらを使った場合でも、容易く、鉄製の柱を両断した。


「ほほう……素晴らしい」

「まあ、あの剣を使ったとしても、鉄の柱を両断できるのは相当な凄腕だけなのですが……デスト様、どうですか?」

「……使った感触はほぼ変わらんな。ただ、Aの方がわずかに質が高い」

「フフッ、それで、マードック。お前にも言いたいことがあるんだろう?」

「はい。Aの方の剣は、鍛冶師ギルドの本部長が作成しました」

「Bは?」

「入って三日の新人です」


 空気が凍った。


「……事実か? これを、新人が作っただと?」


 デストは驚愕している。


「どちらも、リクナ様が錬金術で強化した鉄を用いています。そして……若くして将軍となったデスト様ですら、『僅かな違いしかない』とされる結果になった。私としても異常ですが……一応、私なりの考えはあります」

「言ってみよ」

「おそらく……『鉄鉱石の質そのもの』が、『どのような形になっても保存される』ということかと」

「『質の保存』……まあ、どのような質の鉄であろうと、そのクオリティを、百パーセント剣に変換するのは無理だからな」


 デストは頷いた。


「現在の『鍛冶』というのは、その鉄が持つクオリティをいかに維持して、製品に対して高い変換効率を出せるか。というモノになっています」


 マードックの言葉は続く。


「しかし、リクナ様が作り替えた鉄鉱石の場合、『高い質が保存された鉄を、どこまで強化できるか』というモノになります。これは鍛冶師というより、付与術師の領分です」

「……ふむ」


 とりあえず、この二本の剣を見ることで分かる『全貌』を、オーゼルトは理解した様子。


「入って三日の新人がこのレベルの剣を作れるということは……今から私が剣を作る際のマニュアルを見ながら剣を作っても、デスト様が使えば鉄の柱を両断できる剣が作れるということになります」

「なるほど」


 オーゼルトは頷いた。


「要するに……リクナという錬金術師一人に、帝国の技術の系譜が全て敗北した。ということだな?」

「彼の錬金術がどこまでの対応範囲を持つのかにもよりますが……対応している範囲の産業は、そう判断せざるを得ません」


 親方が作ろうと、新人が作ろうと、リクナが関わった『素材』を用いる限り、本当の達人であってもわずかな違いしか感じられない物ができる。


 それを軽いことだと言える者はいない。


「はぁ……エリザが大変執着してたから、何かあるとは思っていたが……」

「デスト。ワシはその話を聞いていないが?」

「五年ほど前かな。エリザは会ったことがあるらしい」

「ほう?」

「これはリクナの秘書、シズクから聞いた話だが、どうやらリクナは、用いる錬金素材を全て現地調達し、かなり大規模な移動を毎回行っている」

「その過程で遭遇、何らかの錬金術の行使を行ったということか」

「契約書にばっちり割り込んでて驚きましたよ」

「ん?」


 マードックはリクナがサインを入れた契約書を出した。


 そこには、エリザ・ソルロードに対しても上位をして扱うという記述に線が引かれている。


「ワシが確認したとき、このような記述はなかった。どうやら相当気合を入れて偽装魔法を使ったようだが……」

「リクナ様には一目で見破られていました」

「うむ……」


 オーゼルトは腕を組んで唸る。


「……素材が全て現地調達か。目線を向けるだけで錬金を可能とするならば、本来、錬金術師が必要とする道具もほぼ不要。このままだと原価率がとんでもないことになるのう……」

「いくつかの免税を認める書類をアーガリア王国の国王とまとめていますから、かなり金がたまると思いますが……」

「そうだな。まあそのあたりはマードックに押し付けておくとして」

「いや、なんでですか。上から直接言えるのは陛下だけなんですから、陛下が何とかしてくださいよ」

「ワシもここまでエグい才能のやつを会うのは初めてだから、加減が分からん」

「だからって私に押し付けますか? ……はぁ、わかりましたよ」

((こいつ苦労人だな))


 内心で同じことを考えたオーゼルトとデスト。


「とにかく、ワシが認めるに値することは分かった。くれぐれも……逆鱗に触れぬようにな」

「はい」

「現時点で、リクナを取り巻く環境のかじ取りは難易度が高い。肝に銘じておけ」

「わかっています。陛下」


 リクナが呟いていた、カメリアに対する『豊穣国の大精霊』という呟きは、決して軽くはない。

 フィーテルも、幼い外見だが圧倒的な実力を持ち、それは世界的に見て、何にも属していないというわけではない。


 そしてシズクも……。


「ただ、あまり下手に出過ぎるなよ? リクナの実力が圧倒的なのは体感済み。おそらく、こちらが考えている『無茶』が、向こうにとって容易いことも考えられる」

「なんか嫌になってきた……」


 頭をおさえて溜息をつくマードック。


 これから帝国がどのように発展するのかは、彼の手腕にかかっている……かもしれない。

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