第21話 帝国として面倒でもリクナからすると『で?』となる
リクナの影響で、帝国の暗部は充実した。
そもそも人質を取られて脅されていた暗部の人間たちは、『強硬派が急ごしらえで素質のある物を集めた集団』ともいえる。
そう、『素質がある』者たちであり、高い技術力と、高性能のアイテムを使いこなす経験値。そして教導国の強硬派の情報をいくつも握っている。
中には、教導国のことを喋ろうとした瞬間に『呪い』のようなものが発動して死に至るという状態のものもいた。
ただ、帝国の暗部もそういう状態に関する情報を持っており、人質を解放してもしゃべらない者に関しては無理にしゃべらせず、帝都についてからリクナに見せることで、呪いを解除。という形式をとった。
フィーテルは『呪いの解除と錬金術は違うのが常識なのじゃが……』などと言っていたし、実際教科書を読めば、錬金術で薬と作って解除することはあれど、本人に錬金術を行使して解除することはない。が、リクナに常識が通用しないのは今に始まったことではない。
これによって、『ヤバい情報』をいくらでも引き出せるようになった。
……ついでに、人間の脳内にある『海馬』という記憶領域の質を高めるポーションをリクナが作ったので、尚更、細かい情報であっても引き出せるようになっている。
教導国強硬派にとっては拷問染みた状況になっているが、まあこれに関しては、リクナが常識外れだったことと……カメリアが馬鹿すぎたことが原因だろう。
カメリアは宮殿であってもある程度なら探索する権限を持っており、その際に暗部とも接触するパターンがあるが、そのたびに天真爛漫のアホ権化をフル解放しているので、教導国に対する罪悪感がわずかに残っていても馬鹿馬鹿しくなってくるのだ。
物理的な意味で危険な部分はリクナが解決し、精神的な部分ではカメリアが必要な論理展開を吹き飛ばすという、二種類の理不尽によって強硬派の暗部は帝国に取り込まれることとなる。
「強硬派が紙幣を作ろうとしてる。か……」
「……それのどこが気になるんだ?」
場所は、帝都一等地内部に存在する酒場。
地下だろう。窓はなく完全個室のBarで、高級酒ばかりの場所であり、相当格式が高くないと利用できないようなエリア。
そんな場所で、リクナはデストに呼ばれて酒に付き合っている。
お互いに注文して酒を開けて嗜んだ後、デストの言葉にリクナは首を傾げた。
「……リクナって、相手の実力は分かっても、社会背景はさっぱりだな」
「……シズクからも言われるな」
基本、観察力が人間をやめているリクナは、人の『実力』に対して祖語が生じない。
ただ、何人もの人間が交わることで形成される『社会』に対しては、理解があまりよくない。
まあ、それはいつものことではあるが。
「……リクナはリューザグループを知っているか?」
「三千年前にできた『世界通貨機構』だな。初代会長にして大商人の経験を持つ『リューザ・マーキュリー』の名前からとって、世界の通貨の名前になったんだっけ?」
「……ラストネーム知らなかった」
デストは頭を抱えた。
「まあ、それはそれとして……新しい通貨を作り、それを通過の信用を保証できる組織であるリューザグループに認められるためには、相応の技術が必要になる」
「相応の技術……か」
「基本的に、金貨だろうと何だろうと、そこに含まれる金の含有量を超える価値になる。通貨発行益の話になるから重要な点だ」
「帝国金貨は一枚で一万リューザだが、もちろん、一万リューザ分の金が含まれてるわけじゃないしなぁ。で、通貨発行益を考えるなら、金で作るよりも紙で作る方が利益になるか」
「利点はそこだけじゃない。重量や体積も小さくできるからな」
「そうか……」
デストが最初にエースライトに訪れた際、その支払いは210万リューザ。金貨210枚だった。
帝国金貨は1枚10グラムなので二キロくらいだが、パック包装された1リットルの飲料水を2パックと考えると、それ相応に重い。
ただ、それが210枚の紙束になると考えると、あまりにも重量軽減につながる。
「まあ、そんなのは教導国の商人が喜ぶ程度で、対して通貨発行益は見込めないだろう」
「……紙で金貨一枚に匹敵する価値がある物を作るような感じでは?」
「『複製魔法』……という概念に対して、どのように対抗するかという話になる。多くの国は、独自の複製魔法に引っかからない合金を作り出すことで信用を証明しているが、紙となると木材から作るからな。品種改良するとしても時間がかかる」
「ふーむ……そうか」
この世界の多くの通貨に対し、国家がするのは『証明』だ。
その『証明』を受けて、リューザグループが価値を『保障』する。
要するに、リューザグループの査定項目を超える要素を、『紙』で行うのがなかなか難しいのだ。
「……超希少な木材の確保。それができれば苦労はないが、教導国もできてないってことか」
「ああ」
「……俺さ。『世界十大名酒』の一つである……『紫至高』だったかな。それを作るためのブドウの木って、教導国の地下でしか育てられてないって聞いてるけど……」
「それは俺も知っている」
「そういう特殊な木っていうのは『特殊な魔力』が宿ってる。これを素材に紙にすると、既存の紙とは大きく異なる手触りになるんだ」
「……そうなのか?」
「ああ。例えば……」
近くのメモ用紙を二枚とって、そのうち一枚に錬金術を施す。
錬金術を施した方は色が若干黄色く変色している。
二枚とも、デストに渡した。
「あまり植物に宿らないパターンの魔力を丁度良く混ぜ込んだ。触ってみれば違いが分かる」
「……」
デストが二枚の紙に触っている。
「確かに、なんというか……二種類のサラサラ加減というか、こする度に摩擦が入れ替わっている気がする」
「こういうのなかなかないだろ。教導国が新しい紙幣を作るっていうんなら、そのブドウの木を元にした方が速いと思うんだがな……」
「それはそうだな……」
まあ、出来ないだろうな。とデストは内心思いつつ……。
「おそらく、それらのブドウを育てることを優先しているんだろう。世界十大名酒。それらを用意できるのは、『三大賢者』相手に良い顔ができるからな」
「はぁ……そんなもんかね?」
「とはいえ、開き直ればすぐに取り掛かれるのも間違いはないか」
ここで、リクナは首を傾げた。
「……ん? というか、今までのデストの話って、『教導国が紙幣開発に取り組む厄介さ』に直結してなくね? 難易度の話ばかりのような気がするんだが。アイツらが『完成させた場合』に、何が起こるんだ?」
通貨発行益だの、貨幣の重量だの、複製魔法対策だの、紙の材料だの、いろいろ話したが、それはあくまでも『教導国内部』で話がすべて終わる。
教導国の強硬派と関係が悪い帝国からみた『厄介さ』となると、それらは少し違うだろう。
「簡単に言うと、この大陸の経済を強硬派によって支配されかねない」
「……?」
「そもそも、『六大強国』の中で、純粋な技術力は教導国が一番低い。だが、古代に作られた『遺物』の運用し、周辺国家に飴と鞭を使い分けながら交渉することで、優秀な技術を取り込んでいる」
「ふむふむ」
「技術力が低いということは、言い換えると貨幣を鋳造する技術も低いということだ。そして、各国の貨幣に製造方法はリューザグループが管理し、その情報の特許性を保証している」
「どれだけ強硬派が強気に出ても、貨幣の鋳造にかかわる技術は奪えないってことか」
もっと言うと、『貨幣の作成方法を奪われそうだ』とリューザグループの各支部に通達すれば、直ぐにそれが『本部』に伝わるのだろう。
リクナもこの町の模型を作るうえで施設を把握しているが、リューザグループの帝国支部は一等地ではないものの、そのすぐそばにある。
皇帝が判断して伝えるとして、時間はかからない。
「ああ。だから、大きな譜面を持つ貨幣を作る場合、教導国のものはかなりの大きさと重量だ。だが、それでは不便だからな」
「大口の取引を行う場合、金貨の輸送をどうするかを考える必要がある。リューザグループによる保証は現代経済ではほぼ必須だろうけど、国家間の貿易は尚更やりにくいわけか」
「そういうことだ。だから、教導国関係の貿易は、金額だけ見ると他と比べて少額だ。もちろん、教導国側から値引き交渉で圧力をかけているから、購入する品の量は帝国と変わらんだろうが」
「……ふむふむ」
リクナは頷いた。
「要するに、『紙幣』を完成させるという行為によって最も恩恵を受けられるのは、教導国と言うことになるわけか」
「そうだ。正直、手が付けられん」
デストはグラスに注いだワインを飲み干した。
「……ただ、俺たちに何ができるんだ? 作れるかどうかは教導国次第。帝国にできることがあるのか?」
「前提を一つ加えると、そのブドウの木を利用すれば、一応取り掛かることが出来ることは俺も把握していなかった」
「それを使わない場合、どれくらい完成まで猶予があるんだ?」
「今回の暗部から情報を聞き出すまでわからなかったことだ。が、三年ほど前から開発に取り掛かっていて、ゴールは見えているらしい」
「何がネックなんだ?」
「二か月前から、偽の文書を用いた攪乱作戦が失敗続きだ。潜像や透かしはほぼ完成していると言えるだろう。問題は……」
「素材か」
「そういうことだ」
お札として出てきた以上、どのような技術が使われているのかは観察すればわかる。
全てのお札に同じ技術が使われているし、流通させる必要があるのだから可能だ。
その上で『手触り』を独自のものにするとなれば、素材そのものをどうにかするしかない。
「……さっき、デストが『開き直ればすぐにできる』って言ってたけど、文字通りか」
「そうだ。で、リクナだったらどうする?」
「……そもそも、問題の根底にあるのは、『遺物』を用いた棍棒外交だろ? だったら遺物をどうにかできれば、少なくそも周囲に対してでかい顔が出来ないわけだ」
「それは……そうだな」
強硬派が紙幣を開発してできるのは、あくまでも流通規模の拡大だ。
より大きな金を使えるようにするという、シンプルな手口である。
それを、遺物を用いた脅迫で値引き交渉を優位に進めてきた経験にブーストする形をとることで、結果的に『影響範囲が広がる』ということだ。
馬車などの高速移動手段の開発が遅れている教導国は、今まで販路の拡大が困難だったが、大きな金に手を出せるようになれば、優れた馬車だって購入可能。
そして、今まで遺物を用いた棍棒外交に対し、外交経験を積んでいる国は数少ない、紙幣を開発して高揚感が高まった教導国が初手で国際市場になだれ込んできた場合、大国だって『遅れる』場合がある。
あくまでも教導国が持っているのは『遺物』という力だ。
暴力にも奇跡にもなるこの力をうまく利用する術を、国際的に発揮しようとしている。
だからこそデストは、『手が付けられない』と言っているのだ。
「俺なら……そうだな。とりあえず今のところ教導国が『情報を公開できる攻撃的な遺物』のリストを用意して、それに対抗できるアイテムを作るかな。あくまでも防御手段のマジックアイテムとして開発すれば、刺激も少ないだろ」
「ふむ……」
遺物と言えどピンキリ。
軍事力として運用できるモノから、露見すれば、公表すれば明らかにヤバいアイテムも中にはある。
棍棒外交と言えど使って来るのは『軍事力として運用できる程度のモノ』のはずなので、それのリストを作り、その対抗アイテムを作ればいい。
なお、リクナはあえて『攻撃的な』という形容詞を付けたが、これに関しては、教導国が持っている防御型の遺物に対する対抗アイテムを作ってしまうと、教導国に悪感情を抱いている団体に刺激が強すぎるからだ。
「防御アイテムか……開発できるか?」
「リストを用意できればな。ただ、さっきも言った通り、『本当にヤバいアイテム』じゃなくて、『軍事的に使える程度』のものだ。今回味方につけた暗部に聞けばある程度情報は出てくると思うぞ」
「……わかった。情報を集めておこう」
デストは伝票を手に立ち上がった。
「一般的な……そうだな。今すぐにでも、魔道具技師が扱える素材で作れるような、そういうコンセプトで研究してくれ」
「わかった」
リクナも立ち上がると、デストと一緒に部屋から出た。
「……しかし、遺物に対抗か。考えたこともなかったな」
「そんなに強いのか?」
「……そういえば、その『遺物』が全く効かなかったな。お前は」
皇帝や宰相を交えて鉄道開発の会議をBarでやった時、『擬態』の盗聴アイテムの存在にリクナは一発で気が付いていた。
やはり、理不尽はリクナの方である。




